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しゅうかつ!

 翌日の朝、俺たち三人は宿の食堂でテーブルを囲んでいた。

「これから朝ごはん食べに行くけど、一緒にくるかい?」

 というアリカさんのありがたいお言葉に誘われて朝食を食べに来ていた。

 今更過ぎるが、こちらに来てからずっと何も食べいなかったことに気付く。

 それなのに約一日半もの間、一切空腹を感じなかったのはそれどころじゃ無い事態に見舞われ続けていたからか。

 それでも『ごはん』という単語を聞いた途端、急に驚くほどの空腹を感じ始めるのだから人体ってのは不思議だ。

 アリカさんの泊まっていた宿は二階と三階が宿泊用の客室になっていて、一階には食堂と大浴場がある。

 街の中で見てきた建物はほとんど二階立てだったということと、浴場まであることを考えると結構上等な宿なのかもしれない。

 食堂は宿泊客以外の客も相手にしているらしく、朝から盛況していた。

 街に着いた時に見たように家具や食器のほとんどは木製。現代日本で育ってきた感性からすると、均等に加工されておらず脚がゆるくカーブルしていたりする造詣のテーブルや椅子に若干不安感を覚えるものの、これはこれで味があるとも感じる。

 カウンターの奥の食器棚にガラスのジョッキや陶器の食器を見つける。文化レベルは相当低いのかと思ったが、ガラス製品や陶工技術は存在しているらしい。

 それでも他の客に出されてる食器はもちろん、飲み物の入ってるジョッキまで木製なとこを見ると、木製製品が廉価な主流品で、ガラス製品や陶器は高級製品とされてるんだろうと推測出来る。


 そんなことを考えていた時、一つの懸念事項が生まれる。その不安の種は俺たちが囲むテーブルの上に広がっていた。

 小皿に入った彩り溢れすぎてる野菜。何より目を引くのがキャベツのような形状の青い葉菜。向こうでは自然界に青い色素の植物はほとんど存在しないというのが定説だったはずだ。しかし目の前には青キャベツと呼べそうな野菜が現実の物として存在している。

 こっちでは向こうの常識が通用しないということを自覚する。これを食べることに抵抗を感じるのは、青色の食欲減退効果もあるだろうが未知の食べ物に対する警戒という面の方が大きい。さすがに毒ではないだろうが……

 そして中央の大皿に盛られた『何か』の手羽先と『何か』のスライス肉。一体何の肉だろう……知りたいような知りたくないような。

 パンもある。これは見た目丸い普通のパンに見えるからまだマシだ。うっすらと紫色なのがやや気にかかるが。

 そう。不安ってのは食文化。海外に行った人が異国の食文化にいつまでも馴染めずに苦労するなんてのはよく聞く話。この場合は異国どころか異世界。まず食材からして同じじゃないことが既に分かっている。俺はこっちの食文化に馴染めるんだろうか。嫌でも慣れるしかないんだが。

 二人の様子を伺う。当然アリカさんは何の躊躇も無く食べてる。テシィのやつは――めっちゃがっついてた。こいつは本当に根性が太いな。でももうちょっと女の子らしく上品に食べなさい。

「ヤトくん。食べないの?」

「あ、いや、食べますよ。ただ見たことない料理だったんでちょっと抵抗があっただけで」

「いらないならよこせ」

「絶対にやらん」

 俺の料理にまで手を伸ばしてくるテシィの手を跳ね除け自分の料理へ手を伸ばす。まず謎のスライス肉を一口。

 あ、うまい。牛とも豚とも違うけど濃厚な味。ソースは無く、恐らく簡単な調味料を振りかけてるだけだろうけど柔らかくて食べやすかった。

「うまいですね。これ何の肉なんですか?」

 疑問に感じていたことを思い切って口にしてみた。

「うん? 普通の羽猪の肉だけど食べるのは初めてだったかい?」

「は、はね? 飛ぶんですか?」

「はは。飛ぶわけないよ」

 じゃあ何故羽があるんだ。と突っ込むのは野暮なのか。

 テシィが言った『同じ進化をした動物もいる』という言葉を思い出す。つまりそれは逆に言えば、同じ進化をしなかった動物もいるということだ。いや、それにしても進化の方向がかなりぶっ飛んでるだろ。

