第十話
これはわたし、篠原藍樹の処女作になります。混乱部分がほんのすこーしありますが、どうかお気になさらずに。
よければ、感想欄にてお知らせください。
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『展示中。自作ラノベ&詩!!』
是非のぞいてみてください
俺と綾切はログアウトし、ジャンクパーツ倉庫に意識を戻した。
現在午後二時。昼ご飯を食べないと今にも腹が鳴りそうだ。
「綾切はどうするんだ? 昼食を食べに帰るのか?」
「ううん。ここで食べる。弁当作ってきたから差し障りなければ黒羽も……どうぞ」
照れ気味に綾切はそっぽを向いている。自分の料理の腕を披露するようなものだから、恥ずかしいのだろうか。
「うーん……もらおうかな。じゃあ俺は飲み物でも作ってくるから俺の自室で待っといて」
俺は椅子から立つと、調理室に向かった。
勢いよくドアを閉め、中に入るとサイフォンを取り出し、コーヒーを作る。
綾切のポーチに入るもので簡単に作れるものと言ったら、幾つもおかずが入っているようなものではないだろうと思ってのことだった。
麦茶は冷蔵庫にあるので、もし違えばそちらにすればいい。
しばらくしてコーヒーができたので、それと麦茶のポッドをトレーに置き、綾切の待っている自室に向かう。
「入るぞ~」
自分の部屋だが、綾切がいるのでノックをしてから入る。トレーを持ちながらノックするのも結構骨がいるが、そこは手先の器用さをフル活用だ。
「ん~。コーヒー? てっきり麦茶かと思っていたのに」
「いや、麦茶もあるぞ? そちらがよければどうぞ」
「砂糖をもらえれば飲むよ。せっかく黒羽が淹れてくれたんだし」
綾切は弁当と思しき箱を二つ取り出し、机の上に置いた。
俺もコーヒーの入ったカップを二つトレーごと置き、そのままあぐらをかいて座った。
「どっちがいい?」
不意に彼女が訊いてきた。
「何が?」
「右の箱か左の箱か、どっち?」
ふざけた声で俺に箱を差し出してきた。
「違いでもあるのか? 箱の違い以外分からないんだが……」
「片方は一気に年をとっちゃう箱で、もう片方は天国に行けちゃう箱」
片方は玉手箱、もう片方は即死必須の何かが入っているらしい。どちらも死ぬような気がするが、それには目を瞑るとしよう。
「右の箱をもらおう」
「………こっち?」
「それは左だ。俺から見て左をくれ」
渋々といった表情で右の箱を出してくれた。顔を見るとアタリのような気がする。
俺は早速箱を開け、中身を覗いた。三個のサンドウィッチだ。
シェフ綾切に感謝しながら頬張った。普通においしい。
「うまいな……どうした?」
「こちらもどうぞ」
「お前の取り分だろ? 貰っちゃ悪いよ。」
「はい!」
一つを無理矢理口に押し込まれた。吐いたらまずいので、よく噛んで食べる。何が入っているかと思えばマスタード多めの納豆サンドだった。
「アイデアではこっちの方がいいな。少し辛いけど俺はこっちのほうがいい」
「…………そう」
すごく残念そうな顔をして落ち込む綾切。もしかしてロシアンルーレットのつもりだったのだろうか。どちらも美味しいのに。
「辛いのが嫌いなのか?」
うっと息を詰まらせているところを見ると、どうやらそうらしい。嫌いなものを押しつけても悪いと思った俺は無言で二個の箱を交換した。
「え? いいの?」
「嫌いなんだろ? お前が作ったんだから好きな方食べろよ。俺はこっちだっておいしいと思うがな」
綾切は箱を手繰り寄せながら、目をうるうるさせて何やら感激している。
そして、彼女は俺が交換した方を勢いよく食べて喉を詰まらせた。
「げほっ。げっほ」
「大丈夫か? 急がなくてもランチは逃げないぞ」
綾切はむせたのを我慢し、目尻にうっすらと涙を浮かべながら何度も頷いている。
