医療行為は正義……!?
亀山くんの絵をよく見る。キスシーンだ。
まだ下書きの段階だが、織田信長と主人公はかなり密着している。
主人公(私)の豊満な胸は、信長の甲冑で潰れている。かなりリアルだ。
しかも、この二人。舌まで入れるキスをしている。
ぎょ、ぎょ、ぎょぎょぎょぎょぎょええええええええええええ!!!
私、舌を入れるなんてシーン書いてないんですけど。何を勝手に誇大妄想やっちゃってんの!?
いやでも織田信長なら全然舌ぐらい入れそう。
史実では全然世で言われているほどの暴君じゃないけど、俺様系イケメンにデフォルメしたこともあって舌ぐらいは絶対に入れてくるだろうなと思う。
でも、でも……っ!
ファーストキス予定相手の目の前で、それ描くか普通……!?
いやキスするつもりないけど。
うぅぅ。
下書きでもわかるぐらいのリアルさだ。
甲冑に存在感がある。どうやって動くのか感覚的にわかるのだ。
何処がくっついていて何処が紐で結ばれているのか、ちゃんと把握していないとこの絵は描けない。
知識と技術の結晶だ。
線だけでこんなにわかるものなんだ。
というか、よくみたら信長、尻撫でてるじゃん。主人公(私)の尻を撫でてるじゃん。
なんかエロくない?
亀山くんはとてつもなく真面目な顔して、エロい絵を描いていた。
もしかして、亀山くん。童貞ではない?
エッチしたことあるんじゃない……?
いやいやいや、そんな気配一切なかった。
一年前の彼の教室の様子はザ普通だったし、同性の友達と話しているところしかみていない。
彼女なんているわけがない。
もし居たら女子のカレカノ情報網に引っかかっているはずだ。
それがないから、多分、童貞だ。
エロい絵を描けるからって、卒業済みと考えるのは早計だよね。
いやでも、中学でやってる可能性もあるんだよなー。
その場合、我が高校女子の誇るカレカノ情報網はまったくあてにならない。
亀山くんはノーマーク過ぎたせいで全然リサーチしてないのだ。
まあ別に誰かをマークしてる訳じゃなかったけど。
この絵のうまさ、中学でも描いてたんじゃないかと思う。
絵に没頭してたから、彼女いなかった説を推したい。
でも美術部って女子率結構高いしなー。こんな誰かのために、一生懸命になれる人が彼女ナシってあり得るか~?
それに私が確認できない未来の一年間があるじゃん。
うわー。希望的観測が途絶え始めてる~。
未来から来たことを信じ始めてる私がいる~。騙されてる私~。
え、いや、絵に没頭してたから彼女いなかった説を推したいって何。
おいっ、おいっ! 私!
別に亀山くんが、童貞か童貞じゃないかなんて、どうでもいいだろ私!
なんでそんなこと気になっちゃってんのさ。ぐぐぐぐぐ。どうしようもなく気になる! 私気になります!
知る権利だ。
そうだ権利! 権利を主張する!!!
キスをするなら相手が初めてかそうでないかを知る権利はあると思う。
そうだ。その通りだ。
私が初めてをあげるんだから、亀山くんが初めてかどうかぐらいは知るべきだろうが。
いやだから、私はキスしないんだってばああああああああああああああ!!!!!
なに初めてをあげる前提になっちゃってんのさああああああ!!!
ああ、亀山くん、誰とやったんだろう。
いや別に良いんだけど。関係ないんだけど。
誰とエッチなことしたんだろう。
私の知ってる人かな。知らない人かな。
知らない人であってほしい。
いや、どっちも嫌だッ! なんか嫌だ! 嫌なもんは嫌!
かーっ! なんなの。マジでありえないんだけど。はーっ!
……なんで私、存在するかもわかんない人にキレてるんだろう。
でもでもでもでもっ!
