3.アカシアの妖精と親切なお姉さん
月花と名乗る少女を最初は神社の娘か何かと思った。
しかしいつも人気がない神社にそこの娘が遊びにくるとはちょっと妙だ。
何より月花はちょっと(いやかなり?)浮世離れしていた。
柄は様々だったがいつも浴衣姿でそのさらさらした髪にはアカシアの花を挿していた。
まだ夜は肌寒い季節なのに裸足で・・にも関わらず全くもってその白い素足には土の汚れ一つ付いていなかった。
「もしかしたらアカシアの妖精?」
そんなファンタジーな考えがしっくりくる程に月花は不思議で魅力的で・・・
そしてどこか寂しそうな笑顔はいつも僕の心を苦しくさせた。
いつも学校帰りに寄ればいつも小悪魔的な笑顔で僕の前に現れ、
いつも取り留めない話を聞いてくれて・・いつも帰り際にはその白い指を僕の頬に当てて
キスをくれた。
恋人が妖精でもいいじゃないか!
何の約束もないけれどこの幸せで不思議な日々が続くと思っていた。
下校中、電車をまっていると何故かめまいを感じた。
ここのところ妙にふらつく事があったがここまでひどいのは初めてだ。
(疲れてるのかな?)
明日で終了する中間テストの勉強疲れがでたのかもしれない、今日は早く帰ろうか・・・・・・
急に視界と思考が途切れた。
騒がしいはずの駅のホームなのに音がすーっと遠くなる・・・
「大丈夫?」
心配気で優しい声がして僕の身体を優しく押してくれるヒトがいた。
「人波に巻き込まれちゃうからベンチで休んだ方がいいですよ、
顔色悪いし」
いつの間にかホームに滑り込んできた列車が吐き出し、
そしてそこに吸い込まれていく人波からその優しい声の主はさりげなく
僕を守って進んでくれるのがわかる。
支えられるようになんとかベンチまで歩きうなだれながら座るとすっと声の主は
僕の隣から消えてしまった。
(お礼・・言いそびれちゃった・・・)
そんな思いともう少しだけ一緒にいて欲しかったという甘えを心の中で
気恥ずかしげに反芻していたら
「ちょっとおでことか冷やすと気持ちいいよ」
さっきの声がした。
声からすると若い女性のようで・・・顔を上げたら
「はい」
滴が付かないようにとハンカチにくるんでくれたお茶の缶を渡してくれる女性・・・・
女子大生だろうか?・・・が視界に入った。
「あ・・ありがとうございます」
やっと口を開けた。
まだめまいと吐き気はあるがいくらか意識がはっきりしてくる。
「すみません。電車に乗りそびれさせちゃいました」
中学は男子校なので女性と話す機会なんてなかったが、
最近は月花のおかげか言葉がスムーズにでてきた。
「ううん、いいの。おうちに帰るだけで急いでいるワケじゃないし」
穏やかな笑顔で答える女性はどことなくクラスメイトが持ってきた少年誌の
グラビアを飾っていたタレントに似ている。
(月花にも・・似ているかも)
さらさらと動く髪や白い肌、整った顔立ち・・・顔立ちが似ているというよりも
雰囲気が似ているのかもしれない。
(月花がオトナになったらこんな感じかなぁ)
漠然とそんな考えが浮かぶ。
「そっか、中学生は今テスト期間中だもんね。
あんまり無理すると倒れちゃうよ」
癒し系ってきっとこんなひとを言うのだろうか・・・月花の大人びた蠱惑的な表情よりも
もっと清楚なものを感じる。
「すみません・・もう大丈夫です」
「そう?良かった。丁度電車くるみたいだし乗ろっか」
立ち上がり並ぶと身長があまり変わらないことに少し傷付く。
(ハイヒールはいてるんだ)
女性はかかとの高いサンダルを履いていた。
ハイヒールといいオフホワイトの膝丈ワンピースといい今まで接したことのない
年上の女性を感じ今更ながら照れてきてしまった。
(彼氏いるんだろうなぁ・・・)
緊張しながらもそんなコトをぼんやりと思った。
同じ電車に乗ったはいいが緊張してなにも話せない・・・
御礼の言葉こそ難なく出てきたが初対面の年上の女性と世間話を出来るほどの経験値は、
男子校育ちで女性に免疫が薄い僕にはもちろんない。
でも助けてもらった恩からか、はたまた美人だからか、この女性にすごく
興味がわいてしまい・・・
なんて言うのか無性に気になるとしか言えない感情が沸いてきた。
月花から漂うアカシアの甘い香りと似たような・・・香水なのか?
何故か強く吸い込むと消えてしまいそうな儚い香りを纏っている。
車窓ではいつもの変わり映えしない景色が流れている。
それを横目で見ながらちらりと女性に目を向けると、
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか
「その制服って有名な私立中学のだよね?
前バイトしていた塾の生徒さんでも同じ中学のコいたよ。
やっぱりテストとか厳しいの?」
と会話を取り持ってくれた。
「はい・・ここんところ寝不足で・・・」
「身体壊しちゃったら大変だよ。お勉強は倒れない程度にね」
優しく諭すような声は心にすーっと染みてきて何だか疲れやストレス、
その他の心にあったもやもやみたいなものが溶かされていくようだった。
月花とは違う・・小悪魔と天使のような対比だ。
次の駅で電車を降りなくてはならない。
このまま電車が止まってくれればいいのに・・・
そんな甘い幻想を抱きながらも現実は無情にも、定刻通りに駅に到着してしまい、
もっと一緒にいたいと思いながらも丁寧にお礼を言って僕はホームにでた。