明日のために・その3
「また負けちまったなー。坊主ども。これで通算何回目だ?」
「いたた。えっとたぶん11回目くらいすかね」
クーアさんへの挑戦からもう早3日目の夜。
あれからも手を凝らして色んな作戦で挑んでみたが全て一蹴されている。
一度、開き直って正面からぶつかっても見たが無謀としか言えない結果になってる。
あまりにも頻繁に城壁内に出入りしてるもんだから、騎士の人達にも顔を覚えられ声をかけられることも多くなっていた。
「はー、がんばるねー。事情は聞いているがやっぱり無茶だぜ。レント隊長は何の後ろ盾も無くその身一つであんだけ若いのに隊長まで登りつめた人なんだからな。未来の騎士団長とまで言われてるし、ここだけの話、個人の武力で言えば既に騎士団一じゃないかもしれんのだぞ。三年前の龍討伐にも参加してる。ついでに騎士団内での人気も凄え。強いだけじゃなくあんだけ若くて美人なら当然だがな、まあ俺くらいから見ると娘みたいなもんだが。たまに若え兵士たちがいつも一人で入浴するレント隊長を覗こ……おっと、喋りすぎか。これは内緒にしといてくれ。まあ成功したやつもいないんだけどよ」
おい、何やってんだ公務員。
「龍ってやっぱ強いんですか? それに三年前ってのは」
先日の事件にも龍がいたと聞く。今は復興の兆しが見えてきているが、それでもあの事件の破壊の痕跡はおぞましいものだった。この街は三年前にも同じような事件があったんだろうか。
「あん? お前三年前のこと知らないのか? それも龍のことすら知らないみたいな口振り……」
「はは……すごい田舎者なんですよ」
しまった。また常識的すぎることを聞いてしまっていたか。
「ふうん。まあいいか。親切なおじさんが教えてやるよ。龍が強えかって言ったらズバリとんでもなく強えよ。後天的に魔物化したもんと違って、やつらは生粋のバケモンだ。まず何より身体がデカい。人間なんざひと撫ででバラバラにできるほどにな。その上生まれつき身体に術式が組まれてて魔術まで使いやがる。そんなやつらが人間の何倍もの寿命を持って日々成長していくんだぜ。化物に化物を足してダメ押しに化物をかけたようなバケモンだ。人類の――いや、世界の敵とも呼べる奴らだ。」
世界の、敵。もしかしてこの世界の脅威ってのは。
「……だが何故だか知らんが、その連中はもう随分と昔から北の山脈に引き篭もってやがる。龍にまつわる伝承が各地に残ってるが、本当のことを言えば龍を見たことがあるやつなんざほとんどいねえよ。俺だって龍なんてのはジジババがガキに聞かせるお伽話みたいなもんだと思ってたぜ……三年前まではな」
ニヤけた顔で語っていた騎士のおっさんが顔をしかめている。
「やっぱりあんまり思い出したい記憶じゃねえな……北の方に小国があったんだがよ。ルウォンと同盟国のな。そこの王が三年前に代替わりしてな。まだ王になって日の浅い新王は実績が欲しかったんだろう。『世界の敵を討つ』って名目で、大陸法で立ち入りが禁止されている龍がいるって言われてた山脈に兵を率いて攻め込んだんだ……結局そいつらがどうなったかは誰も知らねえ。誰も帰って来なかったからだ。それから数日してその国に龍が現れた。ここらは想像になるがきっと報復だったんだろうって言われてるぜ。そっから逃げ延びてきたやつの情報で討伐の為に騎士団の精鋭を派遣した。俺は参加しなかったが100人以上の大行進さ。それでも帰ってきたのはたったの11人だ。帰ってこなかったやつらの中には俺のダチもいたよ。本当ならそんなバケモンを倒したってんなら大手柄だが、生き残った連中にそんな浮かれた様子は欠片も無かったぜ。みんながみんな死人みてえな顔しててな、情けない話だがそれを見ただけで心底ビビったよ。龍は実在してて本当に伝承通りとんでもねえバケモンだってことがよくわかった。生き残った11人も体の傷は癒えても、心の傷が癒えずにほとんどの奴が騎士をやめちまった」
想像以上の話だった。クーアさんクラスが100人いてほぼ全滅?