「じゃあこの手羽先も?」

「うん。羽猪のものだよ」

 手羽先の大きさからして羽は鶏と同じくらいか。背中から羽を生やした猪を想像する……結構アリかもしれない。ウリ坊とかならちょっとしたマスコットキャラとかになれそうだ。

 手羽先や青キャベツにも挑戦したがどれも旨かった。食生活に対する懸念が少しは拭われたように思う。まだ安心しきることは出来ないが。

 飯代は言うまでも無くアリカさんの奢り。もう俺とテシィはこの人に足を向けられないな。


「じゃあ俺そろそろ城に行ってきます」

 食後のお茶をしながらの雑談を終えた後に切り出す。

「そうだね。いつ来ても良いって言ってたけど、向こうの都合もあるだろうし早い方がいいね」

「ん。そっか。騎士の入団試験受けるんだっけ。せいぜい頑張って来なさいよ」

 テシィの心のこもらない応援がとても嬉しくない。

「一等で隊長もやってるクーアの推薦があるし、試験内容もかなり優遇してくれだろうけど油断はしないようにね」

「はい。がんばってきます」

「いってらっしゃい。こっちはアリカさんと仕事の相談しとくから」

 そっか。テシィはテシィで仕事探さなきゃだもんな。

「おう。そっちもせいぜい頑張れよ」

 宿を出て城を目指す。城までの道のりは昨日アリカさんに聞いておいたから問題はない。

 城は街に隣接する丘の上にあった。大通りから街を抜け、丘を登って行く。意識して抑えようとしても浮き立つ気持ちが足を急がせる。

 大陸一の国の騎士に新入りでもきっとなればそれなりの稼ぎを得られるだろう。それにきっと訓練なんかで強くなれる。魔術も教えてもらえるかもしれない。

 でも心を浮き立たせる原因はそんな現実的な理由ばかりじゃない。単純な騎士への憧れ。それが大きかった。

 剣を手に、民を守り巨悪に立ち向かう騎士。やっぱ浪漫だよなー。

 アリカさんはクーアさんを単純と揶揄していたが、俺にはクーアさんの気持ちがよく分かったし、それを実現した彼女には尊敬すら覚える。

 そんな騎士に俺もなれるんだ。


「……落ちました」

 宿を出てから二時間も経っていない内に帰ってきた俺は、部屋で仕事の相談をしていたであろう二人に短く告げた。

「ダメ男」

「ぐ」

 装飾を省き限りなく短く的確に俺を形容したテシィの言葉に打ちのめされる。

「こ、こら。テシィちゃん。こういうときは慰めてあげなきゃ」

「いいんですよ……そうです。俺はダメ男なんです。ふふふ……」

「そ、そんなに落ち込まないでさ。容易に受かれるようなこと言って期待させた私も悪かったし、ね?」

「稼げない男ってサイテーだと思う」

「ちょっと! 敗者にムチ打つようなこと言わないのっ!」

「敗者……」

 悪意は無いのはわかっていても、アリカさんの一言が重くのしかかる。

「ち、ちが。そういう意味じゃなくて、えっと、良い意味でっ」

「負け犬」

「ぐはっ」

「テシィちゃんってば!」

 テシィの罵倒の畳み掛けに俺の心は折れる寸前だ。アリカさんほどなんて贅沢は言わないが、もうちょっと他人への思いやりを持って欲しいぞ。

 ……いや、これも全部俺の不甲斐なさが原因だ。そうだ。俺は、ダメ男で敗者で負け犬なんだ……

「ヤ、ヤトくん? 大丈夫? この世の終わりみたいな顔してるよっ。そんなに落ち込むことじゃないよ。ほらっ、元気出そう!」

「……ありがとうございます。大丈夫です……俺は元気ハツラツですよ……」

「とてもそうは見えないけよ……ほら、過ぎたことは忘れて。人間笑顔が一番だよっ」

 ああ、アリカさんは優しいなー。まるで天使だ。そうだ、こんな罵倒ばかり口にするテシィなんかじゃなくアリカさんこそ本当の天使なんだ、きっとそうに違い無い。

 ちっ、テシィさえいなければ泣きつく振りして、天使なアリカさんのたわわな胸に飛び込めたものを。お邪魔虫め。

「でも、どうして落ちたんだい? 試験そんなに難しかったのかい?」

「えっと、それはですね」

 情けなくてあまり思い出したくないけど、アリカさんには説明しとかないと悪いと思い、試験の苦い記憶を語る。

 

