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天使の都合

「君って人さらいか何かかい?」

 身体を拭き着替え終わったお姉さんの第一声がそれだった。

 着替えてる間はちゃんと後ろ向いてたよ?

 『ちょっとくらいなら振り向いても大丈夫だって! 3秒以内ならセーフだって!』て言いながら暴れまわる心の中の悪魔と戦ってたよ?

 壮絶な脳内バトルの末、俺の中の天使が勝利を収めたところだ。

 何故だかその天使は肩の上で伸びてる天使の姿だった。


「うん? そりゃこんな時間に、こんなところで裸の女の子担いでる男を見たらそう思っちゃうよ?」

 怪訝な表情の俺を見てお姉さんが言葉を続ける。

「は? い、いや、何言ってるんですか。俺は人さらいなんかじゃないですよ。てかこいつだってちゃんと服着て……」

 天使を肩から下ろし両脇を抱えて持ち上げる。

 未だ気絶しているようで間抜けな顔をだらんと下げた天使の姿は。


 全裸だった。

 素っ裸だった。

 マル出しでモロ出しだった。


「ほわああ!」

 思わす奇声をあげてその身体を放り出す。

 ザパンと音を立てその身体が湖に沈んでいく。

「おやおや。意識の無い女の子を水中に叩き込むなんて君って顔に似合わず鬼畜なんだね」

「しまった。ついっ」

 慌てて水の中から天使を掬いあげる。

 やっぱりマッパだった。

 裸のお姉さんに裸の天使。今日はよく女の子の裸を見る日だ。

 たまたまの偶然なのか。何かの運命の悪戯なのか。神さまありがとう。


「ぅ……ここは」

 天使が小さく呻き目を覚ます。

 このまま目を覚まさなかったどうしようかと思っていたが杞憂だったようで安堵する。

 現状を把握出来ていないようで辺りを見回している。

「良かった。無事みたいだな。さっきの化物なら心配いらないぞ。そこの美人のお姉さんが倒してくれたから」

 俺の言葉を理解して安心したのか。天使は俯き震えている。

 いや、違った。彼女の眼は一糸纏わぬ自分の身体を見つめていた。

 そして耳まで真っ赤に染め、ワナワナと震えている。あ、ヤベ。

「間違ってる。お前の想像はきっと間違ってる。だから落ち着こう。とりあえず暴力反た――」

「いやああああ! おかされるうううう!」

「ぐべっ!」

 必死の弁明は理解されず結局ぶん殴られる。素晴らしい右ストレートだった。





「ふうん。旅人かぁ。故郷を出て二人でずっと旅してきて森に迷いこんだ、と」

 俺たち三人は湖の辺で焚き火を囲んでいる。

 お姉さんは俺たちだけだとまた危険な目に会うだろうから。と近くの街まで案内してくると買って出てくれた。良い人だ。

 旅人というのはもちろん嘘だ。

 素直に『異世界から来ました』と言い、おかしなやつだと思われて置いて行かれてはたまらないと思いとっさに誤魔化した。

「で? 本当は何してたの?」

「う……」

 だけど余りにも簡単に嘘を見抜かれる。無理があったか。

 こうなったら本当のことを言おうかと迷っていると。

「ふぅ。まあいいや。話したく無いなら無理には聞かないけどね。ただなんでその子は裸だったのか。うーん」

「はは。えーっと、そのへんは気にしないでいてもらえると」

 本当は俺だって気になる。いつの間にこいつは全裸天使にクラスチェンジしていたのか。

 ただその話が出るたびに隣の暴力天使がキっと鋭い射殺すような眼で俺を睨んでくる。

 こいつの中では俺が服を勝手に脱がせたという結論が出ているようだ。

 状況的に考えれば自然な思考かもしれないが酷い誤解だ。それでも俺はやってない。

「ん。ははぁーん。なるほどね。そういうことか」

 お姉さんが突然合点がいったと言わんばかりにしたり顔になる。

 何か心当たりを見つけたのか? それともこの世界では女の子が突然全裸になるという現象は日常茶飯事なんだろうか。


「えっちなことしてたんだねっ」


「「違いますッ!」」

 お姉さんの出した予想外の結論に思わず俺と天使の声が被る。

「だっ、誰かがこんなやつとっ! こんなやつと、その、するくらいならそのへんの雑草とやります!」

 テンパりまくった天使が必死に否定する。慌てすぎて自分で何を言ってるかもわかっていないようだ。

 そんなマニアックなプレイは聞いたこともない。

「はっはっは。照れない照れない。この森の中でそんなことするなんて無謀の極みだけど、それでも抑えきれない情熱が溢れちゃうのが若さだもんねぇ。それなら君が裸んぼだったのにも納得がいくよ」