もし龍が俺たちの倒すべき相手だとしたらとても手に負える相手じゃない。
それに、その龍に襲われたこの国って今相当危ない状況なんじゃ……
「はは! 暗い話をしちまったな! まあ気にすんな。お前らを守るのが俺たち騎士の役目だ。この前はすぐ逃げられちまったが今度出たらおっさんたちがやっつけてやっからよ」
ややぎこちない笑みを作ったおっさんにバンバンと背中を叩かれる。
い、いたい……ちょっとは手加減しやがれ。
「まあそうですね。俺たちには龍より目先の問題がありますし」
「はは。それでいい。まあせいぜいがんばんな」
おっさんが片手をあげ別れを告げながら立ち去っていく。騎士なんて言うからもっとお堅いイメージだったが、おっさんみたいな気さくな人も多いようだ。ちょっと豪快すぎる気もするが。
「おーう。そうだ。うちは城への立ち入りは結構緩いが、それでもほどほどにしておけよ。状況が状況だからピリピリしてるやつらもいっからなー」
おっさんが振り向き付け足していった。
言われてみると、俺たちがここへ出入り数日の間にも、重々しい雰囲気で豪奢な服を着たお偉いさんオーラ垂れ流してる人間たちの出入りは何度も見ていた。こっちは模擬剣とはいえちょっとした凶器を持ってるんだから行動には慎重を期した方がいいのかもしれない。
ん。そういえばテシィは? ああ、いた。壁に背中を預け座り込むようにのびていた。
静かだったと思ったら気絶していたようだ。今回は強烈なのくらってたからなぁ。
うーん。しかし間抜けな顔だ。マジックペンがあったら是非いたずら書きをしたい。
「ん……ぅ」
俺のそんな邪念を感じ取ったのかテシィが目を覚ます。覗き込むように顔を見ていたから自然と目が合う。か、顔が近い。何これすごい気恥ずかしい。
テシィも目をそらさずにじっと俺の目を見てるし、目をじっと見んな。外人さんかお前は。
「……うわ」
「その『うわ』はどういう意味か説明してみろ」
「うわ何見てんだこいつ気持ち悪いセクハラ野郎。の略」
「……聞かなきゃよかった」
そうですか。イケメン以外は目があっただけでセクハラですか。うん、知ってた知ってた。ちくしょう。
ただでさえ連戦連敗で沈んだ気持ちが更に下降していく。
「まあそれはいい。いや、よくないけどいいとしておく。とりあえず次の作戦を」
「ねえ。もう諦めない? きっと頼み倒せばアリカさんも考えてくれると思う」
「おま。あえて避け続けていた結論を軽々と……そうしたいのは山々だけどほら、やっぱ意地とかあるじゃん?」
「そんなの捨てちゃいなさいよ。無理なものは無理なんだって」
なんて諦めの早さだ。確かに突破口さえ見えない現状だけどそう簡単に諦めるわけにいくか。
ちょっと苦労するとすぐ諦めようとするなんてこいつ『ゆとり』タイプだな?
