第七話
これはわたし、篠原藍樹の処女作になります。混乱部分がほんのすこーしありますが、どうかお気になさらずに。
よければ、感想欄にてお知らせください。
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『展示中。自作ラノベ&詩!!』
是非のぞいてみてください
一時間後、俺は干していた服を着た。まだ湿っているが水分は感じられない。綾切の服はというと、小屋のハンガーを使って別の場所で乾かしていたらしいのでこちらも問題ない。
「行くか」
「行こうか」
隣を見ると、何が面白いのかニコニコしている。
「目隠ししなくていいの?」
綾切は俺に確かめるように訊いた。どこか嬉しそうな表情だ。行きとは随分違った印象で俺にとっては新鮮だった。たった三時間の遠足は彼女をいいほうに変化させたような気がする。
「いいよ。大体場所わかっただろ?」
「うん。小屋の場所も全部記憶したよ」
また来るつもりなのだろう。小屋の方角を何度も見ている。
今は山から降りている途中で、坂を下っている。彼女は俺の横に並んで、帰るのを惜しむようにゆっくりゆっくり歩いていた。行きの時間の倍はかかりそうだ。
「また来ようよ」
「おう、来るか」
「インベンションで友達出来たらさ、ここに連れてきていい?」
「だめ。俺の安息の時間が少なくなる。それと秘密の場所なのにそんなにほいほい教えてたまるか」
「残念」
彼女は顔をしかめて俺を見た。本当に今日の朝よりも表情が豊かになったと思う。それとも、これが本来の彼女なのだろうか。学校一の人気者にでもなりそうなほど可愛いらしい。彼女のひきこもりの理由も何も知らないが、もったいないと思ってしまう。
短くも長く感じる坂が終わり、俺達は住宅街に戻ってきた。
「帰ってきちゃったね~」
そんなに帰るのが嫌だったのだろうか。山を振り返りながら歩いている。
「危ないぞ」
注意しておかないと転びそうだ。運動神経がいいみたなので滅多なことでは転んだりしないだろうがそれでも心配だ。
「ふふ……心配してくれてありがと」
顔が赤くなるのを感じた。こんなことで感謝の言葉を述べられるのはなんというか……俺にとってすごく恥ずかしいのだ。
「ほら、前見て歩け」
「ええ」
彼女は俺の注意に素直に従ってくれ、身体を前に向けて歩きだした。もう後ろを見ていないせいか、歩く速度が増した。思っていたより時間が短縮できそうである。
俺の住んでいるビルに着いたのは小屋を出てから三十分くらい経ってからだった。
「黒羽。忙しい? 着替えとか乾かしきれてないのを洗いたいんだけど」
「忙しいと言えば忙しいが、そのくらいならご自由にどうぞ」
TAIはキルトしかいなかったので彼女に綾切を任せ、俺は自室に戻った。
自室には飲み物がコーヒーと麦茶しかなかったので、麦茶のパックを瓶に入れておき放置した。お菓子類はようかんがあったので箱ごと瓶の置いてある机に出しておく。
ようかんなど買う機会も人からもらう機会もない俺だが、どうやらコトネが好きらしいので味のプログラムデータ作りの参考に偶然買ってきていた。参考と言っても俺が食べたりするのではなく、甘さや柔らかさなどを計測して作るためのものだ。
皿なども出しておき、俺はインベンションのデータがあるPCの前に座った。キルトが報告してくれた通り全く増えていないのが分かる統計データのグラフが映っている。
「どうしたものか……」
当初の予想では加入者五百人が最低ラインだとしていた。それにも関らず三百人程度でストップしてしまっている。異常だ。
俺は気になってインターネットを開いた。検索に〝インベンションβ版〟を入力する。ヒット数はそれほどでもないが口コミの数は多そうだ。俺は片っ端から〝インベンションβ版〟に関する口コミを見た。あったのは批難だらけのスレッド。
それに書いてあるのは胡散臭い、自称AIの謎のスタッフが怪しい、管理者に問い合わせ出来ないのはおかしい、おもしろくない、やってるのは金に頭をやられた人だけ、などなど。
批判の数々は予想できたが、好評の口コミが全く見つからないというのは予想範囲外だった。
――このままでは、脱退者数ばかり増えてしまう
俺は打開策を打つことにした。『発表会』の前倒し。明後日にイベントを発生させるというものだ。これで宣伝を行い、再びインターネットのどこかで〝インベンション〟の募集を行う計画。大幅な修正だがゲームとして成り立たなくなる前にこういう手を打っておかないと後々やばい。
「黒羽」
自室扉の向こうからノックと共に俺を呼ぶ声がしたので、急いでPCをスタンバイモードにし、ドアを開けた。
「ああ、綾切。やることやったのか?」
「うん。キルトちゃんに教えてもらいながら全部やったよ」
「ちゃん付けんな」
キルトはギスギスした態度で綾切にガンを飛ばしていた。元々こんな性格だが、ここまで不機嫌なのは久しぶりだ。
「キルト。諦めるんだ。もしくは慣れろ」
「マ、マスターまでそんなことを言うのか!?」
いつもと違う反応が面白い。綾切といれば、TAI達のおかしな性格が少しは矯正されるかもしれないと思う。ティエを除いてだが。あいつと綾切を合わせると、おそらく俺へのいじめが悪化するだろう。
「綾切。ようかんと麦茶くらいしかないが食べていけ。それとも、甘いのが嫌いとかあるか?」
「あ、もらうわ」
あっさり快諾し、部屋の中に入ってきた。