 わかってるから皆まで言うな。と言いたそうにしながら天使を嗜めるお姉さん。だがそうすることで天使は更に必死に否定し興奮していく。

 お姉さんがどこまで真面目に言ってるのか知らないが、まるで天使を茶化して遊んでいるようにも見える。

 しかし俺とこいつがねえ。他人から見たらそういう仲に見えるんだろうか。

 う、余計なことを考えてたらさっきの天使の身体を思い出してしまった。予想通り小さかったな、胸。

「なにえろいこと考えてんだ! この性犯罪者っ!」

 天使から放たれる鋭い蹴り。

 だがそろそろこいつの行動パターンを読んでいた俺はそれをひらりと避ける。

 それを受け更に天使が興奮するが、そこはさすがに姉さんが間に入って天使を落ち着かせてくれた。


「ごめんごめん。ちょっとからかいすぎたね。気を取り直して自己紹介でもしようか」

 お姉さんが傍に折り重ねて置いてあった枯れ枝の束から、枯れ枝を数本抜き取り焚き火にくべながら言う。

 ちなみにお姉さんはもちろん、天使ももう服を着ている。

 お姉さんが『服が無いなら予備を貸してあげるよ』とこちらの服を貸してくれた。

 二人の服はやや原始的なイメージを抱くような見たことも無いデザインの服だった。

「私の名前はアリカ・メビリンド。君たちと同じ旅人さ。言い方を変えれば冒険者だ。気軽にアリカと呼んでくれると嬉しい」

「浅倉夜人です」

「ん。どっちが名前?」

「夜人の方ですよ」

「うん。じゃあこれからヤトくんと呼ばせてもらおう。いいかな?」

「はい、もちろん」

「じゃあそっちの彼女は?」

「えっ? えっと、私は、その……無いんです。名前」

「そうなのか?」

 そういえば俺もこいつの名前を聞いていなかったことに今更気がつく。

 天使は名前を持たないものなのか? でもそれだと色々面倒もあるだろうに。

「どうして君が驚くんだい? 私はむしろそっちにビックリだよ」

「いや、その、彼女とは知り合ったばかりなんです」

「知り合ったばかりで裸でえっちな事する仲になったのかい? ふむふむ。これが若さってやつなんだね」

「だから違いますって」

 どこまで引っ張るんだ、そのネタ。

「しかしいくら若いといっても、この森のこんなに奥まで装備も持たず空手で入るのは無謀が過ぎるよ。むしろ私に会うまでよく生きていられたね」

「それは、たしかに」

 それは俺も感じていたことだ。

 ここに来るまでに俺は二度死に掛けている。

 一度目はこの世界に来た直後の渦からの落下によって。

 二度目はあの巨大な猿のような化物の襲撃によって。

 いや、ここが森の深くだと言う言葉に従えば、お姉さんがいなければ森を出るだけでも幾度の危険にみまわれていただろう。


 ……さすがにおかしくないか? 

 本来なら特殊な力をもらえてるとは言え初っ端からハードすぎる。

 力も使い慣れてないうちにこんなとこに叩きこまれては、ほんのワンミスでゲームオーバーになりかねない。

 元の世界にあったような鬼畜難易度がウリのゲームならともかく、救世させるのが目的の天使がこんな場所をスタート地点に選ぶ理由が無いように思える。

 あの渦は出口を選べない代物だったのか? それともただの不手際なんだろうか?