よく考えてみて。
この絵の主人公(私)は、今、尻を撫でられています。信長にキスされて尻を撫でられているわけです。
亀山くんの妄想で尻を撫でているのでしょうか。
そう、これが問題なのです。
もし妄想であったのならOKです。
なんだかよくない気がするけど、とりあえずOKです。
次の項目よりは遥かにマシ。
もし他の女子の経験をもとにこれを描いていたら、それはダメです。死刑です。殺します。
二度とエッチなことできないようにしてやる。
私は本気です。
お父さんお母さん今まで育ててきてくれてありがとう。
私は花も恥じらう十六歳。
今日、好きな人の男性器の尿道に鉛筆を突き刺します。
だから好きな人じゃないってば。おらっ! 私っ!
他の女子の経験をもとにして、私を描くのは違くない?
それはNTRじゃない?
ううん。NTRじゃないかもしれないけど、それに近い感情はある。
なんか嫌で、とっても嫌。うまく言語化できないっ! 小説書いてるのに!
わかんない。わかんないけど、魂がっ! 汚されてる感じがする!
うぅぅ、意味わかんない。私の語彙どうなってんの……。
語彙じゃない。
感情のせいだ。
私の心のせいだ。
乱高下しちゃってよくわかんないことになってるんだ。
私ってもしかしてめんどくさい女かもしれない……。
亀山くんと今すぐ話がしたい。
何を話せばいいのか全然整理出来てないけど、とにかく話がしたい。
いや、そこはちゃんと整理してから話しかけるべきでしょ。
整理しよう。整理。
うーん。私が聞きたいのは、そう、エッチしたことありますか。
聞けるか、ばかやろおおおおおおおおおお!!!
でもっ!
このまま他の女子の経験で私を描くことは許せない。許されない!
その真偽は確かめなくてはならない。
というか、最低でも許可が必要じゃん。
他の女子の経験で、あなたを描いて良いですかと聞くべきだと思う。
そう。許可! 許可が必要っ!
「亀山くん、その、聞きたいことがあるんだけど」
「……」
「あの、亀山くん」
肩を揺らしてみる。
「亀山くん~!」
がくんがくんと大きめに揺らしてみる。
それでもまだ集中して戻ってこない。
こんなことある? ちょっとおかしいんじゃないの。こいつ。
「戻ってきてよ~。尿道に鉛筆刺しますよ~?」
べちべちと頬を叩く。
亀山くんは気迫のこもった顔で、絵を描き続けている。
亀山くんの顔、よく見たらまあまあイケメンかな。
一生懸命になるバフ効果が激しすぎて、そう思えてきた。
仮にも世界の崩壊をキスで止めようとしてる人が(信じてないけど)、なんで私の小説で絵を描くのに夢中なんだろ。
くうううぅぅぅ。
絵を描いてくれているという事実に、今更また恥ずかしくなってきた。うおおおおっ! はあああああああっ!
なんでドラゴ〇ボールみたいなことやってるの私。スーパーサ〇ヤ人じゃないんだぞ。
これ現実に意識を戻すためにキスが必要とか言わないよね?
白雪姫か? キスで目を覚まさせる感じか?
そういう流れ?
いやいや。必要なのはキスじゃなくて、医者でしょ。集中力が限界突破しすぎてる。どう考えてもおかしい。何かの病気じゃないの。
医者を呼ぶにしても、この絵を医者に見せたくないなー。
私、舌入れられてるし、尻揉まれてるし。
さっきまで尻は撫でる程度だったのに、加筆で揉まれる感じになってる。
もしかして、絵を描き続けてこのまま意識が戻ってこないんじゃ……。
集中力が並外れた人の中には、深く考えすぎて現実に戻ってこられなくなる。
そんな人もいるとか、いないとか。
そうなる前にキスで戻す?
医療行為。
確かに人工呼吸がファーストキスってのは、ドラマとかでよくある。
でも恐ろしさの方が勝ると思う。
命のためには乙女の心とか、プライドとかそういうものを全部かなぐり捨てなくちゃいけない。
目の前の命を救うためには当然なんだけどさ、そのためにファーストキスという譲れない一線が犠牲となるわけで。
その状況にはなるべく出会いたくない。避けたい。
やっぱり亀山くんを病院に運んだ方が良いのかな。
戻ってこないかもしれないし。
いや、それはないか。
というのも、私の小説にもきちんと終わりがある。
亀山くんは確かにこの次の絵を描く可能性もあるが残りのシーンの短さを考えても、このキスシーンの次の絵でラストだろう。
描く絵の題材が無くなれば自然と戻ってくるはずだ。
待とう。
現代人には時間のゆとりが必要だ。
何故か私のポケットにはスマホがないので時間をうまく潰すことができないけど、とにかく待とう。
えっと、この次はどんな絵がくるんだろ。
確か、最後は信長と主人公が閨に入ってエッチするシーンだ。
……。
こいつは今ここで戻さなければならない……っ!
