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世界が崩壊するからキスしろって何

 おいっ!

 おいっ! この野郎っ!

 どうなってるんだこれはっ!

 私、羽森桃花は何でこいつとキスしなくちゃいけないんだよっ!


 教室。放課後。もうすぐ夏休みに入る。でも世界が崩壊しようとしていたっ! 明日が無くなろうとしていたっ!

 目の前には同じクラスの男子。

 普通の男子だ。別に何の感情も持っていなかった背景のような男子。他には誰もいない。二人きりの教室。

 私は叫んでいた。


「ふざけるなよこらああああっ! そんなアホみたいな設定でキスして、たまりますか!」


「本当にごめん、でも本当のことなんだ。キスをしないと世界が崩壊してしまうんだ」


 先程からこの男子は説明しながら謝っていた。

 今も、腰を直角に曲げて頭を下げている。


 設定として三流っ!

 ド三流っ!

 世界が崩壊してしまうからキスしろって。

 馬鹿みたいじゃないか。馬鹿だっ! 馬と鹿だ!

 キスで世界の崩壊が防げるわけないだろっ!

 世界そんな簡単に崩壊するわけないだろっ! いい加減にしろっ! おらっ!


「わかっているんですか、この野郎っ! 自慢じゃないですけど、ファーストキスなんですよ。それを捧げろって言うんですかっ!」


 一生モノだ。これからずっと記憶に残り続けるような行為なのだ。

 それをこんなところで済ましていいのか、否、言い訳がないっ! 断じて許さないっ!

 

 王子様だとか、都会の夜景をバックに観覧車でとか、花火大会のドーンと一緒にとか、そんなロマンチックにやろうって話じゃない。


 ただ、最初だけは好きな人とやりたいって話なのだ。

 もうこの人だって決めた人とキスしたいのだ。たったそれだけなのだ。

 そんな高望みしてるわけじゃないでしょ!?

 そう、これは高望みじゃない。普通のこと。だから譲れない一線だ。絶対に、絶対に譲れない一線と言っても許されるっ! 正義は私にあるっ!


「え、ちょっと待ってください。よく見たら、えっと、名前なんでしたっけ」


亀山裕樹(かめやまひろき)


「亀山くん、なんかちょっと成長してませんか? なんか背も伸びてる気がするし、大人びてる……?」


「未来から来たから」


「は? ……殺すぞ」


 私はいきなり殺害予告をしてしまった。

 完全に私は攻撃態勢に入っているのだ。うん、仕方ない。

 というか、そのつもりでかかった方が良い。

 この男が私の許可なく近づいたら殴る。グーで殴る。トーで蹴る。そのつもりでやらなければ、私はファーストキスを奪われてジエンドだ。


「殺さないで欲しいかな……。一年後の未来から来たんだ。本当。ほら」


 亀山くんは生徒カードを胸ポケットから取り出した。

 生徒カードとはカード化された生徒手帳のことだ。

 一つ上の先輩達はまだ生徒手帳だが、私達の世代からカードとなった。


「え、発行年月日、来年度になってるんですけど」


「三年生になってから一回カード失くしてね、その時に再発行したんだ。受験勉強に必死で、二週間も気付かなかったよ」


「そうなんですか」


「……」


「……」


 え?

 今の話を信じろと?


 うそでしょ。どんなドッキリ?

 発行年月日なんて簡単に改造できるでしょ。

 なんかアレやコレをして、作れるでしょ。


 ドッキリと分かっていて、わざと引っかかりに行く奴が何処にいるのか。

 バカじゃないの?

 いや、そういう芸人は確かにこの世に存在する。

 視聴率のため、次の仕事のため、おもしろさのために馬鹿なフリして自分の体を差し出さなければならないのだ。彼らはそれが仕事なのだ。その姿勢には尊敬している。

 私にそれをやれと?

 馬鹿なの?