「そろそろ休もうか。最強無敵の私一人ならともかく、君たち二人を守りながらとなると夜間の移動は危険だからね」

 アリカさんは本当は日帰りの予定だったらしい。

 それなのに予定を崩してまで護衛を買って出てくれたアリカさんにはいくら感謝しても感謝しきれない。

 アリカさんは鞘に戻したさっきの刀剣を抱え、座った姿勢のまま眼を閉じる。どうやらそのまま寝るらしい。

 何かあったときにすぐ動けるようにとの配慮だろうか。ベテランの兵士のようなその行動に頼もしさを感じる。

 目を移すと名無し天使は横になってもう寝る体勢に入っていた。

 そういえばさっきから随分静かだった。

 出会ってからずっとぎゃーぎゃー喚いていたのが嘘のように。

 また落ち込んでるんじゃなきゃいいけど。



 眠れない。

 地面が硬くて寝苦しいのもあるが、頭の中に浮かぶのはそんなことじゃない。

 今までのこと。これからのこと。

 本当に異世界に来てしまったこと。

 たぶんもう帰れないということ。

 きっと俺はこの世界で死ぬんだということ。

 ……ダメだ。考えれば考えるほど悪い方向に向かっていく。

 無理矢理にでも良い方向に考えないと。

 そうだ。無理に危険な世界規模の災厄に立ち向かう義務なんてない。

 帰れなくてもこの世界で生きていくのも案外楽しい可能性もある。

 アリカさんに会えたのもラッキーだった。

 頼りがいのある彼女に相談すれば、この世界で生きていける術を示してくれるかもしれない。

 いや、アリカさんについて行って冒険者になるのもいいかもしれない。


 そんな取りとめも無い思考に浸り、意識が薄れかかっていた時に誰かが動く気配を感じた。

 薄く眼を開くと、焚き火を背にし森の闇の中へ向かい歩いていく天使の姿が見えた。

 トイレかなにかだろうともう一度眼を閉じてまどろみの中に舞い戻ろうとしたが、さっきあれだけアリカさんにこの森の危険さを教えられた直後だけに気になる。

 俺はこっそり着いて行くことにした。

 本当にトイレだったらまた性犯罪者扱いされるだろうから見つからないように、遠目に彼女を背中をとらえ追って行く。

 彼女は焚き火がギリギリ見えるくらいの場所で立ち止まり、その場で何かつぶやきだす。

「……アクセス……承認……緊急レベル……」

 途切れ途切れに言葉が聞こえてくるが断片すぎて意味が理解出来ない。

 何やってるんだ?

 その声を聞き取るため見つからないように身を隠し、廻りこみながら近づいて行く。

「入力完了」

 近づきすぎた。あまりにも大きく聞こえてきた天使の声に驚く。このへんでいいか。

 その直後、彼女の前方に、まるで四角く枠取られているように区切られた薄い光の集まりが現れる。

 その光の集合体は色や形を変え、何かを形作ろうとしていた。まるでSFに出てくる立体映像みたいだ。

「やあ。B-64163.久しぶりだね」

 電話を通したような若干遠い声と共に、そこに現れたのはロンゲのイケメン。肩越しに大きな羽が見える。

「て、天使総監様っ!」

 あの暴虐天使が畏まりまくっている。呼び名からも推測するとあいつの上司か何かだろう。

 ここまでの情報から考えるとあれは何らかの通信手段なんだろう。

 でもなんで隠れて通信をするんだ。

 まさかこのままここで話を付けて帰ろうという魂胆なのか。一人で。


 ……薄暗い感情に支配される。

 そんなのってあるか。あいつの都合でこんなとこに放り込んでおいて、俺を置いて一人だけ帰るなんて。

 そんなの許せない。

 本当にそうだとしたら帰るところに無理矢理にでも割り込んでやる。仮に一人しか帰れないという制限やらがあったとしても、あいつを押しのけてでも絶対に帰ってやる。

 そう心に決めた。

「あのっ、この度は申し訳ありません。私の不手際で下界に落ちてしまいまして……」

「……」

「そ、それでですね。何故だかこの世界では天使の力は弱くなっているようでして、『門』を開くことが出来ないのです。ですのでそちらから私を引き上げていただけないででしょうか?」

「……」

 天使総監は眼を閉じ静かに耳を傾けている。

 てかやっぱり一人で帰るつもりだったんだな。

 ……このモヤモヤした気持ちは一体何なんだよ。

 あいつとは友達なんかじゃないし、信頼し合うような仲ともとても言えない。

 それでも……

「そ、それとっ! 今回こちらにお連れした者も、本当は了承も得ずに私が強引に送りこんだ者でして。あの、そちらの者も一緒にっ……」

 ……その声がさっきまでの声より幾分大きく聞こえたのは俺の願望による補正のせいだろうか。

「……無理矢理落としたのかい?」

「……はい。今回のペナルティは戻りましたら必ず」

「その心配は必要無いよ」

「そ、それじゃあ」

「君をこちらへ戻すことは出来ない」

「……え」

「力を使ったね? それも二度」

「それは不可抗力でっ」

「理由は関係無い。天使が自ら世界へ降り、力を行使した。これは天界始まって以来の一大不祥事だ。こちらは大変な騒ぎだよ」

「う……」

「……本来なら粛清に値するほどの罪だ。だが幸いなこともあった」

「さい……わい?」

「異世界へ渡る者に付与するオプションさ。君が今回送った者はこのオプションを一切着けずにその世界に渡っている。これを君ということにする」

「……それは一体」

「つまり君は彼……うん、彼で合ってるね。彼はオプションとして君の同行を選んだ。そういうことに決まった。だから君も彼も、その世界で使命を成すまで帰ることは認められない」