「そうか。俺は二つ目をもらおうっと」
マスタード納豆サンドに続いて出てきたのはキムチマヨネーズサンドだった。
「どう考えてもロシアンルーレットにはならないな」
「なんで!?」
「なんでって……お前の嫌いなものが入っていても、俺が食べれないとは限らないだろ?」
考えていなかったのだろうか。ショックを受けている。
俺は止めていた口を再び動かし、最後のサンドウィッチに手を付けた。
中身は胡椒大量、生玉ねぎ入りスクランブルエッグだった。これはまずいと思ったが、食べれないものでもない。むしろ、生玉ねぎでなければ美味しいはずだ。
「ごちそうさま」
「おそまつさま。よく完食したね~」
「最後のやつ以外は普通にうまかったぞ? 生玉ねぎでなければ全部おいしかった」
「うう、もうちょっと変なのにしてくれば良かった」
「お前、俺が交換しなかったらどうなっていたかを考えてから言え」
満腹になったところで眠気が襲ってきた。俺はウトウトし始める。
「眠いの?」
「ああ。徹夜で二時間の仮眠しか取れてないんだ。悪いけど寝かせてもらっていいか?」
「いいよ。まだ私もここにいるつもりだし」
「すまん。TAIも案内とかで今日中は忙しいだろうからな、留守番頼む」
綾切が卵サンドをコクンと頬張りながら頷くのを見て、俺は床に寝転がった。
「……起きてよ!」
綾切が俺を叩き起こした時には全てが終わっていた。
インベンションが突然消えた
厳密には強制ログアウトの後、インベンションの仮想世界が跡形もなくなってしまったらしい。これはTAIに聞いたことだ。
「……申し訳ありませんっ」
ティエが涙を流しながら俺に謝った。キルトなどのTAIも全員悔しそうに俯いている。
「くっそ……何が起こったっていうんだ! マスター権限は俺しか持ってないだろ!?」
仮想世界をデリートするなんてマスター権限でも膨大な時間がいる。数瞬で消せるようなものではない。それを誰かがいとも簡単にやってのけたのだ。
「なんで……?」
綾切は呆然とした表情で空中を見ていた。その目には何も映っていない。
俺はインターネットでインベンションβ版について調べた。
炎上。
書いてあるのは暴動にも似た非難の言葉の嵐だった。発表会で五位圏内の人はどうなるのか、いきなり消えるとか裁判ものだろ、『マスター』をリアルで探して殺そうぜ、とかおぞましい言葉の数々。吐き気がする。
俺の心の中にあるのは嘆き、悲痛、苦渋、憤怒……。そういったあらゆる負の感情が渦を巻いていた。
負の感情の渦が去った後に襲ってきた現実。仮想世界で起こったことでも現実に跳ね返ってくる。俺の命程度で済めばいいほうかもしれない。だが、TAIも消されるとなると別だ。綾切も協力者として何をされるか分からない。
「……逃げよう? いっそのこと全部の責任から逃げて――」
俺は弱気の綾切を引っ叩いた。パンっと渇いた音が自室に鳴り響く。
「まだやることはある。逃げるならお前だけでも逃げろ! 俺の協力者と知られたら何されるか分からんぞ! ネットに全部公開されたんだ! 俺の近くに二度と来るな!」
ネットに全部の情報が公開された。それは嘘ではない。『マスター』の正体としてあらゆる個人情報が流出された。住所まではまだ公開されていないが、時間の問題だろう。
綾切だけでもここから早く逃げてほしい。一刻も早く。TAIを連れて家に帰れ。
そう言いたかった。インベンションユーザーは血眼で俺を探している。彼らは発表会の賞金だけの件とインベンションが突然消えたことだけに怒っているわけではない。
もう一人のマスター権限を持つ誰かに覚えのない罪を押しつけられた。
その罪は『感性共通』による障害の発生の可能性。情報操作によってデマが拡大し、インベンションをプレイした奴は現実で脳の障害を起こす可能性が多いにあるというものだ。
