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手がかり

「ただいま」


 私は家の扉を開ける。

 アパートの二階にある、キッチンとリビングと押し入れがあるぐらいの小さな家だ。

 壁は薄く、外に干した私の下着が無くなるような場所だ。

 お父さんが来てからあまりそういうことは無くなったけど。

 

 基本、お母さんとの二人暮らし。

 それが私の暮らし。


「おかえり桃花。ご飯あるから食べちゃって」


 母親が台所で皿洗いをしながら私を迎える。


「うん、後で食べる」


「あ、帰ってきたらちゃんと手洗いしなさいよ」

 

「はーい」


 自分の部屋に静かに駆け込んだ。

 もともと一つの部屋を二つに割った勉強机しか置かれていない空間。そこが私の部屋。


 私には手洗いよりも遥かに大事な優先事項があった。

 鞄から小説を取り出す。最後のページに鉛筆で書かれた四文字。


『待ってる』


 亀山くんだ。

 間違いない。

 やった。嬉しい。嬉しい。


 うおおおおおおっ!!!


 天にも昇る気持ちってこういうものだったんだ。


 私の他に亀山くんの存在を証明してくれるものがある。

 それがこんなにも心強いものだとは思わなかった。

 もう一年前の記憶だったから。

 

 教室で泣いているとき、私が狂ったのではないかとも思い始めていた。

 あのキスは何かの夢で、現実には何も起こっていなかったのではないか。

 そんな思いが渦巻き始めていたところだったのだ。


「でもこれは……」


 冷静に文字を見る。

 

 待ってる。

 どこで?


 何なのだろう短すぎるこの手紙は。

 署名もなければ頭語も、時候の挨拶もない。

 私ならこう返信してやる。


 拝啓

 本年も、はや半年が過ぎようとしており、時の早さを感じるこの頃、亀山様におかれましては、変わった世界線に飛ばされたことと拝察いたします。

 私がおばあさんになる頃、ひょっこり出てくるのだけはどうかおやめください。

 死んでしまいます。

 間違っても私以外との結婚などなさらないでください。そのときのために、ありったけの忌み言葉を置いておきます。

 

 飽きる、浅い、焦る、褪せる、忙しい、痛い、おしまい、落ちる、衰える、終わる、欠ける、悲しむ、枯れる、崩れる、消す、壊す、最後、冷める、去る、死ぬ、しめやかに、捨てる、葬式、絶える、散る、倒れる、弔う、とんでもない、流す、無くす、亡くなる、涙、冷える、病気、ほどける、滅びる、負ける、短い、破る、敗れる、病む、割る、悪い、失う、終わる、返す、切る、断る、裂ける、去る、捨てる、逃げる、放す、離れる、ほころびる、ほどける、戻る、離縁、離婚、別れる、飽きる、薄い、疎んじる、嫌う、冷める、疎遠、耐える、泣く、冷える、もめる。

 

 ご自愛のほどお祈りいたしております。早く会いたいです。

 敬具

 令和6年6月6日

 署名:羽森桃花

 宛名:亀山裕樹

 侍史

 

 呪いの手紙になってしまった。

 

 私は書いていたノートを閉じる。

 

「あ、ご飯忘れてた」


 部屋から出て、台所へ行く。

 ラップしてある肉じゃがを手に取り、皿を出してご飯をよそう。

 

 お母さんはリビングでテレビを見ていた。


 私は皿を持ってリビングのテーブルに持っていく。

 本当は部屋で食べたいけど、そうするとお母さんの機嫌が悪くなるので、こうして隣で食べている。


 ちらりと押入れを見た。

 お父さんはきっと今日もその中で縮こまっている。

 私がいる間は出てこないことが多い。

 昼間は何をしているのか知らない。

 嫌いな人については考えないようにしている。


 何をしても割れてしまいそうな、張り詰めた薄氷のような人。

 触れようとするだけで神経を使う。

 私のような体温の高い人は、すぐダメにしてしまう。そんな気がしてならない。


 それは向こうも感じているのか。話したのは部屋に来てすぐの頃、ちょっとした程度。以来まともに会話していない。

 もう出会ってから二年になる。


 テレビではイケメン俳優が映っている。

 恋愛ドラマのキスシーンだった。


「あ、この俳優さんここでも出てるんだ」


「そうなのよ~」


 引っ張りだこな若いイケメン俳優。

 教室の女子もキャーキャー言っていた。

 主に推薦で受験する人達だ。

 大学受験する人達は主に数学でギャーギャー言っている気がする。

 