いや、俺もゆとり世代だけど。
「まあ聞け。俺に秘策がある」
「それ今までに何回言ったか覚えてる?」
「ぐ。次は今までと違う。これは絶対うまくいく! 間違いない」
「そういうのあんたの世界じゃフラグって言うんだよ?」
ああ言えばこう言う。もうホント生意気っ。
「ふ、ふうん。そうなんだ。諦めるんだ。じゃあもうこの世界から帰るってことも出来なくなるけどいいんだよな? この世界でずーっと『人間』として生きていくんだー。これからは元・天使さんって呼んでいいっすか?」
「う」
自称セレブっこ天使のプライドをダイレクトアタック。
うーん、しかし自分のことながら、日に日にこいつに対する物言いが酷くなっていく気がする。
きっとテシィの性格の悪さが俺に伝播したんだろう。あ、じゃあ因果応報か。気にしないでおこう。
「…………やる」
「え? なに? 聞こえないなぁ」
……このドS行動はきっとミヌイの影響だ。決して俺の性癖なんかではない。そう信じたい。
「やるって言ってるでしょ! 何回でもやってやるわよ! 何なら今からでもやる!」
「あんまり大声でヤルヤル連呼するなよ。門番さんが変な目で見てるぞ」
「うぁ! ち、ちがうんです。このやるはそういうやるじゃなくて、アレなんです! 健全なヤルなんです!」
「そ、そうかい。若いうちはそういう気持ちわかるけどまあ、ほどほどにね……?」
勝手に誤解を拡大させていってる気がするけど面白いから放っておこう。
「遊んでないでいくぞ。じゃあちょっと色々やってきます。門番お疲れ様っす」
「ぶぁ! あんた何言ってんの! バカじゃないの! しね!」
「今夜はお楽しみなんだね。いいなぁ」
背中をゲシゲシ叩かれながら追いやられる。今日は背中をよく殴られる日だ。とりあえず一本拳で殴るのはやめてほしい。
「ど、どうすんのよ。変な誤解されちゃったじゃない」
「誤解させとけばいいだろ。それより作戦の話だ」
「懲りないわねぇ。そんなに意地が大事?」
「当然だ。って言いたいとこだけど正直言えば半分建前。残りの本音はアリカさんに認められたい」
「それは、うん。ちょっとわかるけど……」
意外に素直は反応をする。テシィは人間嫌いでも、こいつの中でアリカさんの評価は高いようだ。
それに諦めたらそこで失敗は確定する。諦めなければきっといつか上手くいく。世の中そんなに甘くは無いと知ってはいてもそう簡単に諦めたくない。いつ成功するかわからないってことは、成功するのは次の挑戦かもしれないんだから。もしそれを逃してしまったら悔やむに悔やみ切れない。
「大丈夫。次は上手くいくって」
「もう、わかったってば。私だって本気で諦めるなんて言ってたわけじゃないし、とりあえずあんたの口車にのってあげる」
「おう。まかせとけ」
「……まかせとけ。って言ったよね」
「……忘れた」
次こそはと思っていても現実は厳しく、俺たちはまた地に伏していた。
「これで12敗目か……そろそろ諦めたらどうだ? 今のお前たちでは100回挑戦しようと私には勝てんよ」
なんだよ、どいつもこいつも。諦めろ諦めろって。
軽い苛立ちとともに模擬剣を握り立ち上がる。
「ちょ、ちょっと、やめときなさいよ」
「100回やっても無理? 知ってますよそんなことは……だったら、200回やってみるだけだ!」
距離を詰め剣を振りかぶる。
こんなやぶれかぶれが通用しないことは痛いほど知ってる。
それでも動いてしまったのは、やっぱり意地のため。ここで動かなきゃ負けてしまう気がしたから。そんな幼稚な原動力。
「その心意気や良し」
クーアさんが模擬剣を横合いに投げ捨てる。
……どういうつもりだ。まさかわざと喰らおうと言うのか? それとも素手で迎え撃とうと言うのか?
いや、どっちでもいい。
どんな狙いがあろうとこれで入れば――俺たちの勝ちだ!
そのまま、彼女の額を狙って振るった剣は防がれることなく完全に振り下ろすことが出来た。
違和感。剣は振り切ることが出来たのに腕には手応えが全く無かった。
避けられた? 違う。彼女は一歩たりとも移動していない。
手元の模擬剣に目を落としてその答えを得る。その剣は半ばから先がきれいに消失していた。
「な」
移動こそしていなかったがクーアさんの姿には変化が見られた。
その右手に握られた剣。投げ捨てた模擬剣ではなく腰に下げていた真剣が抜き放たれていた。
「だが現実はお前たちが考えているより遥かに冷酷だ。百どころか千挑んでも叶わない現実は確実に存在する。そもそも私がこれを使えば百に達する前にお前たちは死ぬ」
「ほ、本物の剣を使うなんて卑怯よ!」
「卑怯? ……そうか。合点がいった。アリカめ、わざと説明を省いたな」
テシィの非難を軽く受け流し一人納得したという表情を見せる。
「知らされていなかったんだな。道理であまりにも気軽に挑んでくるわけだ」
「どういう意味ですか」
「私は模擬剣以外の使用を禁じられていない。私がその気になれば殺傷力の高い本物の剣や槍は勿論。さすがに魔術までは使わないがな」
「はッ? そんなのされたら……」
「そうだ。お前たちに勝ち目など万に一つの無かったんだよ。最初からな」
「そ、そんな……」
手から零れ落ちた短くなった模擬剣がカラカラと軽い音を響かせた。
確認をしていなかったのは迂闊だったが、そもそもこれは試験なんだから戦い様にはよっては俺たちに勝ち目があるものだと思い込んでいた。
白兵戦技術にも雲泥の差がある相手に、武装面でも優劣差をつけられているとは思わなかった。こんなの勝てるわけがない。アリカさんの狙いは一体どこにあるんだ。
「私の模擬剣はその剣の代わりにお前たちが使えばいい。私は次からこれを使わせてもらうことにする……この意味がわかるな?」
嫌でもわかるさ。
もう挑んでくるなってことだろ?