「しっかりしろおおおおっ!」
鉄拳制裁。
拳で亀山くんの顔面を殴った。
「ぶーっ!」
亀山くんは椅子から転げ落ちた。
「はっ、の、信長は……?」
床に倒れた亀山くんはまだトリップしていた。
「お願いだから、現実に戻ってきて!」
腹にもう一発っ!
救命措置パンチっ!
「ぐああっ!」
亀山くんは腹を殴られて叫んだ。
これは医療行為っ!
心臓マッサージと一緒だ。
戻ってこれないかもしれない人の意識を目覚めさせる。そのためには服をはだけさせて、胸を見せるのも仕方ないのだ。
だったら、殴られるのだって仕方ない。当然の理屈だっ! うおおっ! 正義! 私は正義!
「お、起きたから、目を覚ましたからっ! やめて!」
亀山くんは両手を前に出して、必死に静止を促していた。
「大丈夫ですか、しっかりしてください! これ何本か、わかりますか」
「ゼロ本だよっ! 拳をグーで掲げて言うことかっ!」
私はちゃんと意思疎通できるのを確認して、上げていた拳を下げた。ほっと一息。
亀山くんは立ち上がって、服の誇りを軽くはらって席に座る。
「よかった。亀山くん、もう二度と戻ってこないと思った」
そして私の裸を描かれるところだった。阻止成功。
亀山くんが起きたら、どうするんだっけ。なんか考えてたはずなのに忘れちゃった。
あ、思い出した。
「聞きたいことがあるの。亀山くんは、その、エッ……エ、エ、エッ……」
「……ん? えっ?」
「はあああああああっっ!!!」
「なにぃ!?」
私は照れ隠しにドラゴ〇ボールみたいに叫んでしまった。
き、聞きづら過ぎるだろおおおおお!!!
男子に聞くってこんなにハードル高いものだったの!?
ほぼ初対面の男子に向かって「エッチしたことありますか? 童貞ですか?」なんて聞けるわけがない。
そこまで勇気のある女子は既にプリキ〇アになって戦ってる。
戦いに向いてなさそうな高いヒールで相手を蹴飛ばしてる。
冷静になれ私。
今日初めてまともに話した男子だ。
聞きづらいのも当然か。
というか、聞いたら普通に引かれること間違いなしだ。
私は書きかけの絵を見る。
まだ下書きなのに、素人にもわかる本当にうまい絵だ。写実的でもあり、それでいてデフォルメもうまく交えている。
そうだ、これだ。このせいで私は聞きたくなったのだ。
私は絵を指さす。
「これっ! なんか、随分と……その、小説には書いてない描写があるじゃない。ほら、ね?」
「ああ、確かにそうだね」
亀山くんは得心がいったのか、頷いている。
そこに微塵の恥じらいも感じられない。
こいつ、やってるか?
こなれてんな?
別にエッチなことは俺にとって普通ですよ、そんな大騒ぎすることじゃないですよ。って表情だ。
「こういうのは少し大袈裟に描いた方がいいんだ。絵って現実より情報量が少ないからインパクトを大きくしないとなかなか伝わらないんだ」
「インパクト、ね」
「どうしたの?」
「随分と女子の体を描くのがうまいなと思って」
「ありがとう。これでも結構練習したんだ。資料をよく見たりね。ああ、絵描き向けの本があるんだよ。それを模写して人の体は学んだかな。本物見ることはさすがにできないからさ」
「本物、みたことないの?」
「ないよ、そりゃ」
ふ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん。
そうか~~~~~~~~~~~~~~~。ないんだ~~~~~~~~~~~~。
NTRではなかったのだ。よかった。
いや、付き合ってもないから最初からネトラレではないんだけど。
「このキスの描写も、なんというか、すっごい、ねちっこくてリアル。まだ下書きだけど、すごい絵だなってのがわかる。これも妄想なの?」
唇が当たっている部分だけ妙に書き込みが多い。力を入れているところだっていうのがわかる。
「これは、まあ……」
亀山くんは眉をハの字に曲げて、言いにくそうな顔をしている。
ん?
