コインシャワー
子どもの頃から毎日、風呂に入らないと気が済まないたちで
余ほど疲れているときでも、せめてシャワーだけはと夜な夜な
音をたてないように浴室に向かう。何がそうさせるのか、要は
すべてを洗い流して心身ともに新しくなったような気がするだけ
かもしれないが、どうしてもこの習慣だけはやめられない。
もっとも世の多くの人が同じような感覚を共有していて
同じように毎日、風呂に入っていると思うのだが。
小学校の高学年だったか、学校行事でキャンプに参加したのだ
けれど、風呂もシャワーもなくて、季節は夏なものだから汗だくに
なってしまい、下着が肌に纏わりついて離れない。身体的な
気持ち悪さは当然のことむしろ、風呂に入っていない、シャワーを
浴びていないという事実が無性に気持ち悪くて、居ても立っても
いられない心持になった。ある種の神経症的反応であるけれども
ほとんど一睡もできなかった覚えがある。
大学入学で上京することになるのだが、住まいは中野駅近くに
ある4畳半共同トイレの間借りのようなアパート。幸いなことに
銭湯は歩いて2,3分のところにあったので毎日、行くのに苦では
なかった。ただ、厄介なのが月曜日が定休日だということ。
この日は、風呂に入れない。そう思うと、何だか不安になって
しまい町を散策がてら銭湯探しの毎日。やっと見つけたのは
住まいから15分もかかる場所。これでは夏であれば風呂帰りに
また汗だくになるし、冬であれば湯冷めしてしまう。
それで、尚もしつこく町をくまなく回っていたら、住まいの
すぐ近くに銭湯ではないが「コインシャワー」という
「コインランドリー」に併設された施設を見つけた。
物は試し、一度、使ってみるか。
早速、その日の夜、その「コインシャワー」なる場所へ。
「コインシャワー」の広さは脱衣場所と併せて半畳といった
ところか。決して大柄ではない僕でさえ、脱衣するのに何度も
壁に腕をぶつけた。100円で3分だったと思う。シャワーだけなら
5分もあれば大丈夫。100円玉はしっかりと2枚ある。投入口に
100円玉を2枚入れ、ノブをひねると勢いよく心地よい適温の
お湯が噴き出してきた。狭いけれども、なかなかいいじゃないか。
そう思いながら髪を洗う。洗髪を終えるとふと名案が浮かんだ。
体を洗う時間、お湯を出しっぱなしにするのは資源的にも時間的にも
もったいない。止めておこう。
ノブを締める。ピタッとお湯は止まる。
ゆっくりと体を洗う。狭い部屋なので蒸気がこもってサウナ気分。
一通り体を洗い終えて、さて流そうかとノブをひねったら
どうしたことか、ちょろちょろと申し訳なさ程度に水がこぼれた
だけで後は全く反応しない。反対にひねろうが叩こうが何も出て
こない。田舎者の僕はこのとき悟った。
ノブを締めても時間は止まらない・・・信号待ちでタクシーの
メーターが上るようなものだ。
狭い狭い個室の中で、バスタオルも持たない僕は全身石鹸まみれの
まましばし、思案に暮れるのだった。