もう諦めろってことだろ?
だけど……
「いったん帰ろ」
「……そうだな」
最初はわかったつもりになっていたが、アリカさんの意図が読めずに不安になってくる。
結局、彼女は俺たちに何をさせたいんだ?
宿に戻れなくなって3日目だが、俺たちはまだ一度も野宿で夜を過ごすことにはなっていなかった。
ミヌイを巻き込んだ一度目の挑戦の帰りに、雑談がてら宿に戻れないと言ったらミヌイが寝るだけなら事務所を場所を貸してくれると言ってくれたからだ。
その時は思わぬ幸運に安易に飛びついてしまったが、よく考えるべきだったんだ。あの嗜虐嗜好の強いミヌイがただの善意でそんなことを言うわけがないってことに。
俺たちは屋根のある場所で雨露を凌げるようにはなった、だが代わりに。
「今日は早かったな。また負けたか」
マオの歯に衣を着せないストレートな物言い。こいつの言い方はむしろ清清しくさえある。問題は。
「マオ、そんな決め付けはよくない。朝、あれだけ意気揚々と出ていったんだから勝ったに決まってる。ううん、私はそう信じてる」
一見良いことを言ってるようだが、そう言ったミヌイの顔はニヤついている。
そう、こいつはこういう奴だったんだ。俺たちの落ちた表情を見れば結果なんてわかりきってるだろうに、わざわざ遠まわしに皮肉ってくる。ドSの極みにいるようなやつである。
「負けたよ」
今までは無駄に反論しようとして更に弄ばれていたが、さすがに今日はそんな元気すら無い状態だ。いつもは俺が抑えていても煽り耐性皆無なテシィが代わりに釣られていたが、さすがのテシィも今はそんな気持ちになれないようで押し黙っている。
「……つまらない反応」
「期待に応えられなくて悪いな。それより倉庫また借りるぞ」
ミヌイの物足りなさそうな眼差しに見送られながら倉庫へ入っていく。
マオとミヌイは一緒にこの事務所に住んでいる。実年齢は知らないが若い男女が同棲なんてしてると、それなりに邪推してしまいそうにだが、二人にはそんな雰囲気は微塵も無くまるで兄妹のようだ。てか実際どうあれマオはそういうの疎そうだしな。
マオは応接室のソファで、ミヌイはその隣の寝室で、俺たちはこの倉庫で寝泊りさせてもらっている。最初はテシィだけはミヌイと同じ部屋にしてもらっていたんだが、あの二人を一緒にすると一晩中大声で口論を続けるので今はこうなっている。
それならと、俺はここから出てマオと一緒に応接室で休むと提案したが『私が押しかけてるのにあんたが出て行くのはおかしい』と却下された。基本横暴なのにテシィの中にも譲れない一線があるらしい。
「とりあえず今日はもう休むか。まだギリギリ時間はあるけどこの状況じゃ安易に挑めないからな」
「ん。それはわかるけど、でもどうするの? あっちが真剣使う以上下手なことも出来ないし」
「諦めることも考えないといけないのかなぁ」
「それは……わかんない。私そういうの考えるの苦手だからあんたが決めてよ」
「脳筋め。少しはテシィも頭使えよ」
実際どうすればいいんだろう。諦めるのが正解。という可能性も多分ある。よく聞く『勇気と無謀の違い』を見極めるのがこの試験の課題だとか。
でもその逆の可能性もある。一見不可能な難題でも諦めずに方法を探してみつけるのが課題とか。
結局、この試験がどういう状況を想定しているか見極めることが大事と言うことなのか。
でもそれを判断出来る情報が無いから最終的な見極めが出来ない。考えるだけ無駄なことなんだろうか。
あー。わかんねー! 頭ん中がごちゃごちゃだ。
俺が頭を悩ませてる間にもう既にテシィは寝息を立てていた。年頃の男がすぐ側にいるのにこんな無防備な寝姿を晒すのはいかがなもんだ。でも『妙な真似したら唇の皮を剥ぐ』と変に生々しい脅しもかけられている。
信用されているのか、されていないのかわからない。
てか何もする気なくても、すぐ隣で女の子が寝ているってシチュエーションはこっちが緊張するんだけど?
