11話「方針」
大勢の方に読んでいただいているようでうれしいです。
でもちょっとプレッシャー。
頑張ろう。
「武田が攻めてまいる、氏真殿がそうお考えの根拠は何なのでしょう」
「武田は今川、北条と同盟しています。これは越後の上杉、じゃない、長尾と争っているからです。これが続く間は大丈夫です。しかしもし長尾との戦が収まったら、向かう先は美濃かこの駿河しかありません」
「氏真殿は信玄殿が盟を破ってでも駿河に兵を進めるとお思いなのですね」
氏真がそう考えるというより歴史的事実だ。信玄は来る。
「武田が欲しいのは豊かな土地と港です。美濃には海がありません。しかも大殿が亡くなればこの今川は同盟国としては頼りなく、敵としては与し易く見えるでしょう。それを見逃す信玄だとは思えません」
「なるほど、氏真殿はそこまでお考えなのですか」
ばあちゃんはしばらく目を瞑って考えていたが、やがて眼を開いて静かに話しだした。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、と申します。三河を松平にくれてやるのも良いでしょう。それが武田への備えになるというならなおさらです。しかしながら家中の動揺も抑えねばなりませぬ。ですからまずは松平に三河半国、岡崎の城と西三河を遣わすというのはいかがでしょう。織田への備えに松平を置く、と。それならばまだしも動揺は少なくなるのではありませぬか」
なるほど。それなら行けるかもしれない。それで何とか松平を引き留めることが出来たら万々歳だ。それにいざとなったら奥の手を使えばいいか。
「では松平にはその方針で行きます。他にも従わなかったり逆らう臣下や国人が出てくるかと思いますが、基本的には同じように宥和政策で行こうと思います」
「では質を盾にしたり力攻めはせぬ、ということですね」
人質を殺したり攻め潰したり呼び出して暗殺したり、そんなことをすれば人心はどんどん離れていくだろう。歴史が証明してる。悲しみが新たな怒りを呼ぶ、そんな連鎖を起こすなら裏切られた方がましだ。
「そのつもりです。疑わしきは罰せず、で行きたいと思います」
「それが氏真殿のお考えとあらば、それも良いでしょう。ただ一つ尼から言わせていただくとすれば、ひとたび離反が明らかとなった時は躊躇ろうてはなりませぬ。一気に打ち滅ぼされませ。この戦の世、甘う見られては生き延びる事はかないませぬ」
ばあちゃんは俺の目をまっすぐ見据えて言う。これが女戦国大名、寿桂尼の迫力か。
「分かりました。肝に銘じます」
思わず頭を下げていた。
「ではもう一つ、尼から策を差し上げましょう。仮に義元殿が亡くなられた際には家中をまとめるにあたり、武ではなく和をもって成すのが肝要だと尼も思うておりました。しかしそれにより氏真殿を軽んじる風潮が起きてはなりませぬ。却って家中が乱るるもとになりますゆえ」
というかもうすでに氏真は十分軽く見られてると思うけどね。なんせ放蕩息子だから。
「それで策というのは?」
「速やかに兵をまとめ、田中城におられる武田信虎殿を攻めるのです」
な、なんですかあ?! なにを突拍子もないことを。
「老いたりとはいえ、一筋縄ではいかぬ方です。今川に養われておきながら、いつでも隙あらばと狙うておられるに違いありませぬ。義元殿が討たれたとなれば、よからぬことを考える恐れは十分ありまする。ならばむしろ先手を打ち、家中をまとめ氏真殿の力を見せるための人身御供となってもらいましょう」
「し、しかし、信虎様は祖父にあたりますが? 武田との同盟もありますし」
慌てる俺に言い聞かせるようにばあちゃんは話す。
「例え身内であろうが、敵とあらば争うのが戦の世のならい。信虎殿に謀反の兆しあり、と言えば信じぬ者はおらぬでしょう。それも今までの行いが招いた種。信虎殿は獅子身中の虫、放っておいては害をなすやもしれませぬ。逆に居なくなっても何ら痛みはありませぬ。殺さずとも今川から出て行ってもらえばよいのです。速やかに攻めることにより、一旦家中はまとまりましょう。信玄殿にとっても信虎殿はいわば喉の奥に刺さった骨。何かと言うては来ましょうが、殺しでもしなければさほどの事もありますまい」
確かに信虎は放っておくと何かしでかしそうだ。そういう意味では効果がある。動揺する国をまとめるのに仮想敵を作るのも有効だろう。でも何の証拠もなしにいきなり攻めろなんて、このばあちゃん怖い。ま、まあまだ実際に義元が死ぬとは決まってないし、大丈夫だよな。な?
「あ、ありがとうございます。前向きに検討します」
「しかしよくここまでお考えになりました。亡くなられた大原雪斎殿もかくや、と思うほど」
ばあちゃんの表情が和らぎ微笑む。良かった、宿題は及第点みたいだ。まあ半分以上はカンニングだけどな。でもこれでうまくいくとは限らない。歴史の修正力とかよく小説で見るもんなあ。
「でもやはり伝令が間に合い、大殿が生きていてくれるのが一番です」
「まことにそうですね。尼もそれを願うておりまする」
伝令が間に合って桶狭間が回避、そうすりゃ俺はニート生活に戻れる。そうだ、サッカーやったらどうかな。どうせ全国制覇とか全く興味ないし。チームを作ってこの時代にサッカーを広める。そうすればきっと俺はファンタジスタ(死語)で、エースストライカーだ。そして日本はひょっとしてイングランドより先にサッカーを始めることになるんじゃないか。今から近代サッカーの考え方を教えれば、きっと将来強豪国になって21世紀にはW杯を何度かとっているに違いない。そうなれば俺の名前はサッカーを始めた人物として歴史に残るぞ。素晴らしいじゃないか! ……ただし今川氏真としてなのは残念だけど。
食後のお茶をいただきながらそんな妄想をしていると、部屋の外から声が掛かった。
「殿、尼御台様、三浦正俊様がお越しです。なにやら至急のご用がおありとか」
「お通ししなさい」
今日も20時頃にまた投稿予定です。