12話「正夢」
本日2話目の投稿です。
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ありがとうございます。
皆さんに喜んでいただける作品に出来たらいいなあ。
「夜分失礼仕りまする」
入ってきた三浦のオッチャンの顔は青ざめていた。一目で良くないことが起きたのだとわかる。
「構わない。正俊、何があった?」
「鳴海城におります岡部元信よりひそかに早馬が参りました。尾張桶狭間にて大殿の軍勢が織田の奇襲を受けた模様。混乱し委細不明なれど大殿の安否いまだ分からず。いかにすべきか指示を請う、との内容でございます」
やっぱり間に合わなかったか――俺は思わず天を仰いだ。
「その、内容があまりに……あまりに殿の夢と被りまするゆえ、偶然とは思えず。こうして御指示を仰ぎにまいった次第でござりまする。大殿はやはり、殿の夢の通りに……」
オッチャンのちょっと偉そうな雰囲気は影を潜め、不安そうに俺とばあちゃんの顔を交互に見ている。
「義元殿はすでにお亡くなりになった、そう考える方がむしろ自然でありましょう。生きておられたならそれは幸いなこと、その場合の義元殿のお叱りはこの尼が負いまする。今川が織田に敗れ、義元殿がすでに討たれておるものと考えて動きなされ」
うろたえる三浦のオッチャンに対し、冷静に話を進めるばあちゃんは凄い。
「いや、しかし、まさか……では岡部元信には何と言って返せば良いでしょう。至急城を討ち出でて織田を押さえよと申しましょうか」
確か――史実では岡部元信は城に籠って押し寄せる織田軍を撃退、義元の首と引き換えに城を明け渡して堂々と帰還したんだったよな。だったら出撃するのはまずい。
「元信にはそのまま城を守れと命じろ。織田が攻めてきたなら城を死守するように。その後については追って指示をするから待てと」
「大殿が真に織田に敗れたとあらば、すぐにでも援軍を送らねば城を枕に討ち死にという事もあり得まする。よろしいのですか」
「大丈夫だ、元信ならきっとどうにかするだろう」
「ではそのように。直ちに評定をお開きになりますか」
「まだ詳しいことが分からない以上、今の段階で話をしても無駄だろう。詳しいことは伏せ、明日の朝一番に評定を開くから集まれと皆に伝えてくれ」
「か、かしこまりました。では手筈を」
慌てて立ち上がろうとするオッチャンにばあちゃんが声をかける。
「三浦殿、明朝までは他に知らせがあっても外に漏らさず、氏真殿へのみお知らせするようにして下され」
「承知いたしました」
三浦のオッチャンが出ていくと俺はばあちゃんと顔を見合わせた。
「残念ですが、願いは叶わなかったようです」
「どうもそのようですね。ですが氏真殿が思いのほか落ち着いて居られるようで尼は安心いたしました」
落ち着いてる、っていうかなんとなく予想はしてたことだからね。残念ながらこれでイベント回避は失敗して史実ルートへ進んだことは確実だ。頭が痛い。
「先ほどの話の通り、岡崎へ使いを出そうと思います」
「難しいお使いになるでしょうが、どなたか心当たりがおありですか」
「丁度ピッタリの男がいます。ここへ呼んでいただいていいでしょうか」
「ぴったりとは……どなたでしょう」
「岡部正綱、元信の甥で松平元康と仲のいい男です。もう夢の話もしてあります」
「成る程、氏真殿のお供回りですね。分かりました。誰か、岡部正綱殿にここへすぐ参るよう伝えておくれ」
「岡部正綱、参りました」
只ならぬ雰囲気を感じ取ったのか、マサッチが緊張した顔で入ってくる。
「正綱、お前の叔父から知らせが届いた。桶狭間で大殿の軍勢が織田の奇襲を受けたそうだ」
「まさか、それで大殿は――叔父は何と」
本当にそんな事が起きると信じてなかったんだろう。目が飛び出るほど驚いている。
「義元殿の消息は未だ分かりませぬ。しかし今は一刻とて惜しい、詳細が分かるまで待ってはおれませぬ。氏真殿の夢の話は既にお聞きですね。我らはあれが正夢であるとして動くことに致します。宜しいですね」
「ははっ」
ばあちゃんの言葉にマサッチが頭を下げた。
「さっきも話したように、松平元康の動きが気になる。そこでお前に急いで岡崎へ向かって貰いたい」
「何を致せばよろしいでしょうか」
「尼御台さまと相談して、松平に岡崎城と西三河半国を与えることにした。それを元康に伝えて欲しい」
「なんと、よろしいのですか」
マサッチは余りの大盤振る舞いに驚いている。そうだろう、それぐらいでなけりゃダメだ。この場合インパクトが大事だからな。もし義元が生きていたら大ごとになるだろうが……その可能性は無いだろうな。
「それで松平を今川に繋いでおくことが出来れば安いものだ。それだけ俺は元康の事を高く買っているって事だよ。元康にそれを伝えて、西三河の国人たちをまとめて織田に備えるように言ってくれ」
「松平が西三河をまとめ、織田に備えよと。確かに申し伝えまする」
「もし向こうが敵対的な態度をとっても釣られるなよ。あくまで松平を引きとめるのが目的だからな。それと山田隆景たちがいたら、俺が呼んでるから駿府に戻れと言って城を開けさせてくれ」
まあとっくに逃げ出してると思うけど。岡部元信と大違いだよ。
「今川の将来を決める大事な仕事だからな、くれぐれも上手くやってくれよ。あと、出来るだけ近いうちに俺が岡崎城を訪ねるからと言っておいてくれ」
「殿が御自ら赴かれなくとも元康殿を駿府にお呼びになればいいのでは」
「俺は元康とならば戦の無い世の中をつくることも出来るんじゃないかと思ってる。だからどうしても元康と手を結びたいんだ。その為ならそれぐらいどうって事ないさ」
なんせ徳川家康だ。それが可能な人材だってことは歴史が証明してる。
「岡部殿、それだけ氏真殿が元康殿を買っておられるという事なのです。それをよく話してきてくだされ」
話を聞いていた寿桂尼のばあちゃんが諭すように言った。
「あとついでに、それが終わったら鳴海の元信の所へ寄ってくれ。用件は……」
「叔父御のところへ、ですか。承知いたしました。では、さっそく出立いたします」
マサッチは頭を下げ、部屋を出て行った。なんか一瞬嫌な顔したような気がしたけど気のせいかな。頼む、今度こそ間に合ってくれよ。
明日も投稿します。
そろそろ重要人物登場の予感。