街がすっかり静かになった真夜中に事務所を出る。
結局あれから俺は寝入ることが出来なかった。
試験に対する悩みもだけど、なんていうか、な。同じ空間に女の子がいるってのを一度意識しちゃうと、な。
別にえろいこと考えて興奮しているわけではない断じて違う。断じて違う。
夜の冷気で頭を冷やしながら、やっぱりマオのとこで寝ようかと考えていると背後から扉の開く音。
「眠れないの?」
「……ああ、ミヌイか」
振り返るとそこには小さな少女が立っていた。フードを外している姿を見るのは初めてだったから一瞬わからなかったが声の調子でミヌイだと気付いた。
肩口で切りそろえられた黒い髪と、月の光を反射して金色に輝く大きな目は、その小さな体躯と相反するように大人びている。
「む。これは……」
薄手の服はサイズがあっていないようで手の袖を長く余らせている。
先日のテシィとの女の戦いで勝利した胸の膨らみは確かにテシィのそれよりは大きく見える。平均で言えば未満だろうけど。
何より目を引いたのは、腰の裾から伸びた足だ。寝巻き姿であろうミヌイはその服だけを纏いズボンなどは履いていなく、生足を惜しげもなく晒している。肝心な腰の部分は長い裾で隠されていて見えない。
はいているのか。はいていないのか。それが最大の問題だ。
「どこ見てやがる。発情犬」
「それは誤解だ」
そう言いながらも俺の目線は固まってしまったようにミヌイの足から離れない。
てか見られたくないならそんな萌えキャラみたいなあざとい格好をするんじゃない。狙ってんのか。
そんな餌に釣られてしまい目を離せないのは俺が男の子だから仕方ないことなんだ。決していやらしい気持ちではないんだ。不可抗力なんだ。えろい足だなぁ。
「マオみたいに一切無視されるのも傷つくけど、そこまでぐいぐい見られると、その」
「照れるか?」
「キモい」
キモい宣言いただきました。本日二度目だぞ。
さすがにこれ以上見てたら怒り出しそうなのでなんとか目を離す。
「それで、何か用か?」
「別に用は無い。ただ落ち込んでるのかと思ったから」
慰めに来てくれたんだろうか。こいつ実は意外とやさし――
「もしそうだったら虐めようと思ってた」
ですよね。一瞬でもミヌイに優しさを期待した俺が間違ってたんですよね。
「……それで、本当に落ち込んでるの?」
ミヌイがやや声を小さくし、そっぽを向きながら尋ねてくる。おや、これはひょっとして。
「もしかして気を使ってるのか」
「そんなんじゃないし。負け犬をなぶりにきただけだし」
うーん、結局どっちなんだろう。こいつの性格はイマイチ掴めない。
「まあ本音を言えば多少はへこんでるな」
「……そうなんだ」
「今は諦めるのが正解なのかとすら思えてきてる」
「……そう」
「そもそも俺が強くなろうってのが間違いだったのかな、なんて」
「そう」
「そもそも内容が無茶だよな。無理がありすぎるよな」
「そ」
いつまでたっても俺が期待しているような励ましはなく、ミヌイはただ相づちをうつだけだった。それすらも段々適当になってきてるし。
「言いたいことは全部言った?」
「え。ああ、まあ」
「……くふふ。弱者の弱音っていつ聞いても心地良い」
「……この、結局からかいに来ただけだったのかよ」
やっぱりミヌイに思いやりを期待したのが間違いだった。
もう話を切り上げて寝ることにしよう。
「私はこの試験の答えを知ってる」
「……本当か」
室内に戻ろうとしていた足が止まる。振り向くとミヌイはこちらを見つめ薄く笑っている。
あ、なんか嫌な予感がしてきた。
「教えて欲しい?」
「教えてくれ」
「人に教えを乞う時はそれなりの態度があると思わない?」