俺は真実を知っている。そんな心配は無用だということを。
『感性共通』とは端的に言えば、アバターと操作本人のシンクロ率を異常に高めてしまうことだが、それは危機意識を持たせるためのハッタリみたいなものだ。現実に意識を向かせるための軽い脅し。
結論を言うと、インベンションをプレイし続けることによって脳に障害が出たりする可能性は0だ。α版はまだ試作ということもあって、その可能性が0だとは言い切れないところがあるが、それはまた別の問題だ。
「もういい……帰る! もう来ないよ! こんなとこ!」
俺が物思いに耽っているうちに綾切は自室のドアをバタンと閉めて、出て行った。
TAIのコネクタもちゃんと持っていってくれている。コネクタをPCに繋げれば、TAIは自由にここのPCとの間を行き来できるので、消される心配はない。
「マスター。よかったのか?」
キルトが確認するように尋ねた。
「よかったに決まっているだろ。ほかにどうしろと?」
「女心の分からないご主人様だな。繍花はマスターを支援しようと覚悟を決めた。それなのにこんなトラブルくらいで繍花を捨てるのか? 絶対傷ついただろ、あれ」
「こんなトラブル? 捨てる? ただ避難してくれって言ってるだけじゃねぇか」
俺は激しくいらついた声で返した。
「忙しい。話はあとにしてくれ」
話しながらもPCをいじり続ける。情報の誤りをなんとかしようと必死にキーボードを打った。
「どうにかするっつってもよ、何もできないんだろ? 犯人捜しでもするのか?」
「インベンションを復活させる。バックアップはあるんだ。そこで説得する。刺されて死ぬようなこともない。最低の場合、一文無しになっても彼らに賠償する」
「一文無しになったら私達が死ぬからやめてくれ」
TAIのメンテナンスはかなりの額がいる。だが、一文無しになってもTAIを殺す気は毛頭ない。
「大丈夫だ。生命保険を使ってもお前達は生かす」
「冗談じゃねぇぞ! マスターが死んだら、私達の存在意義はどこに行くんだ……」
TAIが存在している意味は俺の願いを叶えることだ。誰かを支えるために作られたTAIは独りでは、エラーしか起こさない。壊れてしまう。
「マスター」
口をはさんだのはティエだ。彼女は両手を組んで祈るように俺に頼んだ。
「綾切さんに謝って下さい。そして、私達を置いてでも逃げて下さい」
何をと言いそうになったが、それをグッと堪え、気付いた。ティエの瞳の奥の感情に。顔は辛そうな表情はしているものの、目だけはどこか強さを感じる。
「綾切さんがいなければ、マスターはこれからも孤独です。それはマスターの夢、願望に矛盾しています! 独りにならないための願いに!」
「だからといって、お前らを捨てることはできない」
「マスター。どれが大切か決めて下さい。全部を得ようとしたら全部失います」
究極の質問だった。片方しか選べない。俺は頭を抱え込んで悩んだ。
「もういくよ~」
コトネの元気な声が聞こえてきた。同時に痛々しさを感じる。コトネの見た目は幼いが、中身は一番大人だ。我慢しているのが分かる震えた声音だ。
「ん? 綾切さんからメールですね。中身は………はぁっ!?」
ティエは顔をしかめて驚愕した。
『TAIを預かれなくなった。家がない。両親が私の貯金全て持ち出して海外に逃げた。PCもこれっきりのメールのみで使えない。』
パンドラの箱という言葉がある。神話でゼウスがパンドラにあらゆる災厄を詰めた箱を送りつけることから名付けられた言葉。
その言葉は今の状況そのものだった。箱を開けてみると、次々出てくる不幸の数々。
「マスター。お願いです。綾切さんのもとへ」
ティエが俺を後押しするように言った。ほかのTAIも頷いている。
俺はビルを飛び出した。




