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ファーストキスに二回目はない

 亀山くんは帰ってこなかった。

 代わりにやってきたのは別の亀山くんだった。

 

「羽森さん、体調悪い?」

 

 目の前に亀山くんが居る。私に話しかけている。

 でも亀山くんではない。

 受け入れがたい事実に呆然としていた。

 受け答えなどできるわけがなかった。

 

 多分、未来が改変されたのだ。

 別の世界線に私が来てしまったのか、亀山くんが行ってしまったのか。

 それはわからないけど、とにかく彼は私とは別の世界線にいる。

 

 私、何が悪かったのだろう。

 この一年間、亀山くんに話しかけることはしなかった。

 尾行だって気づかれたことはない。

 遠目から見ているだけだったのだ。


 私はきちんとあの日の前に、小説を渡した。

 怪訝な顔をしながら受け取ってくれたはずだ。

 

 私だって一年前に製作した小説なんて、恥ずかしくて渡すか迷ったのだ。


 でも渡した。もう一度会いたかったから。

 あの日を再現しないと会えない。そう思ったからだ。


 亀山くんは私を心配そうに見つめている。

 記憶にある表情と同じだ。


 あのとき経験した最高のファーストキスの相手。

 姿形は似ているけど、別人だ。

 何度も言うが、彼はあの亀山くんではない。


 その表情をしないで欲しい。

 私の顔を覗き込まないで欲しい。


 記憶の中にある顔が、塗り変わってしまいそうだった。

 同じ人物だけど、違うのだ。

 私も知っている彼は絶対に私の小説をゴミ箱に捨てたりなんかしない。

 決定的な違いだ。

 気持ち悪い。

 

「今捨てたの、何の紙だかわかる……?」


「え? あんまり確認しなかったな。文字が羅列してあったけど」


 亀山くんはどうしてそんなことを聞くのかと一瞬怪訝そうな顔をして、ゴミ箱の方に向かう。


 紙束をゴミ箱から拾いあげて、ぱらぱらと内容を軽く確認した。


「これは小説か……?」


 確認しなかったから捨てたのかな。

 わずかな希望を持って私は聞いた。


「誰にもらったか、覚えてる?」


「いやー。わからないな。気づいたら入ってたんだ」


 先日渡したことを覚えていない。


 今、目の前にいる彼は、小説を渡した亀山くんではないのだ。


「おーい、早く帰ろうぜ」


 彼の友達が扉から入ってきた。

 名前は田村海斗。一年間亀山くんのストーカーであった私は亀山くんの交友関係を全て把握している。


「ちょっと待ってくれ」


 急かされた亀山くんは進路希望の紙の捜索を再開しようとする。


「亀山くん、それ私に読まさせて」


 私は彼が持っている小説を指さした。


「興味あるの?」


「私、文芸部だから」


「そうか」


 紙束を持つのは捜索に邪魔だったのだろう。

 ちょうど良いと私に渡して、彼は自分の机やロッカーの中を確認し始める。


 亀山くんは整理整頓が全然できない人だ。

 絵の具など美術道具周りだけは綺麗に整頓されているが、他はまるっきりダメ。彼のかわいいところだ。


「……何処に行ったんだろ」


 私は小さく独りごちる。

 

 大好きな亀山くんは居なくなった。


 彼は誰なんだろう。

 いつから私の知る亀山くんではなくなったのだろう。


 私の知る亀山くんは三つある。

 1,この教室でキスをした亀山くん。

 2,一年間ストーキングし続けた亀山くん。

 3,小説のことを忘れた亀山くん。


 私は時系列が違うだけで前者1と2は同一人物のはずだ。

 でも3は違う。

 戻って来られなかった亀山くんの代わりに、何処からか生えてきた謎の亀山くんだ。


「おせえぞ亀山」


「悪い悪い。手間取ったわ」


 視界の端で亀山くんは探し物を見つけて、友達と廊下に出て行った。


 私は静かな教室にぽつんと一人残された。

 

 手元にある紙束を見る。

 

 一年前書いた歴史小説だ。

 懐かしい。

 恥ずかしい展開もあるけど、今見てもちゃんと面白い。情熱を感じる。


 亀山くんもそんな情熱に感化されたのだろうか。

 そういえばまともに感想聞いてないな。

 どんなこと思ったのかな。

 絵を描いてくれたけど、戦闘が良いとしか言ってくれなかった気がする。


 もっと感想聞きたかったな。

 

 わかんないよ。もう。


 私、何を間違えたんだろう。

 なんでこんなことになったんだろう。


 もう会えないのかな。

 何処に行っちゃったんだろう。

 

「うぅ……」


 涙が出てきた。


 こんなことになるなら、一年前から話しかけておけばよかった。

 戻ってきてすぐに二回目のファーストキスしちゃえばよかった。


 あの教室のことが無くなっても、私は覚えている。それでよかった。


 本当によかった?

