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明日のために・その2

「今の時間なら多分食堂かな」

「出てくるまで待つ?」

「そうだな。食堂から出た後に城内に戻るなら必ずここを通るはずだからそこで待ち伏せる。んでテシィの配置はここだ。間違えるなよ。」

 テシィに念を押しながら手元の地図を指差す。

 アリカさんから渡された地図には城壁内の中庭の地形が描かれている。

 勝利条件の確認。

 クーアさんと戦って『参った』と言わせること。

 仕事の邪魔をしないことと、城で働く他の人に迷惑をかけないことを条件に、既にクーアさんの了承は取っているらしい。

 彼女自身にも仕事はあるから挑戦できる時間は限定されている。

、朝彼女が部屋に出てから公務に就くまでの間。 昼食時。 仕事を終えた彼女が城を出て就寝するまでの間。

 城内への立ち入りは禁止。いくら模擬剣と言えど武装して城に足を踏み込むのは捕まえてくれと言ってるようなものだからだ。

 うーん、やっぱり結構時間や場所が限定されてしまってるな。

 その上、テシィは能力の使用を禁止されている。

 期間は定められていない。この課題をクリアするまでアリカさんの部屋には泊めてもらえず、その上、持ち金まで没収されてりる。

 一応、食事代として一日1000グェンは渡してくれるらしいが、それだけじゃ他の宿に泊まることも出来ず野宿が確定となる。


 アリカさんの意図はなんとなくわかる。

 俺は一週間前にクーアさんと立ち会って一瞬で敗れている。それも目一杯手加減されて、だ。

 この一週間みっちり鍛えられ、今回はテシィと二人がかりとはいえ、何年も鍛え続け隊長にまで登りつめた人間相手にそう簡単に勝てるわけがない。

 つまり頭を使えということなんだと俺は読み取った。

 真っ向勝負なんて論外。正々堂々不意打ってやる。


 壁に身を隠し食堂から出てくるクーアさんの姿を確認する。

 食堂は宿舎の並ぶ中庭の一角にあり、王族以外は城内従事者はみなそこで食事を取る。食堂から城内へ戻る道はひとつだけ。

 彼女がこちらへ歩いてくるの見て、壁越しに出していた顔をひっこめる。

 城壁の隅の狭く見通しの悪い曲がり角で息を潜める。城壁に沿い大きな木が並び、日が遮られているこの一角は不意打ちには最適だ。

 居合い抜きのように模擬剣を腰の高さに構えながら待つ。

 見つかる恐れがあるからもう顔を出してクーアさんの位置は確認できない。限界まで耳を澄ませて彼女の足音を探る。

 ここからは瞬発力勝負。あとは彼女の姿を確認次第、即、剣を最速で振り切るだけ。

 模擬剣を握る手に力が入る。汗が滲む。

「緊張してる」

「はは。子供の頃やったかくれんぼを思い出すよ」

「……かくれんぼ?」

 この世界にはかくれんぼは無いんだろうか。それとも知らないだけか。

「おしゃべりはこのへんにしよう。作戦通りに頼むぞ」

 再び聴覚に神経を集中させる。

 思いのほか足音が大きく聞こえてくる。

 もう、すぐ傍まで来ている。

 集中させてた意識を耳から目に切り替える。

 息を潜めてただ待つ。

 そして、彼女の姿が見え――た。


「フッ!」

「甘すぎる」

 短い呼気と共に繰り出した今の俺の最速の一撃は、余りにも簡単に防がれてしまった。

「初戦から搦め手を選んだ判断は評価しよう。だが私はお前たちから挑まれる事を先に知らされているんだぞ? この程度で私の隙を突けるとでも思ったのか」

 彼女はそう言いながら防御に使った模擬剣を構えなおす。

 そして彼女の重心が前に傾いたと感じた瞬間、彼女は俺に肉薄し既に俺を間合いにとらえていた。大上段に構えられた剣。

 一緒だ。一週間前のあのときと。

 でも今は――あのときの俺とは違う。

 鋭く振り下ろされる剣を後ろに飛びながら打ち払う。受けるのではなく、払う。

 彼女の剣撃の重さは身をもって知っている。鍛えたとはいえ一週間そこらで彼女の剣撃を受け止められるようになるわけがない。受けてはこの前の二の舞だ。だから防御ではなく彼女の剣に向けて打ち込むように迎撃する。