 彼は何処でも初めてのキスをしている。

 チャンネルを変えれば、いろんな女優との恋愛模様が見られる。


 いくら売れっ子だからといって短期間でドラマに出すぎだと思う。今シーズン4本も出るのはちょっとおかしい。

 でもお母さんはこのイケメン俳優が好きだから、そのドラマを全部見ている。


「そんなに良いかな? この人」


「カッコイイじゃない」


「ふーん」


 食事を取りながらドラマを見る。

 身分違いの男女が許されない恋をする話だった。


 前見たドラマでは庶民側だったイケメン俳優、今回は王子側で演じている。

 違和感しかなくて、話に集中できない。


 集中できないのは、他にも理由がある。

 亀山くんだ。

 私の中は彼でいっぱいなのだ。


 あの四文字だけで私の脳内を埋め尽くすなんて、とんだ文豪野郎だ。

 行間にどれだけの意味を込めているんだあの男は。


 私がもし亀山くんへ会いに行くとして。


 どうすればいいんだろう。


 私がしなくちゃいけないのはドラマの登場人物が、別のドラマの登場人物へ会いに行く。

 そんな無茶をすることなのだと思う。


 恋する乙女は無茶だってやってのける。

 無敵の女子高生、舐めるんじゃないわよ!


 と意気込むことはできるけど、意気込みだけでどうにかなるわけではない。


 具体的な方法。

 私が必要としているのは世界線を超える方法だ。


 どうやって?


 待ってると書かれているのだから、何かしらの手立てはあると思う。

 でもヒントが何処にも見当たらない。


 日常に世界線を超える手立てなんて普通はない。


 普通じゃないことをしなくちゃいけないことはわかる。

 何をしたらいい?

 何処に行けばいい?


 道しるべが何もない。

 のんびり待つこともできない。はやる気持ちが抑えられない。

 会いたい。今すぐにでも会いたいのだ。

 ちくしょう。本当は今日会えると思っていたのに。


「桃花、今そんなに泣けるシーンじゃないと思うけど」


「うん、泣けてきちゃった。お皿は洗っておくから。ご馳走様」


 私は立ち上がってキッチンに向かう。

 

 とにかく探そう。

 手立てはあるはずだ。

 そう思わないとやっていけない。



 〇



 次の日。

 朝起きて歯を磨き、トーストを咥えながら身支度を整えて、自転車で登校する。

 とりあえず、今日一日は注意深くいろんなことを観察してみようと思う。


 どこかに世界線を超えるヒントがあるかもしれない。


 自転車を走らせる。

 いつも通りの時間帯だ。

 別の高校だけど、いつも遭遇する高校生。

 犬の散歩をしている人。この人も遭遇率が高い。

 

 デパートの横を通り抜けて、信号を待つ。信号の待ち時間だって毎日通れば覚えてくるものだ。

 目をつぶってでも走れると思う。そんなことはしないけど。


 変わらない道。大きめの坂を上って、下る。

 

 そうして亀山くんの家にやってきた。

 電柱の影からこっそり見守る。


「はっ、しまった……!」


 いつも亀山くんをストーキングしていたから、それが普通になっていた。

 

 もうあれは3の亀山くんなので尾行しなくていいのだ。


 いや、待て。


 そもそも原因はほとんど彼なのだ。

 尾行の発端も彼だし、変化があったのも今のところ彼だけだ。

 

 あの『待ってる』も、3の亀山くんを観察しろというメッセージなのでは?

 

 そうに決まっているでしょ!


 私は結局いつも通り尾行することに決めた。


 亀山くんは学校近くにある大きめの一軒家に住んでいる。

 リサーチによると高校からこの場所に引っ越してきたようだ。

 

 父親は大学の教授。母親は専業主婦。

 親も観察対象にするのは日常生活を犠牲にしなくちゃいけないので、あまり把握できていないのが実情だ。

 

 本来なら一家の行動をすべて把握すべきなのだろうけど。

 まったく私はストーカーの風上にもおけない。ストーカーの誇りはどうしたっ!

 

 彼はいつも時間ぎりぎりに登校するので、校舎が近くても自転車を使う。

 夜遅くまで絵を描いているから、寝不足なのだ。

 受験勉強も始めているため、絵の時間はだいぶ削られている。

 有名な芸術系の大学に行くので、今は一番忙しい時期だ。

 

 でも今日は随分と朝が早い。

 いつもより20分も早い。これは間違いない、彼が世界線を超える手がかりなのだ。


 決して、彼が好きでストーキングしているわけではない。

 亀山くんが好きなのは間違いないけれど。


「……あ」


 3の亀山くんがこちらを見た。

 

 私のことを認めた彼はこちらに走ってくる。

 

「や、やばっ……」

 

 逃げようと思ったが、遅かった。


「羽森さん」


 3の亀山くんが私を呼び止めた。


「はい……」


「よかったら一緒に登校しない?」


 

感想、高評価よろしくお願います!!

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