自己解決薬
久しぶりのショートショート。
「W君、ついに出来たぞ」
M博士が大声で助手の名前を呼んだ。Wと呼ばれた助手は大慌てで研究棟の螺旋階段を降りていった。あまりに興奮しているのか、何度か段差で躓きそうになっている。
M博士はそんな彼に落ち着くように窘めてはいるが、博士自身も相当に興奮している。右手に持っている緑色の液体が入った試験管が小刻みに震えているのがその証拠だ。
「博士、いよいよ出来たんですね、魔法の薬が」
興奮を必死に抑えつつもW助手は尋ねた。M博士はにやけが止まらない顔をゆっくり縦に振る。
「これで、全人類はあらゆる悩みから解放されるだろう」
M博士が開発した、緑色の液体の名前は自己解決薬という。
人間は誰しもが何らかの出来事で悩み苦しむ。悩みの中には、他人に到底教えられないものや、この時代では解決の糸口すら見いだせないものもある。
そこでM博士は、正解のない悩みを解決する方法として「脳内の機能を可能な限り使い、最も自分が納得出来る便宜的な解答を作り出す」薬を作り出すことを決意。
自身の片腕であるW助手と共に、10年間をかけて開発作業に打ち込んできたのである。
M博士はもう一本の試験管に緑色の液体をそそぐ。
「さあ、W君。祝杯をあげようじゃないか。我々が悩みなき人類の第一人者となるのだ」
二人はお互いの試験管を軽くぶつけ、乾杯をした。
数分が経ち、W助手は口を開いた。
「博士。ありがとうございます。悩みは自己解決しました。どうやら僕が博士になるにはこの方法しかないようだ」
W助手の右手にあるワイヤーが鈍い光を放っていた。