「そんな……」

「これでも最大限譲歩したつもりだ。本部では今でも即粛清を唱える者たちがたくさんいるからね」

 憐憫を含んだ眼で天使総監が力なく笑う。

「だからこれからは君の通信も一切繋ぐことは出来ないと思ってくれ。心無い言葉に聞こえるだろうが、B-64163、君の実力は確かだ。君なら使命を成せると信じている」

「……はい……」

「……だが油断するな」

 天使総監の声色が変わる。だが気持ちの底まで落ちている彼女はもう返事する気力すらなくなっているようだ。

「ここからは独り言だ……その世界はおかしい。あまりにも歪んでいる。まるで……いや、私が呟けるのはここまでだ。では、君の旅路に祝福を」

 そうして一方的に通信とやらは切られ暗闇が辺りを支配する。

 途端に天使は力が抜けたようにへなへなと座り込む。

 このままだとまた泣き出すんだろうな。あいつは。

 ああ、めんどうくせえ。


「見捨てられてやんの」

「っ……見てた、の」

「ばっちり。あーでもお兄さんショックだなー。数時間前には一緒に協力しようって言ったばっかりなのに一人で帰ろうとするなんてなー」 

 そんなつもりじゃなかったのは、見ててわかってるのに。

 つい意地の悪い言い方になってしまう。なんで俺はこんなにヒネくれてるんだ。

「……ふん。そうよ。悪い? 私は一人であんたを置いて帰ろうとしてたの。あんたの事なんて知ったことじゃないのよっ。でもそれで見捨てられてちゃ世話が無いよね。笑いたければ笑えば? それともなじる?」

 ……かわいいな。こいつ。

 なんだよ。結局似た者同士だったってことか。

「そうしたいのは山々だけどやめとく。俺はここに来てからお前に助けられてるからな。それでチャラってことにしよう。あ、いや二回助けられてるから借り一つか。ま、そのうち気が向いたら返すよ」

 ――必ず返すから。何倍にでもして。

「じゃあそろそろ戻ろうぜ。こんなとこいてまた変な生き物に襲われちゃたまらないだろ?」

 天使が立ち上がったのを見て、俺は焚き火に向かって歩き出す。

 ……あれ? よく考えたら最初の原因はこいつが俺をここに叩き込んだことじゃないか。

 でも今更言うのも野暮か? だが野暮なんて言葉で済ませられるようなことじゃない。

 こいつとはこれから長い間一緒にいることになるかもしれないんだ。ここははっきり指摘してこれからの力関係を少しでも有利にしておくべきだ。


「……あ、ありがと」

 振り向こうとした背中に投げかけられた言葉。

 か細くて、弱弱しくて、たどたどしい感謝の言葉。

 ……はぁ。なんかどうでもよくなってきた。どうせ全部過ぎたことだ。それを取り上げて攻めるのも大人気ないって。

 聞こえなかった振りをして歩き続ける。

 今あいつの顔を見るのはなんだかとても気恥ずかしいと思ったから。


「おかえりぃ」

「あ、アリカさん。起きてたんですか」

「うん、君たちがこっそりどこかへ行った時からずっとね」

「すいません。心配をかけて」

「いやいや。心配なんかしてないよ。それにしても随分短かったね。ヤトくんってすごく早いんだねっ」

 一瞬意味が判らなかったが、アリカさんのニヤついた顔を見て察する。

「んなっ。違います! アリカさんが想像してるようなことはしてないですっ!」

「何言ってるの……あ!」

 二人して必死に否定したが、アリカさんは『わかいねぇ~』なんて言いながら全然聞く耳持たなかった。




 翌朝。アリカさんに起こされた俺たちは焚き火を片付け、アリカさんに先導され森の出口へ向かった。

 その途中で昨日見たものとはまた違う化物に襲われたが、全てアリカさんに一蹴されていた。

 この人がこの世界でどれくらいの強さなのかは知らないが、最強無敵だと言う彼女の言葉を素直に信じられそうなくらいの強さだった。

 一時間ほどで森を抜けることが出来た。アリカさんによると近くの街まで更に歩いて一時間ほどかかるそうだ。

 その道中で、アリカさんにこの世界のことを色々聞いた。

 あまりに常識的すぎることを聞いて不審がられないようには努めたつもりだったが、徐々にひきつっていく彼女の表情を見る限りその目論見は上手くいかなかったらしい。

 