 いや、どうなんだろう。

 わからない。


 少なくとも私が好きになったのは、三年生の亀山くんだ。

 全てを投げ出してでも私を尊重しようとしてくれて、私の持つ感情が社会に認められてなくても良いと教えてくれて、私と初めてのキスをした亀山くんだ。

 

 だから何も知らない二年生の亀山くんに話しかけるのは違うと思う。決定的に違うのだ。


 私の選択は間違ってない。


 でも、だったら。

 どうすればよかったんだろう。

 私は何もしなかった。何もできなかった。

 だってしょうがないじゃん。未来が変わっちゃうかもしれなかったし。


「そんなにその小説は泣けるのか?」


「ひっ、うああっ」


 いきなり近くで言われた声に驚いて私は素っ頓狂な声を上げた。


 声の主は亀山くんだった。

 私はあの亀山くんであることを期待した。

 でも彼は小説のことを知らない。


 何処から生まれたのかわからない、私の知らない3の亀山くん(仮名)だ。


「いや……ほんと、すっごい泣ける」


「そうなんだ」


 私は誤魔化した。

 本当は亀山くんに会えなくて泣いているのだ。

 でもそんなことを彼に言えるはずがない。

 言っても理解されないし、どう言えばいいのかわからない。


 彼はどうすればいいのか迷っているようだった。

 

 泣いてる人を前にすると困るよね。ちょっとわかる。


「ごめん、俺は泣いてる女の子をひとり置いていけるほど、大人じゃないんだ」


 意を決したように、ハンカチを差し出してきた。

 

 彼はわかっているんだ。

 私が小説で泣いているわけじゃないことを。

 

 絵描きは物をよく見る。

 だから人の表情や機敏がよくわかるのかもしれない。


 一年前も、きっと私の考えていることは結構筒抜けだったのかな。


「良ければ俺に、話してくれないかな。その……多少なりとも力になれると思う。人に話せば楽になるかもしれないしさ」


 亀山くんは自分でも言い慣れていない言葉を口にして、少し恥ずかしがっている。


 そんな顔をしないで欲しい。

 

 あの時と、全く同じ顔をしないで欲しい。

 

 お願いだから。


「やめて。話しかけないで」


 彼と会話を交わす度に記憶の彼が塗り替えられていく、そんな気がする。


 同じ表情、同じ声音、同じ匂い。


 私は亀山くんを絶対に忘れちゃいけない。


 でも、もう会うことができない。

 会う手段がわからない。


 だからせめてあの思い出を大事に抱えておきたい。


「羽森さん」


「私の名前を呼ばないで」


「じゃあ――」


「放っておいて!」


 彼は私の好きな亀山くんじゃない。


 ただ似ているだけの別人なのだ。


 拒絶された彼は離れた。少し遠くの席に座る。

 

 スケッチブックを取り出した。

 鉛筆を持ってすらすらと私を見ながら書いていく。


「なんで絵なんか描いてるの」


「やっぱり俺は泣いてる女子を慰めることができない。結局、俺にはこれしかない」


 彼は鉛筆を揺らす。


「俺もここから動かないから、羽森さんも動かないでよ」


「……勝手にして」


 私は動く気になれなかった。


 亀山くんと会えないという事実に打ちひしがれていた。

 重力が私の体を抑えつけているようだった。


 鉛筆のさらさらとした音が静かな教室に響く。


「……ねえ」


 私は絵を描いている彼を横目で見る。

 返事はない。

 そうだ、彼は絵を描くときは周りの声が聞こえなくなる。

 

 彼は、亀山くんととても近い存在だ。

 彼と恋人になれば良いのではないだろうか。

 彼に小説を読んでもらって、絵を描いてもらって……。

 あの部屋と同じイベントをこなしたら、彼はあの亀山くんと同じになるのではないか。


 それをしてしまったら、やはりあのキスは無くなってしまう。

 無かったことになってしまう。

 一生忘れられないキスが、私の人生に付きまとってくる。

 でも誰も知らないキス。私だけが覚えているキス。


 覚えているのは私だけ。

 忘れられないのは私だけ。


 どうして無かったことにできないんだろう。

 私の中からこの記憶を消してしまえば、どれだけ楽だろう。


 でも。

 もし。

 いきなり神様が現れて記憶が消せるよと言われても、きっと私は消すことを選択しない。


 早く楽になりたい気持ちはある。


 けれどそれ以上に、良かったんだ。

 私はあのとき、最高のキスを貰ったと思う。


 世界の崩壊を止めるなんて本当、アホらしい展開だったけど今は間違いなく最高だったと思う。


 どうしてこんなにも大切なんだろう。

 自分でも不思議だ。


 そうだ。大切なんだ。

 あの思い出が大事で、亀山くんがどうしようもなく好きなんだ。

 一年間、ダメだとわかっていてもストーキングしてしまうぐらいに。

 

 この気持ちをずっと抱えて生きていこう。

 生涯独身になってしまうかもしれないけど、構わない。


 世界の崩壊より私を優先してくれる男なんて、あの馬鹿の他にいない。

 

 そう思ったら、また涙が溢れて止まらなかった。


「できた」


 3の亀山くんが鉛筆で描いた絵をこちらに見せる。


 私が泣いている顔だった。

 

 彼は私に、自分の泣いている顔を見せて笑わせようとしたのだろう。

 そうだ。亀山くんは他人のために一生懸命になれる人だった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」


「ああっ、どうしてまた泣くんだ!」


 彼はまた絵を描き続けた。


 それから私が泣き止むまで、ずっと私を描き続けた。

 完成するたびに泣き顔の絵を私に見せた。


 これだから亀山くんは嫌なんだ。

 好きになってしまいそうだった。

 


 


 


 私は涙で小説が濡れないように、机の脇に寄せる。

 そのとき、ちらりとページの最後に書き込みが見えた。


 なんだろう。

 そう思って確認すると、一番最後のページに鉛筆で書かれた単語が一つ。


『待ってる』


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