 城に着いた時には既にクーアさんが門で待っててくれていた。

 いつ来るか判らないのにずっと待っててくれたんだろうか。そうだとしたら申し訳ないと思う。もっと早く来ればよかったな。

「おはよう。ヤト」

「おはようございます。クーアさん。今日はよろしくお願いします」

「うむ。試験の準備は出来ているぞ。早速始めたいと思う。着いて来てくれ」

 クーアさんに連れられ城門をくぐる。まっすぐ城の中へ向かうのかと思ったが、クーアさんは城門を通った先の脇道へ進んで行く。

「試験は外でやるんですか?」

「いや、こちらに騎士の宿舎がある。入団試験はその一室で行うのが通例だ。城内を見てみたかったか? どうしてもと言うなら案内出来なくはないが、さすがに全て見せられるとは言わないがな」

「いえ、特にそういうわけではないですよ」

「そうか」

 宿舎は石造りの三階建ての建物だった。外壁の損耗具合は汚れ具合からみてもかなり年季が入ってると感じられる。その一帯には同じような建物がいくつも並んでいる。それが全て宿舎なら、そこに寝泊りするこの国の騎士や兵士の数は相当なものだろう。やはり大陸一の大国ともなれば、軍備にもかなり力を入れているんだろう。

 宿舎内の階段を上り二階の通路を進む。右手にはいくつものドアが並び、左手には所々に窓がポツポツと点在している。木で作られた窓は耐水性が万全では無いらしく、窓の周囲にはカビが群生している。カビの臭いが漂い、肌に感じる湿度も高い宿舎内はあまり衛生環境が良くないイメージを受ける。

「この中だ」

 クーアさんが、その中の一つの扉を開けたまま俺を中へ促す。

 6畳ほどのスペースの小部屋の中央には机がポツンと置いてあるだけだった。窓はあるものの石の壁で囲まれた殺風景な部屋は閉塞感を強く抱かせた。

「まずはここで筆記試験をやってもらう。その後は実技試験だ」

「実技もあるんですか?」

「もちろんだ。だが心配する事は無い。実技試験は軽い模擬戦だが私が相手を勤める。目一杯加減してやるから安心していいぞ。この筆記試験も一番難易度の低い物だ」

「え、そういうって、その、良いんですか?」

 なんか公平さに欠けるって言うか。手段を選べるような状況では無いとはいえ、さすがに不正入試みたいのは気が引ける。あとからバレると大変そうだし。

「知識や戦闘技術なんて物は後からでも身につけることは出来る。騎士に問われる資質はそれが全てでは無く、それらの物は後から育てるのが困難な事が多い。その資質を私はお前に見出したからこそ優遇する。それにこれは元より騎士団で認められている規定だよ。推薦された者の試験内容は推薦者によって融通が聞くんだ。もちろん規定範囲を超える融通は出来んがな」

「なるほど」

 それならいいのか? 現代日本じゃ考えられないルールだが、この世界、いやこの国はそのあたりはかなり柔軟らしい。危うい規定だとも感じなくもないが。

「では試験を始めるぞ。さすがに不正は認められないから私が試験の監視を行う事になっている。一応言っておくが解答は教えられないぞ?」

「わかりました」

 試験が始まる。制限時間は30分。問題数はそれほど多くないようだ。だが……


問い1:ルウォン建国時の初代国王の名を述べよ。

 し、知るかっ。

問い2:現騎士団副団長の名を述べよ(家名だけでも可)

 それも知るかっ!

問い3:ユリスのスリウのファイバース、そこでテイナーが発見したネームドのホルダーを述べよ。

 日本語でオッケー!