 そうして彼女の一撃をかろうじて凌ぎ、距離を取った。

「少しは腕を上げたな」

 ああ、やっぱり半端じゃない。

 俺の不意打ちを防御したときの反射速度。前回以上に警戒していて尚、やっと動作の起こりしか見えなかった鋭すぎる踏み込み。まだ俺の手を痺れさせるほどに重い斬撃。

 しかもそれさえ本気で無いことがわかる。さっきのはあえて前回のときと同じ攻撃を選んだんだ。いわば査定。一週間前の俺とどう違うのかを探るための牽制に過ぎない。

 この前は差がありすぎてわからなかった彼女の実力。

 相手の実力を少しは読み取れるようになってわかった、わかってしまった圧倒的な実力差。

 一体何年、どれほど過酷な鍛錬を積めばこの領域に辿り着けるというのか。

 まったく、こんな人に勝てなんて無茶にも程がありすぎますよ。アリカさん。

 それでも諦めるわけにはいかないってのが辛いところだ。

 だから俺は策を弄する。謀って騙して嵌めて勝ってやる。


「テシィは下がってろ! まずは俺が一人でやる!」

 振り向かないまま、背後の彼女に叫ぶ。

「……わかった。骨は拾ってやる」

 縁起でも無いこと言うなよ。

 今度はこっちから仕掛ける。実力差のある相手に受けに回っては技術の差で必ず押し切られる。だから俺は自分から前に出て先手を取った。ほとんど捨て身の特攻。

 だけどそんな単純な方法で実力差を埋められるわけがない。

 とにかく相手を受けに専念させるために速さを重視して振るい続けた俺の連撃も、全て難なく受け止められる。彼女はさっきの位置からほとんど動いてすらいない。

「ダメだな。遅すぎる」

「ぐッ!」

 俺の攻撃の間を縫って振るわれた剣に肩を打たれる。

 思わず剣から手を離し、片膝を付く。

「今日はこれで終いだな。だがそう落胆しなくても良い。剣を握って一週間でそれなら筋はかなり良い方だ。ただ私と正面から剣だけで戦うには3年程早い」

 まあそうだろう。不意打ちが失敗した時点で俺だけじゃ勝てないのはわかってる。

 だからその後の特攻は打ち負けるのが前提。

 俺が重視していたのは立ち位置。

 必死に攻めながら調整した俺と彼女の位置関係は、最初の位置とそっくり入れ替わっている。

 そう、だから彼女の背後には――


「テシィ! 今だ!」

 俺は大声でテシィに合図を送り剣を拾う。

 肩の痛みで右手はまだ動かせないから左手で。

 つまり挟撃のかたちだ。

 これで彼女は前方と後方、角度が最大限異なる二方向に意識を割かなければいけなくなる。

 俺が踏み込む。

 それと同時にテシィが彼女に飛び掛る。

 背後からではなく――彼女の頭上。その真上から。


 これが俺の策。

 俺と一緒にいたのはテシィじゃない。今、クーアさんの背後にいるのはマオの秘書のミヌイだ。

 クーアさんと初めて会った時はまだテシィに名前は無かった。またクーアさんも直接はテシィと話していない。それを利用して謀った。

 きっとアリカさんからは名前と性別くらいしか聞いていないと踏み、ミヌイに協力を頼み込んで作戦に付き合ってもらった。

 俺が一人で戦ったのもミスリード。

 俺の実力は低い。それはクーアさんも知っている。だから策を弄してくるという発想はあったはずだ。いくら錬度に差があるとは言え俺の不意打ちを難なく防げたのが、予め警戒していたという良い証拠だ。

 だから俺が一人で戦っていても、常に背後の少女のことは警戒していたはず。

 わざわざ大声を出して合図を送ったのもその為、背後の少女に合図を送ったと思わせ、本当に合図を送ったのは木の上でずっと待機していたテシィに。

 クーアさんは俺たちが二人がかりで来るとは知っていた。

 だけど三人目は想定していなかっただろう?


 ――だが彼女は振り向かなかった。

 距離を縮めて近づいて行く俺の動きをただ見ていた。

 ……どうしても振り向かない。

 いや、怯むな。前だろうと後ろだろうと、そのどちらかにさえ気を配ってくれていればいい。

 だってほら、空中で繰り出したテシィの蹴りがもう今にも彼女にで届く。

 テシィの攻撃は彼女に届いた。届いて、模擬剣で受け止められていた。

 クーアさんは目だけで上方を見やり、いとも簡単にその蹴りを受けきった。

 わからない。

 何故そんなことが出来る。

 どうして?

