2. 「逃げる」を選択したら、勇者になった
“あの出来事”が起こったのは、賢者協会コルペ支部でそこそこ真面目に役割を全うしていた頃でした。
賢者協会コルペ支部でのわたくしは、導きを求めてくる冒険者が想定外に多かったり、この世の理に不必要な街を呪って滅ぼしたり、忙しさや難解な仕事に奔走させられることもありました。
ですが、賢者長や仲間からも頼りにされて、平穏で充実した日々を過ごしていた、と今では思います。
しかし、当時は何も見えていませんでした。
その頃のわたくしと来たら、忙しくて目が回るだの、仲間は働かないだの、不服ばかり口にしていたと記憶しておりました。
表には出しませんが、心の内は傲慢でした。
そもそも、賢者になれたのは、運が良かったからなんです。そこに、実力は伴っていません。
今は亡きタカラン支部の賢者長と偶然知り合いになり、息子のように可愛がられ、その結果、賢者に引き立てられたに過ぎないのです。
だというのに、新米だった頃の謙虚な心はいつしか消え失せ、コルペ支部で働いている頃は、賢者を長くやってるだけの根拠から自信過剰となっていました。
そして、“あの出来事”が起こったのです。
「ファルナーくん、勇者協会が人手不足で困ってるらしいんだけど、ちょっと勇者協会に転職して、助けにいってみない?」
呼び出しに応じて執務室を訪ねてきたわたくしに、賢者長補佐役が言ってきました。
別の業界に赴くよう告げられれば、普通は嫌がりますよね。
ところが、その当時のわたくしは、賢者仲間の内の一人と馬が合わず、不満を募らせておりました。その者と一緒に仕事をすることに、ストレス性の下痢症状を頻繁に起こすほど、嫌気がさしていたのです。
「喜んで!」
気の合わぬその仲間と離れられるのなら、と一も二もなく飛び付いたものです。
よもや、この回答で自分の生活が、
「グヘヘヘヘ。お前の腕をもいでやるべ」
「ゆ、許して……いや、俺から手を離せ、この畜生め!」
コルペ街道のゴブリンに腕を引きちぎられかけている事態を迎えようとは、浅はかなわたくしは、考えもしていなかったのです。
え?賢者だったなら、ゴブリンくらい魔法で倒せですと?
そりゃね。隕石でも大量に落っことしてやれば、腕を掴んでる鬼畜も、周りの有象無象もたちまちに消し炭にできますよ。
でも、わたくし、今、賢者じゃないんです。勇者なんでね。
勇者協会に身を置く者は、「基本、剣で敵をうち滅ばさなくてはならない」という就業規則を守るように厳しく指導されています。
魔法は、魔法使い協会や賢者協会の分野であり、勇者がレベル20以上の魔法を使うと罰金を払わなければならないんです。
その額が、ドーナツ1個程度なら規則違反もするでしょう。しかし、孫三代まで払っても返せない金額では、とても規則を破ろうとは思いません。
とはいえ、このままでは、本当に片腕をもがれちゃいますよね。
何とかしなくては。
でも、何すりゃいいの?
苦痛でそれでなくても働いていない頭を抱えたときです。
「ええい!いつまで、ぐずぐずやっているんだ!」
上空から男の声が聞こえてきました。