 やべー。全然わかんねえ。多分これ常識問題の範囲なんだろうけど、この国に来て数日の俺には難易度が高すぎる。

 結局ほとんどの解答を埋められないまま終了時間を迎えてしまった。いくつかは埋めたが当てずっぽうだから正解など出来ない。

 い、いやまだ諦めるのは早い。実技だ、実技でなんとか挽回出来ればまだ可能性は……


「実技試験は私、二等騎士シュレが立会いを勤めさせて頂きます」

 実技試験には立会いが付くようだ。

 俺の前には木刀を手にさげたクーアさんがいる。俺にも同じ木刀が渡された。何の素材で出来ているかわからないがかなり軽い。訓練用の模擬刀といったところか。これなら余程のことが無い限り滅多なことにはならないだろう。

 剣を持ったクーアさんの佇まいはまさに達人といった雰囲気だ。ただ立っているだけなのに、気が呑まれてしまうほどの重圧を感じる。

「勝敗が試験の全てではありません。候補生は気負わず全力を尽くして下さい。では――はじめっ!」

 勝敗は問わないのか。それは都合がいい、クーアさんは手加減してくれるって言ってたし、それなりに打ち合いが出来れば。と考えていたその時。


 気が付けばクーアさんは目の前に肉薄していた。

 考えごとをしていたとはいえ、彼女から目を離していたわけではない。むしろいつ動くのかと注意を払っていたつもりだ。

 それでも彼女は気が付けば俺の目の前。

 まるで瞬間移動したような踏み込み。

 そのまま大きく木刀を振りかぶる。

 とっさに俺は木刀を掲げ……気がつけば空を見上げていた。

 結果だけ言えばガードは間に合った。間に合ったが、彼女の鋭く重い一撃はガードした木刀を強引に押しのけ俺の額に直撃していた。

 薄れる意識でぐるぐる回る景色を見つめながら思う……手加減してくれるって言ったのに……

 もしかして、手加減してこれなのか。

 ……アリカさんもだけどこの世界の人……つよ……すぎ。


 気が付けばベッドの上だった。辺りには同じようなベッドがいくつも並んでいる。

 俺の寝るベッドの傍にクーアさんが申し訳なさそうな顔で木椅子に座っていた。

「目が覚めたか。済まない……手加減したつもりだったのだが。」

「いや……俺が弱すぎただけです」

「試験結果は、まあ、うん。次があるぞ。推薦は一度しか出来ないが一般向けなら挑戦可能だ。そこで頑張ろう!」

 ……まあ落ちてるわなあ。クーアさんはフォローしてくれているが、推薦で受からなかったのに一般で受かるわけがない。

 ああ、折角のチャンスを棒に振ってしまった。

 どんよりと沈み落ち込む俺をクーアさんは慰めながら城門まで送ってくれた。宿まで着いていこうかとも言われたが断る。今は一人になりたい気分だった。

 そしてその後、おぼつかない足取りで宿まで帰って来た俺は、二人に試験失敗を告げ今に至るというわけだ。


「そ、そっか。でもそんなに落ち込まないでさ。また次があるよ」

 俺はもう答える気力すらなくベッドに寄りかかりうなだれていた。

 このブルーな気持ちは何度も味わった。不採用通知が来るたびにな。

 今回は受かると希望を持っていただけにダメージも大きかった。

「しかしこれは困ったね。ヤトくんがお城に言ってる間にテシィちゃんとも話してたんだけど。その、言いにくいけど、君たち二人はちょっと世間知らずの度を越えて知らないことが多いね……まるで存在しないって言われる外の大陸からの難民かと思っちゃうくらいだ」

 半分正解。大陸じゃなく世界規模の難民です。

「他の仕事も厳しいんですか?」

 テシィがアリカさんに尋ねる。

「信用がないとねえ。難民繋がりな話だけど、3年ほど前にとある事情でこの国に大量の難民が流れてきてね。その全員が悪いことしたわけじゃないけど、それで市場が結構荒れちゃったんだよね。それからはこの国も信用に重きを置くようになっちゃったから、保障のない人間を雇ってくれるとこっていうと、うーん、厳しいと思うよ」