やっぱりこういう流れになるのね。わかってたけどさ。
「教えて下さい! ミヌイ様!」
サービスで大げさな身振りもつけといてやる。これでどうだ。
「お断り」
「こ、こいつはッ」
男だったら手が出てるぞ。どんな人生送ってきたらここまでサディスティックに育つんだ。親の顔が見たいとはこのことか。
「だって試験の答え教えたら試験になんない。でもヒントなら出してあげてもいい」
「マジでか。ヒントでもいいから教えてくれ」
上からの物言いが多少気になったが、今は拘ってられる状況でもない。藁にも、ドSにも縋りたい気持ちだ。
「私はヤトたちよりアリカを知ってるからわかる。アリカは出来ないことをやれなんて言わない。だから絶対に答えはある。私はそれの見当がついてる。でも、どうしようかな。教えてもいいし、教えなくてもいいし」
「そ、そんなこと言わずに教えてく、下さい。ミヌイ様ー」
ミヌイと会ってからどんどん自分が卑屈になってきてる気がするぜ。
「言葉だけじゃ足りないかな。あ、丁度ここ屋外だし。ほら、わかるよね。くふふ」
「……もしかしてドゲザでしょうか」
「私はそれをしろとは言わない。諦めてアリカに失望されるも、騎士のお姉さんに叩き斬られるのも自由。ぷふっ」
さすがにこれにはビックリだ。
いくなんでも酷すぎる。
(多分)年上の男に地べたに這いつくばって媚びろだと?
俺にだって意地があるんだ。
ふざけんな!
「そこまでされたら仕様が無いから教えてあげる。感謝しろよ」
「お願いします。ありがとうございます」
ん? ドゲザ? 何だっけそれ。
もういいじゃないか過ぎたことは。過去に囚われていては前には進めないんだぜ。
ただ一つ言えることは一度やってしまえば大して気にならないってのと、それでも俺の中の大切な何かを失った気がするってことだけだ。
ミヌイは木箱の上に足を組んで座っている。まるで女王様だ。
俺は今、地面の上に正座してる。
なんでこんなとこで座ってるのか思い出せないな。その前にした行動に答えがあるようなないような。いや、ないな。ないない。
それより、この構図。すごい際どいアングルなんだけど。
俺の目線の高さにはミヌイの足がある。つまり上着の裾の奥が見えそうで見えない絶妙なバランスだ。
いや、やめよう。さっきも窘められたとこだしな。気付かれないように適度にチラ見するべきだ。
「自分より強い相手と同じ舞台で戦っちゃダメ」
「……それだけ?」
そう告げてミヌイは立ち上がり事務所の中へ戻っていく。
あ、待て。もうちょっと足を、じゃなくてヒントをくれよ。
「これで十分。あとは自分で考えて」
一人取り残される。どういうことだろう。舞台ってのは比喩だってのはわかる。でも何を指しているのかがわからない。
真っ当に戦うなというのなら既に実行している。今までは策を練ってあの手この手で虚をつこうとしてきた。もしかしてそこから間違えていたのか? でもそれ以外の手段なんて思いつかない。
舞台……フィールド、エリア、大地、地面。
あ……そうか。
一つの答えに辿り着き思考が広がっていく。それなら、なるほど。じゃあアレがあれば……
少し希望が見えてきた。これが上手くいけば100%とは言えないまでも、今までよりぐっと勝率は高くなるはずだ。
ヒントをくれたミヌイに感謝する。ミヌイもなんだかんだで言って面倒見がいい。ちょっと嗜虐嗜好が強いだけで根はいいやつなんだな。これまでの評価を改めないといけない。少しミヌイを見直した。
浮かれた気持ちでそう考えていると、耳に短い音が飛び込んでくる。
聞こえてきたのは、今ミヌイが入って行った事務所の扉から。
ガチャリって音がその扉から。
まるで内側から鍵をかけたような音が。
「え?」