 ……違う。これはチャンスだ。

 どんな理由であれ彼女の剣がテシィの攻撃を受けるために使われているのは事実。

 今なら俺の攻撃を防ぐ方法なんてない。

 尚一層強く踏み込み剣の間合いに彼女を捉える。

 彼女の胴目掛けて横なぎに剣を振るう。

 これで決まってくれ。

 だが彼女はテシィを受け止めたまま身体を捻る。

 一瞬俺に背中を向け片足を上げる。

 そこから後ろ回しの要領で繰り出された踵が、俺の手の甲を的確に打ち抜き、その勢いで手中の剣が手から離れ高く舞い上がる。

 ……体術も使えるのかよ。

 最後に彼女は、重力に引かれただ落ちていくテシィの無防備な胴を打ち据える。

 剣を手放してしまった俺と地面に倒れ伏すテシィ。

 その二人の間で悠然と佇む女騎士。

 ……負けた。俺の策は完全にうち砕かれた。


「惜しかったな。あと三手、いや四手あれば詰めたかもしれん」

 ……はは。簡単に言ってくれる。今のが現状俺が思いつく最善の策だったってのに。

「……彼女がテシィじゃないの知ってたんですか?」

 そうだ。俺が気絶してる間に避難所でテシィは治療や介護を手伝ってた。その時にテシィを目にして後から名前を合致させたのかもしれない。

「いや、悪いがテシィの事は名前しか知らなかったよ。ああ、思い出した。避難所で何かと動き回っていた子か」

 腹部を押さえながらゆっくりと半身を起こしているテシィを見ながらも、彼女の眼は未だに警戒を解いていないことがわかる。

 勝負が付いた直後でも隙を見せてくれない。テシィもそれをわかっているからだろうか、完全に立ち上がることせず彼女を見ている。

 本当の最後の手段として、勝負が付いた直後に奇襲するプランもあったが、それも通用しそうにない。

「じゃあ俺の作戦がバレてたってことですか……一体どこから気付いてたんですか」

「策を見抜いていた訳では無いが、強いてあげれば最初からだ。おあつらえ向きに木もあったからな。ここで奇襲するなら上からだと思っていたよ」

「……最初の一振りからそこまで想定していたんですか」

 あそこからバレてたって言うのか? どんな思考をしたらそうなるんだ。

 でも信じがたいが、彼女がこんなことで嘘を言うとも思えない。

「いや、違うぞ。最初と言うのはアリカから話を聞いた時の事だ」

「は?」

「二人来ると言われて、相手が二人だけだなんて思いはしない。城内に賊が一人入ったと聞けば、我々騎士団は三十人の賊の襲撃と想定して動く。騎士の仕事はどんな事態をも大事に至る前に沈めることだ。常に視野は広く、柔軟な思考を持って最悪に最悪を重ねて状況を想定する。国を護るとはそういうことだ」

 言葉が出ないってのはこのことか。

 俺が反則染みていると思うようなことさえ、実戦に身をおいている騎士たちには当たり前の戦略の一つでしかないんだ。

 これが実戦経験の差。

「今度こそ終いかな。その顔を見る限り策はもう無さそうだし、私もそろそろ午後の公務の時間だ。夕方また来るんだろ? 楽しみにしているぞ」


「テシィ、大丈夫か」

「……あんまり大丈夫じゃない。女の子にも手加減しない人なんだね」

「あれでも手加減してるそうだ。俺も前は一発で気絶させられた。ほら、手ぇ出せ」

「……いらない」

 しゃがみこんだままだったテシィに手を貸そうとしたが、俺の手には目もくれずにテシィは一人で立ち上がる。腹を打たれた痛みからか、それとも勝負に負けたせいなのかやけに不機嫌だ。

「手伝わせたのにこんな結果になっちゃって悪いな。ミヌイ」

「……今日一日はミヌイ様って呼ぶ約束」

「……はい。ミヌイ様」

 それが今回のことを手伝ってもらう代わりにミヌイが出した条件だった。

 少しずつわかってきたけどこいつはドSだ。まあ最初に会った時からそんな兆候はあったが。

「……完敗だった。みじめ」

 そして口も悪い。

「何この子! 口わるっ!」

 え? テシィがそれ言うの?

「……お前よりマシ。負け犬」

「むきー! あんた年上に対する礼儀を知らないの!? それとお前って言うな!」

「……お断り。お前お前お前お前」

「うっさい! チビチビチビチビ!」

 小学生かこいつら。

「……お前嫌い。貧乳」

「おい、そのへんにしてそろそろ行くぞ。次の作戦考えないと」

「私こそ嫌いよ! それにあんたよりは大きいもん!」 

 聞いてねえし。もういいや、放っておこう。

 あー、次どうすっかな。同じ作戦はもう使えないし。

 今後の戦略を練りながら街へ向かい歩き出す。そういや、まだ昼飯食ってないからとりあえずメシか。

「……私の方が大きい。ほら」

「はぁー? そんなわけ……ウソ」

 振り返ると、地に手を付きうなだれるテシィと、なんだか得意げな顔でそれを見下ろすのミヌイが見えた。

 それは、俺の見えないところで行われた一つの女の戦いが決着した光景だった。


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