「……そうですか」

「そういえばアリカさんは冒険者をやってるんですよね? 冒険者ってどうやって生計を立てているんですか?」

「ん? そうだねえ。私の場合は結構手広くやってるけど、一般的な冒険者の収入って言えば、特定の街の名産品を別の街で売る軽い行商したり、民間からの依頼を受けたり、魔物狩りしたりかな?」

「魔物を狩ってお金になるんですか?」

 本物の狩りのように、獲物を仕留めて皮や肉を売ることは出来ないはずだ。

 アリカさんが森で魔物を倒したときに魔物の死体が光に変わって消えるのを何度も見ている。

「……君たちは本当にものを知らないねえ。さすがに慣れてきちゃったけど、本当に別の大陸人だったり?」

 アリカさんがおどけながらも探るような目に変わる。

「ち、ちがいますよ。えっと、すごい田舎に住んでたんです。だ、だから都会のことは全然わからなくって。なっ、テシィ」

「え? あ、うん。そうなんです。こいつ田舎者だから常識知らなくて。あはは」

 何でこっちに振るんだ。とでも言いたげにテシィに睨まれる。さりげに自分を除外してるあたりが憎たらしい。

「ま、いいか。魔物狩りの話だったね」

 そう切り出しながらアリカさんは腰にさげた皮袋から何か取り出した。

「魔物を倒すと大部分は魔力の粒になって大気に溶けちゃうんだけど、一部は溶けずに結晶化したものが残るんだ。これがそうだよ」

 その手には黒い水晶のよういな物がいくつも握られている。不揃いで大小様々な大きさの結晶だ。

「魔術具の話はしたよね。あれの動力源になるのがこれだよ。術士なら自分で魔力を供給出来るけど、一般の人は加工された結晶を動力源として使う。他にもいくつか用途があるから売れるんだよ、これ」

 なるほど。電池みたいなもんか。

「でも魔物狩り一つで生計を立てるとなると相当の腕がいるよ。命がけでもあるしオススメは出来ないなあ」

「……それは確かに俺たちには無理そうですね」

 やっぱりここでも武力か。

「身元も不明で、実績も実力が無くても付ける職かあ」

「はは……」

 そんな都合の良い職があるわきゃない。

「無いことも無いよ」

「「えっ!?」」

 俺とテシィの声が重なる。

「でもあんまり薦められないなあ……でも今無一文なんじゃ選べる余裕もないか……」

「いえ、もうこの際何でもいいですよ。何でもやります!」

「……そう? じゃあ案内するから今から行く?」

「あ、何でもって言っても裏稼業とかそういうのじゃないですよね……?」

「そのへんは大丈夫だよ。ただお給料が安いのと……まあ他のことは実際見てもらった方が早いか」

 アリカさんに連れられ宿を出る。

 紹介してくれる職場は大通りからかなり離れた街外れにあるらしい。


「昔は民間の依頼を一手に引き受ける冒険者支援組合があったんだけど、時代の流れと一緒に個人が店を開いて、そこで依頼を受ける形式が流行っていってね。今は行きずりの冒険者が受けられる依頼は酒場なんかにあるちょっとした仕事だけになっちゃったんだよ」