「マスター。アタシにも給料代わりに何かくれ」
キルトはいつからこんなに守銭奴になったんだろう。どさくさに紛れて給料の請求をしている。
「キルト。給料日は明日だ。それとも、お前も何か食べたいのか?」
「おう」
「AIなのに食べれるの? 何を食べるの?」
綾切の疑問はもっともだ。TAIが腹をすかせることなどありえない。だが、味のデータの塊を食べて楽しむことはよくある。コトネの場合はようかんだが、他の六人もそれぞれ好物らしきものがあって何種類も作らされた。
キルトはというと栗の甘露煮。好物というには微妙な食べ物だが、本人がそれを好きだと言っているため作った。
「モンブランでいいんじゃないか?」
「ていうか、それくらいしかないだろ?」
そうだ。栗の甘露煮だけを作るわけにいかないので、モンブランでもと言って参考にしたんだった。
「綾切。そこら辺散らかってるからそこの椅子にでも座っといてくれ」
部屋の中の椅子を指差し、座らせておく。俺はようかんを切るため、隣の調理室に移動する。
切った物を白い皿に載せるとすぐに戻った。
なにやら話し声が聞こえる。俺はキルトと綾切が何を話しているか気になって自室のドアの前で聞き耳を立てた。
「キルトちゃん。人間になりたいと思ったことある?」
「ちゃん付けんな。……まぁ、あるっちゃあるよ。特に食べるものが多いのが羨ましい。TAIは所詮プログラム。人間になんかなれないからそんな夢物語は諦めてるけどな」
胸が痛い。TAIには自我があるから何を考えてるのか、作り主である俺も分からない。そのためキルトがそんなことを考えているとは思わなかったのだ。もしかしたら、TAIの口から作り主にそんなことが言えないという悩みが多いのかもしれない。
「じゃあ、私が身体貸してあげるから一日遊んできていいよって言ったらどうする? 出来る出来ないは関係ないとして考えてみて」
「……食べもの巡りでもするかな。それとマスターの手を握ってみたい、かも」
キルトが言ったのはあまりにもささやかすぎる願いだ。人間じゃないからこその願望。叶うはずのないそれを俺が理解できる日は来るだろうかと考えさせられる。
「キルトちゃんも黒羽が好きなんだね~。もしかしたらTAIは全員マスターっ子なのかな~」
のんびりとした口調で俺に向かって言ってるのが分かった。最初から気付いていたらしい。彼女の第六感はどうなっているのだ。
このまま棒立ちしていても突入のタイミングを失うだけなので、
「入るぞ。……これが綾切の分な。麦茶はその瓶の中にあるからこのコップにでも入れて飲んでくれ。キルトは、スパコンの貯蔵庫でも探ってモンブランのデータをコピーしてこい」
俺は分配と指示だけして、PC前の椅子に座った。
「黒羽は食べないの?」
「嫌というほど食べた。これを参考にして味を再現する時、コトネに無理矢理食わされたんだ。丸ごと一個な。吐きそうになるぞ」
「あ、マスター。栗ようかんを給料として作っといて」
いつから俺はTAIの奴隷になったんだ。ようかんばかり食わされると身体が無事では済まないだろう。
「お願いだから別のものにしてくれ」
「そこまであたしも鬼じゃないよ。冗談だ」
肩を落として安堵した。もしコトネが栗ようかんをくれと言ったらキルトも我慢したのに姉だけもらうつもりかと言える。二重回避のいい作戦になるだろう。
「半分冗談な」
「どこまでが半分か分からないっ!」
「もちろん、給料で食べ物類を作ってくれというとこまでだ。心配無用だぞ」
「頑張ってね~」
綾切が他人事だと思って意地悪く笑っている。優しいのか厳しいのかよく分からない。
そんな彼女達はやっと食べだして静かにしてくれた。
「黒羽。そういえば仕事はいいの? 忙しいんでしょ? 私の事なら気にしなくていいからさ」
「それがな、トラブルで手詰まりだ。……こんなことユーザーのお前に言う事でもないか」
「あら、相談くらいなら乗るよ? 私は株だって出来るから金銭面で困ってたら助けてあげる。仲介料が発生するけどね」
「気持ちだけもらっておく」
俺はPCを立ち上げた。スタンバイモードのため起動が速い。口コミサイトが再び画面に出た。
「は!?」
「ん? どうしたの」
「食べてるところすまんが、これを見てみろ」
俺はある口コミの欄を指差し、画面を綾切に向けた。
「うわ~、これガセネタでしょ。多いね」
「そうだ。おそらく、これがインベンション加入者が異常に少ない理由だろうな」
見せたのはあるβ版オンラインゲームの批評サイト。ここに書いてあるゲームは管理人が全部試しているらしい。インベンションの項目はというと招待メールが届かなかったせいか、偽物の情報しかない。
「減ってるの?」
心配そうに訊いてくれた。俺は一瞬、ユーザーに答えていいものかと思ったが、彼女の場合は信用できるから大丈夫だと踏んだ。
「ああ、まだ減ってはないが、これから減っていくだろうな。加入者が現時点であまりにも少ない。……だから、対策として『発表会』を明後日にやる。週四日の制限はなしだ」
綾切は目を大きく見開いて驚いていた。キルトも動揺を隠せていない。
「そうしないと、潰れる。ゲーム自体が成り立たなくなるんだ。やる内容はもう決まってあるからすぐに準備が出来るし、制限をなしにすればほぼ全員が参加してくる。かなり好感度がアップするはずだ」
「内容は?」
「題して『新語創作大会』だ」