始まりのエピローグ
あれから一年が経った。
一年間、亀山くんを見ていてわかったことがある。
亀山くんは時空間を飛び回るエージェントみたいな人だということだ。
体育館裏で腕時計のようなものに話しかけているときがあった。
それを盗み聞きをして大体わかった。
上司のような人が居て、その人から依頼が来るのだそう。
学校にいる間は学業優先であまりエージェントの仕事をやらないようだ。
でも時折、避けられない仕事が舞い込んでくる。
世界が崩壊するとか。そういう仕事だ。
彼が夏服だったことを考えると、もうそろそろだ。
私はある授業の休み時間、亀山くんの席に行って話しかけた。
「ねえ、亀山くん」
同じ教室とはいえ、ろくに会話をしたことない女子がいきなり話しかけている光景が誕生した。
亀山くんと先ほどまで談笑していた男友達の視線が私を射抜く。
「これ、読んでみて」
私は亀山くんに紙束を渡した。
彼は紙束と私の顔を交互に見る。
「ええっと、羽森さん、でしたっけ。なんでしょう」
でしたっけ、と来たか。
この時点では私のこと気になっていないのかな。
私の方はこの一年間気になって仕方がなかったのだけど。
「文芸部はね。ランダムに読者を募って感想を貰うことにしてるの」
そんな風習ないけど。
つまり亀山くんはこの小説を読んでから私のことを気になりだした。
この小説がラブレターみたいなものになっているのだろう。
エッチシーンが書いてあるラブレターって何だ?
彼は難色を示した。
「あーっと、俺が読まなきゃいけないのかな?」
ほう。
受け入れてくれると思っていたので、意外だ。
やはり私のこと何とも思っていないのだろう。
間違いない、この小説を読んでから私のことを気になりだしたのだパート2。
「亀山くんに読んで欲しいよ私は」
「ランダムなら誰でもいいのでは?」
「何度サイコロ振っても亀山くんになると思うけど。それでもいいなら」
「は、はあ?」
訳の分からないといった顔して、結局彼は紙束を受け取った。
6限が体育の日の放課後。
毎度私は亀山くんを尾行した。
同じクラスなのが幸いして、尾行しやすかった。
スマホを見ているフリしたり、鏡で前髪を直しているフリをして彼を見ていた。
ある日、昇降口から戻ってくる亀山くんの姿があった。
尾行していた私はこちらに向かってくる彼を見て、すぐに身を隠した。
教室に戻っていく彼。
もしやと思った。
亀山くんは教室の扉に入ると、こつ然と消えた。
跡形もなく消えたのだ。一瞬だった。
「おお~」
本当に起こるんだ。
わかっていたことだけど、目の前で現象が起こるとなんとも感慨深い。
制作途中のパラパラ漫画みたいだった。
途中まで存在していたのに、次の瞬間には消えていなくなる。
亀山くんが消えたその場所に物を投げても、私が通っても、消えることはなかった。
やっぱりエージェントだけが持っている何か特殊な機械で飛んだのだろうか。
私は教室で待っていることにした。
一年前、亀山くんが座らせてくれた席に座る。
「今日でストーカー行為も終わりか~」
私は窓の外を見ながらつぶやいた。
夏の夕陽は遅い。まだ昼と同じ青空だ。
私は晴れ晴れした気持ちだった。
感慨深い。
部活をサボって教室で想い人を待つというのは、かなり青春をしているのではないか。
こういう思いもできるから勇気を出して入って良かったな。文芸部。
亀山くん、どんな表情をして戻って来るんだろうか。
ファーストキスと称して、私に十数回もキスをねだられた彼は一年後の私にどんな顔で向かい合うのだろう。
だって向こうは不意を突いてキスしたのだから。
反撃は徹底的にやらねばならぬのだ。
舐められては武士の名が廃るというもの。
その事実を一年間も誰にも言わず保持し続けてきた私の自制心には、称賛を送りたい。
よく頑張りました。私。
全日本我慢大会選手権優勝です。
もし誰かに言ったら、未来が改変されて私がキスした亀山くんに会えなくなる可能性があった。
それだけは絶対に避けなくてはならない。
「ふふふ……」
思わず笑みを浮かべる。
なんて言おうかな。
ずっとストーカーしてたことも話しちゃおうかな。
あの亀山くんだったら、何でも許してくれそう。
一年間この想いを抱え続けてきたのだ。
もう楽しみで仕方がない。
あのときは突然だったし、時間もなかったせいで、やっぱり好きかどうかも判断が付かなかった。
でも今ならわかる。好きだ。
私は亀山くんのことが好きだ。
私の小説を好きと言ってくれた彼が好きだ。
私の小説のため、一生懸命になってくれる彼が好きだ。
世界を投げ売ってまで私の意見を尊重してくれた彼が好きだ。
ファーストキスを捧げてよかったと心から思う。
あれから何度も彼の暖かい腕の感触を思い出した。
キスのぴりりとするような感覚が忘れられなかった。
思い出して、待ちきれなくて、人知れず泣いたときもあった。
でもそんな寂しさとは、今日でお別れだ。
がららと扉が開いた。
亀山くんだ。私のことを一瞬だけ見た。
私に対する反応はそれだけで、亀山くんは自分の席に向かっていった。
「ん……?」
亀山くんに違和感があった、普通だ。まったくもって普通なのだ。
一年間一方的に見続けた、私を知らない彼と同じ反応。
あれは本当に、私と何度もキスをした直後なのだろうか。
「亀山くん?」
「え、あぁ。羽森さん。忘れ物しちゃってね。いつもこんな遅くまでいるの?」
彼は私が声を掛けたことに少し驚いた様子だった。
「嘘……」
冷たい感覚が背筋を伝う。
起こったかもしれない現実を、頭が必死に否定している。
嫌だ。そんなことありえない。
狼狽する私をよそに亀山くんは、ガサガサと自分の机の中を探す。
「進路希望の紙、何処やったかな……。ん? なんだこれ」
亀山くんはクリアファイルから紙束を取り出す。
私の小説だ。
「こんなの入れたっけな。整理しないと……。だから大事な紙を失くすんだよな」
彼は紙束をゴミ箱に捨てた。
私は確信した。
亀山くんは、戻ってこれなかったのだ。
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