「今から行くのはそういう職場なんですか?」

「うん。でも請負屋、あ、その個人で依頼を受ける商売してるとこのことね。請負屋も大手や小規模なとこもあってね。今から行くのはかなり小規模なとこなんだ」

「なんだ。だからあんまり気乗りしてなかったんですね。もうこの際、贅沢は言いませんよ。とにかく職に就けたら大抵のことは我慢できます」

「うーん。問題はそれだけでも無いんだけど……あ、着いたよ。ほらあれ」

 アリカさんが一つの木造の建物を指差す。

「これは……」

「わ、ボロい!」

 テシィがド直球な感想を口にするが咎める気にもならなかった。だって実際にその建物は相当ボロかったから。

 それは街の外壁と隣接するように建っている。確かに街外れであるこの区域の建物は大通りに比べれば、造りが貧相なものが多い。

 だけど目の前の建物は、その中でも群を抜いている。

 ベニヤ板を打ちつけて囲っただけかのような外観。その板の並び方も、規則正しさなんて言葉は異世界に行ったかのようにガタガタだ。その隙間から室内が見えさえする。

 生い茂った植物はそんな建物に絡みながら天井まで伸びている。それを追って目を上げると屋根の端々も欠けて形が崩れているのが見えた。

 風も吹いてないのにギシギシ軋む音も聞こえる。

 玄関横に打ち付けられた表札には『よろず請負 魔王城』

 よく考えなくても嫌な予感しかしない……

「ま、まあ中は案外マシだよ。折角来たんだから話だけでも聞いていこうよ」

「そ、そうですね」

 アリカさんが今にも外れそうな傾いた扉を控えめにノックする。

「……どうぞ」

 か細い若い女性の声が帰って来る。ここの経営者は女性なのか?


「久しぶり」

「ん。アリカか。久しいな。お前が来るとは珍しい。何の用だ?」

 アリカさんの声に応えたのは玄関正面奥にあるデスクに足を乗せ、行儀悪く本を読んでいた青年だった。

 青年は金色の髪を乱雑に、ただ短く切ったような髪型だが、端正な顔立ちに意外にそれが似合っている。

 口調や態度から見ても彼がここの経営者だろうか。でもじゃあさっきの声は?

 目を動かすと、その左手に小さなデスクが90度ほど角度を変えて置かれているのを見つける。そのデスクには室内だというのにフードを被った眠たそうな目をした少女がいた。さっき返事したのはこの子だろうか。こちらも青年と同じく本を読んでいる。

「雇って欲しいって子を二人連れてきたよ」

「では雇おう」

 はや! 試験どころか面接も無し?