まあ?
まあって何。
え?え?え?え?え?E?え?え?E?え?え?E?E?E?E?E?E?EEEEEEEEEEEEEEEEEEEE。
したことあるの? キス。
オイオイおいおいおいおいおいおいおいおいおいーーーーーーっ!!!
誰と?
誰とやったの?
誰誰だれだれだれだれだれっ!!!
ここまで来て小さい頃お母さんとキスしましたは、許されないよ。
私だけじゃない、社会が許さない。もう侮辱罪とか、虚偽罪とか、諸々の罪状で終身刑っ! 死刑っ!
うわーーん待ってよ。衝撃の事実にめちゃくちゃ動揺してるんだけど、すぐに死刑ってワードが出てくる私なんなのーっ!
戦国武将好きだからなの?
これじゃメンヘラみたいじゃん。
英語の恋のABCが「キス、愛撫、エッチ」の三段階だけど、私は「愛する、暴力、殺す」になってるじゃん。日本メンヘラABCになってるじゃん。
いや愛してないんだけど。
恋すらしてないんだけど。
「亀山くん、き、キス……したこと、あるの……?」
「え、ないよ。キスシーンって描いたことなかったから、よくわかんなくて書き込み多くなったんだよね……。あんまりうまくできてない気がするから、褒められると少し複雑かな。羽森さんの小説なのに、ごめん」
ふ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん。
キスしたことないんだ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。私もないけど~~~~~~~~~。
ああっ!
マズい、このままでは口端が吊り上がってしまう、ニヤニヤが喉元まで出かかってる。抑えろっ、私っ!
ンンッ!
よし、抑えた。よくやった私。
「私もキスしたことないんだよね。ここ、キスの描写を比喩表現で誤魔化してるんだけどさ、リアルな感覚ってわかんないんだよね」
「そうだよね、経験してみたらわかることなのかな……?」
「うーん確かにそうかも」
ん?
おいっ!
この流れはマズくないか?
「羽森さん、ちょっとだけ、やってみる……?」
その言葉を聞いた私の顔と耳と頭に、とてつもない熱がやってきた。
漫画のぼんって爆発する表現、あれリアルな表現だったんだ。
「ちょっと? ちょっと? ちょっとだけって……?」
ガッツリじゃないのかよ。
おいっ! 私っ!
ガッツリ行きたいのか私っ!?
何故残念に思ったんだ私っ!?
さすがに最初はフレンチキスがいいだろっ! 軽めのキスがいいだろっ!
「お互いに表現が良くなるなら、それも良いと思ってさ」
こ、こいつ~!!
表現描写にかこつけて、私とキスしようって魂胆だな。
ゆ、許せないっ!
それはダメだろ!
最低限、下心はあるべきだろ。
いや下心あっても困るんだけど、それが相手に対するマナーだろ。
そうだ、こいつは最初からそうだった。
世界が崩壊するからとか意味不明な理由をつけて、私とキスしようとしたのだ。
敵だっ! 亀山は敵っ!
「それに、その……」
我が仇敵、亀山は目をそらした。頬が少し赤い。
「じ、実は前から羽森さんのこと、気になってて……。初めての相手が羽森さんなのは、悪くないと思ってる……」
はえ?
「いやっ、悪くないじゃない。羽森さんが、良い、っていうか……。羽森さん以外は嫌っていうか、ごめん、気持ちが上がってる。落ち着かせて」
亀山くんは深く息を吸って、吐いた。
そして、言い放った。
「羽森さんが好きだから、ここに来た」
「……」
あぐぅ。
評価、感想よろしくお願いいたします。