 アリカさんから得た情報を頭の中で纏める。

 ここは大陸随一の勢力を持つルウォン王国の領内。

 大陸の名前はユリス大陸。この世界では大陸は一つしかないというのが定説だそうだ。

 実際にどうなのかはわからない。ユリス大陸の外にも大陸は有ると唱え海に出る学者たちは年間何人もいるらしいが、一度大陸を離れ海に出た者たちが帰ってきたことは未だ一例として存在しないらしい。


 さっきまでいた森は蒼霧の森と呼ばれている。いくつかの条件が重なった夜に森は濃霧に包まれ、あの蒼い月の光を浴びた霧が蒼く染まるということから付けられた名前らしい。

 余談だが、あの森の化物を単騎で倒せるようになるには、平均で考えても冒険者歴がで10年は必要と言われているらしい。

 いつから冒険者になったかにもよるが、高く見積もっても20代半ばにしか見えないアリカさんがそれらの化物を難なく倒したということは、彼女は余程才能に優れた冒険者だということなんだろう。

 でも昨日ほとんど口を開かず黙ったままで最後尾を歩いている天使のやつも、一時的にとは言えあそこの化物を圧倒していたという事実。

 ある意味、俺の隣と後ろを歩く女の子たちの方が化物よりよっぽどとんでもない存在なのかもしれない。


 これから向かう街はルウォン王国一、人口の多い城下街エシュタート。

 初めて訪れる街が一番大きいというのはきっとプラスだろう。情報を集めるにしても生活するにしても大きな街の方が容易な気がする。


 魔法と化物についての情報も得られた。

 この世界では魔法ではなく魔術と呼ばれていること。

 魔術を使える者は大気中に存在する魔粒と呼ばれる目に見えない元素を取り込み貯蓄。

 その貯蓄した魔粒と合わせて大気中の魔粒に働きかけ想定した現象を起こす。これを術式を組むと言うそうだ。

 魔術を使えるかどうかは持って生まれた資質によるところが大きく、才能を持たない者はまず魔粒を体内に取り込むことが出来ず、成長などで魔粒の貯蓄量の増減はあっても、後天的に貯蓄の可能不可能が切り替わることはほとんど無いとのこと。

 体内に取り込む魔粒の量より消費する魔粒の量が多いといずれ魔術を使えなくなる。所謂RPGで言うところのMP切れという現象もあるらしい。

 結局のところ、俺が魔術を使えるのかどうかはまだ判らない。でも折角だから使ってみたいな。

 

 森を歩いてる間に気づいたことがあった。

 見かけたんだ。ヘビやカエル、イノシシといったようなあちらの世界にいた動物たち。それらはこちらの世界にも存在していた。

 天使曰く、『ベースが同じだから同じ進化を辿った生物もいる』とか。

 そして化物。それらは元は動物だったものもいるらしい。何らかの理由で魔粒が過剰に溜まり生体組織が変化、成長し化物と化す。

 それらは獣魔と呼ばれる。動物のみに限らず植物や鉱物、海の生物にも起こりうる現象らしい。その際には呼称も変わる。樹魔、鉱魔、海魔など。


 結構有益な情報を得られたように思う。

 一気に情報を詰め込んだせいで頭が混乱しそうだが、『これから向かうのは城下町エシュタート』『魔術は才能が必要』『俺の知ってる動物も結構いる』あたりを覚えておけば充分だろう。



 そして蒼霧の森の湖畔から数えて約二時間。ひたすら歩き続けてやっと城下町エシュタートに辿り着く。

 エシュタートを見た俺はあまりの光景に言葉が出なかった。

 3メートルはありそうな石造りの高い塀がぐるりと街を囲っている。

 石や木で作られた中世の建物のような家屋。崩れた壁越しに家の中も見える。家具などはほとんど木製のようだ。

 遠くに見える大きな城。街の入り口からその城に向かって、だだっ広い道が真っ直ぐ伸びている。

 その両脇を埋め尽くすように並ぶ露店の数々。

 果物や野菜、肉や魚の燻製。漂ってくる焦げくさい匂い。

 剣や槍、はては大仰な甲冑まで。

 鉱山から取れた物だろうか。ごつごつとした未加工の鉱石。

 俺には用途を推し量ることすら出来ない大小のたくさんの道具のような物。

 そんな様々な商品が、様々な店舗でところ狭しと並べられ、路上に散らばっていた。


「なん……で」

 アリカさんが声を漏らす。

 今までの何事にも動じないような飄々とした仮面は完全に剥がれ落ち、驚愕だけをその顔に刻んでいた。


 俺たちがこの世界で初めて訪れた人が暮らす場所。

 城下町エシュタート。


 そのエシュタートは今、俺たちの目の前で、怒号と悲鳴、そして炎に包まれていた。

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