「オレは『魔王城』の主、マオだ。こっちのは秘書のミヌイだ」

「……よろしく新人ども」

「あの、試験とか面接とかはいいんですか?」

「構わん。来る者は拒まず、去る者は追わずだ」

「……これ契約書。よく読め」

 大人しそうな顔してこの秘書さんさっきから口調がきつい。ある意味テシィと気が合うかもしれない。

 渡された契約書に目を通す。

 賃金が5万グェン。グェンってのはこの世界の通貨だ。

「アリカさん。5万ってこれどうなんですか?」

 相場がわからないのでこっそりとアリカさんに聞いてみる。

「騎士見習い成り立ての給金が大体20万グェンくらいだよ。市民感覚なら仕事始めたてで15万前後だね」

「う……じゃあこれ相当安いっすね」 

 相場の三分の一以下。騎士に成り損ねたことが早くも後悔を生む。

「さすがに安すぎない? やめといた方がいいんじゃ」

「……その代わり依頼をこなせば50%が取り分」

 テシィの声を遮って秘書が告げる。聞こえてたのか。

 営業職なんかのように歩合制の面が大きいようだ。でも50%ももらえるなら結構いいんじゃないかと思えてくる。

「どうせ他に行く宛なんて無いんだ。ここに決めるしかないだろ」

「むう、それはそうだけど……」

「……契約内容に納得がいけばサインしてくだ……サインしやがれ」

 なんでわざわざ言い直した。

 他の内容にも目を通してみたがこれと言って問題がありそうなところは無かった。

「連れてきておいてこう言うのもなんだけど、嫌なら断っていいからね」

「いえ、ここで働きますよ。何度も言うように俺たちも切羽詰ってますからね。ほら、テシィもサインしろよ」

「えー……」

 まだ渋るテシィを促しサインをさせる。

「よし、これで契約は成った。ようこそ魔王城へ」

「……やめとけば良かったのに」

 今更、秘書が嫌なことを言ってくる。サインしてから言うなよ。

 これから同僚になるけど、この秘書とは上手くやっていけそうにない。

 だけどもうここまで来た以上開き直るしかないようにも思う。

 でも今俺の胸中を占めるのは、未来への不安ではなく『就職できた』という思いだった。向こうでは結局就職することも出来なかったからなぁ。

「アサクラヤトにテシィか」

「あ、ヤトって呼んで下さい。そっちが名前です」

「オレのことはマオでいい。敬語もいらんぞ。気安く話せ」

「……ミヌイ様でいい」

 秘書はスルーしよう。

「マオさん、じゃなくてマオ。魔王城ってのは名前から取ったんです……取ったんだな」

 うう、初対面の人とタメ口で話すってすごい抵抗があるなあ。おいおい慣れていくか。

「いや、むしろ逆だな。オレは魔王になる男だ、だから名をマオとし、いずれ世界を統べる拠点となるこの城を魔王城としただけだ」

「……は?」

「……マオの夢は世界征服」

「……えーっと」

 冷や汗が流れる。俺はとんでもなく軽率なことをしてしまったんじゃないだろうか。

「ちょ、ちょっと、もしかしてこいつが『世界の脅威』なんじゃない? 今シメれば私たち帰れるかもっ」

 テシィに腕をひっぱられ耳元で囁かれる。

「い、いや、まだ決めるのは早計だ。こういう人ってこっちじゃ普通なのかも。アリカさん、この国の人って魔王を目指してる人が多いんですか?」

「いやー、私も色んなとこを旅してきたけど魔王に成りたいって言ってるのはマオくらいだね」

「すごい力を持ってるとか?」

「いや、全然。弱くは無いけど普通。ちなみにコネや権力とも無縁だ」

「え? ただの誇大妄想なの?」

 テシィが驚きの声を上げる。

「聞こえているぞ。仕方ないお前たちには明かしておくか。俺は実は、魔王の生まれ変わりなんだ!」

「……そう思い込んでるだけ。いわば設定」

 胸を張りながら宣言するマオと、それに水を差す秘書。いいコンビだ。

「設定ではない! 今は弱小な身だが、この身体に施された封印が解ければ魔王としての能力が覚醒するはずなんだ!」

「……根拠は?」

「無い! 強いて言えばオレの勘だ!」

 あいたたたたー。

 まさかこの世界でもこの手の人物を目にするとは。世界を超えて伸びる魔の手。恐るべし中学二年生。

 でもこの人、俺の雇い主なんです。

「そ、そうなのか。応援するよ」

「うむ。魔王になれたあかつきにはお前たちを幹部にしてやるぞ」

「や、やったー。嬉しいなー」

 棒読みすぎるぞ、テシィよ。俺も人のことは言えないが。

 いや、贅沢は言うまい。雇い主がアレでも秘書もアレでも、仕事さえあれば。

「そういえば今仕事あるのかい?」

 アリカさんが気になってことを尋ねてくれる。

「ん、ないぞ」

「え?」

 仕事がない? いやいや、きっとたまたま今無いだけだ。そうに決まっている。

「ちなみに前回仕事したのは?」

「いつだったかな。秘書よ」

「……24日前。今は赤龍襲撃の復興需要で仕事が多くなってるはずなのに、ここには一件も依頼が来ない体たらく」

 アリカさんの問いに秘書が答えた。

 24日前ってほぼ一月前じゃねーか……

「えっと、営業とかはしないんですか?」

「オレは本を読むのに忙しい」

「……私も」

 うげ。この人たち仕事への意欲が欠片もねえ。

「そうだ。お前たちに初仕事をやろう。市場へ向かい仕事を取ってくるのだ」

「……きりきり働け」

「そんないきなり言われても! ……ん?」

 さっきの契約書の内容がふと頭をよぎる。依頼料は50%がこっちの取り分、てことは当然残りはマオたちの取り分。

「……もしかして、自分で仕事を取ってきても」

「もちろん依頼料は折半だ。そうだ、ちなみに俺たちは仕事は手伝わんぞ。お前たちだけで解決しろ」

「んなっ」

 部下に仕事を取らせてきて、自分達は何もせずにアガリの50%を持っていくって?

 ピンハネにも程がある。ブラックなんてレベルじゃないぞ。


 無理無理。こんなとこで働けるか!

 入ったばっかりだけど辞めてやる!



 まあ結局辞められなかったんですけどね。

 どんだけブラックでも俺たちを雇ってくれるとこなんて他になさそうだし。

 ブラックだと判っていても辞められない。

 あれ? これ元の世界でよく聞いた言葉じゃん。

 

 初めての就職先は超絶ブラック企業でした。はは、笑えねえよ。 

 でもこれだけはハッキリさせとかないといけないことがある。


「給料って前借り出来ますか?」

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