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16話「独立」

本日2話目です。

眠たい・・・寝ちゃダメだ、寝ちゃダメだ、寝…ちゃ…・・・グゥzzz

 喜びに沸く家臣団の中から石川数正が膝を前に進め、岡部正綱の背中に声を掛けた。


「正綱殿、これもひとえに寿桂尼様の御陰でありましょう。家中が乱れるよりこの松平を使うて織田を抑える方が得策とのお考え、流石の慧眼と言わずにおれませぬ。どうか御礼をお伝えくだされ」


 すると正綱は振り返り、やや戸惑ったような苦笑いのような不思議な表情でそれに答える。


「尼御台様がご存じであるのは無論のことですが、松平を許し西三河をお与えになる案は全て殿のお考えなのでござる。にわかには信じがたいでしょうが」


 その言葉を聞き、喧騒がピタリとやんだ。氏真公が松平を許し、あまつさえ岡崎城と西三河を与えることを決めた? あの『蹴鞠狂い』と言われ政にも戦にも全く興味がない盆暗と評判の氏真公が? 何かの冗談か間違いに決まっている。黙っているが、皆がそう考えているのが手に取るようにわかる。




「正綱殿、こう申しては失礼だがその、どうにも信じかねまする。いや正綱殿を疑う訳ではないのですが」


 酒井忠次の言葉に岡部正綱は頷いた。


「それもむべなるかな。拙者とていまだに信じられぬ思いが致します。実は、昨日殿がある夢をご覧になった事が全ての切っ掛けとなったのです」


 正綱は氏真が見た夢の話と、そのせいかと思われる氏真の変化について話した。


「――という訳で、この夢を境に殿はすっかりお変わりになられました。尼御台様はそれも全ては御仏のご加護だと。正直、拙者には良く分かりかねますが」


「なんと、それではもはやあの公家気取りの化粧もしておられぬと申されるのか」


 歯に衣着せぬ物言いの鳥居元忠が呆れたように叫び、周りの者は思わず苦笑する。


「はい、武家を率いる者に公家の形は合わぬと申されまして。さらに殿は大殿がお亡くなりになったとすれば起こりうる最大の問題は何かと問われ、真っ先に挙げられたのが松平の事なのです」





「――その時既に我らが旗を上げ、岡崎に入ることも見越しておられたというのか」


 元康は畏怖のような感情を抱きながら尋ねた。もしそうなのだとしたら、何という読みの深さであろうか。仮に義元が討たれる正夢を見たのだとしても、その後松平が今川を見限り岡崎に入ることをここまで正確に予想することなど不可能だ。しかもそれを罰するのではなく、西三河を呉れてやることで繋ぎとめるなど思いついても実行できることではない。失うものが大きすぎる。生前は今川義元の腹心であり元康の師でもあった大原雪斎でさえ不可能だろう。それはもはや仏の加護だとでも言わなければ説明がつかない。または今までが仮初めの姿で、これこそが氏真のまことの姿だとでもいうのだろうか。


「そうなのです。正直なところ拙者も半信半疑でございました。しかし馬替えの為に立ち寄った城で大殿がお亡くなりになったことを聞き、更に此処へこうして元康殿が来られたからにはもはや疑う余地はありませぬ。大殿が亡くなられても、今川は殿がおられれば安泰でござる」


 正綱の表情を見れば、嘘をついていないのが分かる。その誇らしげな表情は氏真を信頼しきっている証だ。元康としてもここまで読まれた上にここまでの条件を出されればもはや弓を引く理由はない。


「氏真公の有り難き申し出、受けさせて頂く。我ら松平、西三河を取りまとめ織田への盾となり申す」


 元康は上座を降り、岡部正綱の下座に座って頭を下げた。家臣たちも一斉にそれに習う。





 話は無事にまとまり、昼間から宴が開かれた。念願のお家再興が成った松平家臣たちは大いに盛り上がる。


「若、いや、殿ぉ、今日からここは我らの城ですぞ。これほど嬉しきことが御座いましょうか」


「忠次殿、まだ一杯しか飲んでおられぬのに。お控えなされ」


 酒井忠次が泣きながら元康に絡むのを大久保忠世が止める。どうも下戸でしかも泣き上戸らしい。


「いやあ、安堵し申した。今川の将来を左右する重大事ゆえくれぐれも、と念を押されておりましたから」


「ほう、今川を左右するとまで。氏真公は何故我らをそこまで思うてくださっておるのでしょうな」


 岡部正綱の言葉に大久保忠佐が首をかしげた。


「それは拙者には分かりませぬが、きっと殿には何かお考えが……あっ」


 正綱は突然何かを思い出し、目を丸くした。慌てて元康の前に移動する。





「元康殿、殿よりまだ他に言いつかっておる事があったのを忘れておりました」


「ほう、何でござろう」


 氏真からの伝言だと聞いて、元康も姿勢を正した。周りの家臣たちもそれに気付いて話をやめる。


「近々、殿が御自おんみずから岡崎をお訪ねになるとのことです」


「何と、それはいけませぬ。こちらから駿府へご挨拶に参るとお伝えくだされ」


 元康は慌てた。駿府に呼ばれればあるいはおびき寄せて謀殺する気なのでは、という疑いも無くはない。しかしだからと言って氏真がこちらに来るというのはやり過ぎだ。そこまでさせてはこちらとしても対応に困る。どう考えても自分から駿府に行く他はない。


「拙者もそれが当然であると申し上げました。ですがおっしゃられたのです。それだけ松平を、元康殿を買っておるのだ。元康殿とならば戦の無い世を作る事も出来る、だからそれしきの事は何でもないのだと」


「なんと――」


 元康は再び絶句した。そして思い返した。旗印にした厭離穢土、欣求浄土という言葉を。戦の無い世を作るために立つ、そう決めたその日にこう言われる。これが運命さだめでなくてなんであろうか。


 元康はしばらく黙って考え、ゆっくりと口を開いた。


「では氏真様にお伝えくだされ。松平元康、岡崎の城でお越しをお待ち申し上げておりますと。そしてお越しいただいた際には今川家と深く盟を結び、共に戦の無い世を作るべく努力いたすことをお約束いたすと」


 ここに松平家の独立と今川と松平の同盟が約束された。

明日も投稿します!

よろしくお願いします。



…「酒井」なのに下戸、という誰も気付かない小ボケ…

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