 私は芸人じゃない。

 私の一生が掛かってるんだよ。初めてが掛かってるんだよ。

 

 この先誰かとキスするたびに思い出すかもしれない。

「ああ、私のファーストキスって好きな人と出来なかったな。私の人生、ちょっと不幸かもな」と思わなきゃいけなくなる人生デバフが掛かってしまう。

 そんなのはごめんだ。絶対にごめんだ。


 もちろん「そんなの俺が忘れさせてやる」とか言ってくれる俺様系がいるかもしれない。

 でもそんな奴、出会わない確率の方が高いのだ。


「その、亀山くん。まったく信用できないんですけど」


 私は疑いの目を向ける。

 やけに青い表紙の小説の話じゃないのだ。

 ここは現実なのだ。

 未来から自分がやってきた?

 で。こんな何とも思っていない男子が来たって意味ないじゃん。

 う、うーん。それってなんか妙に現実っぽい感じがしてきた。

 いや、未来からきたからと言ってキスしないけど。


「かわいい同級生女子にキスしたいから自分に属性付けちゃうのはわかりますけど、正気を保ってください。私はそういう属性で好きになるタイプじゃないですからね」


「羽森さんって意外に自己評価高いな……」


 えぇ!? 未来から来たんですか? 素敵、キスして!

 うん。あるわけない。

 私は当然のことを言ってると思いませんか。思いますよね。


「信用してもらえないか。じゃあ、これ、読み上げるね」


 亀山くんは何処からか紙束を取り出した。

 先程まで手に何も持っていなかったはずなのに、一体どこから。

 私が考える前に、亀山くんは淡々と読み上げ始めた。


「登場人物説明。

 織田信長、CV(かなり声がカッコイイ有名声優名)

 坂本龍馬、CV(清涼感のある声で有名な声優名)

 伊達政宗、CV(低音の存在感ある渋めな声の声優名)

 源義経、CV(アジアナンバー1と目されている声優名)

 武田信玄、CV(ジャンプ主人公で有名な声優名)

 主人公、CVわたし

 私は旅をした。どうでもいい腐った閉塞感のある世界を捨てて、時代も超えて――――」


「あああああああああああああああああああああーーーーーーー!!!!!!!!!」


 私は人生で一番の大声を出し、人生で一番の速さで駆け出して、亀山くんの持っている紙束をひったくった。


 なになになになになになになになになになに。

 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。


「文脈ぅぅーー!! 文脈を考えろーーっ! 亀山くんが未来からきたことを信用させるために出したのが、なんで私の小説ぅ!? おかしいでしょうがあああ!!」

 

 紙束にはパソコンのテキストドキュメントから出力されたであろう文字列が並んでいる。

 隠しきれていると思っていたのに、一体なぜ出てきたの私の小説が。


「羽森さんゴリゴリの属性好きじゃないかこれ、歴史人物が好きってことだろ?」


「あ、いやこれは別に深い意味はなくて歴史上の人物だったら著作権ないから自由に扱えるし読者が知っている知識を使うから説明するのが簡単になるし話作りがしやすくなるからこうしているのであって命を削り合いながら戦う姿にリアリティを求めるのなら間違いなく引用するべき存在なのであって」


「何を言ってるんだ?」


「こんな小説を書いてるってみんなに言われたくなければ、キスしろってことなんでしょ!? ねえ、そうなんでしょ!? 卑怯者、ドのつく畜生野郎。私は死にます」


「簡単に死を選ぶんじゃない。そんなに恥ずかしがることじゃないだろ。結構おもしろいんだから」


「え、う……」


 初めて自身の小説を人に見せた。

 その感想が意外にも好評だったので、言葉に詰まった。

 顔と耳が熱くなるのを感じる。


「例えばこのシーンなんかも良い」


 亀山くんは何処からか再び紙束を取り出して、机に座る。


「何処から出してるのそれっ!」


 もう一度ひったくった。

 しかし、亀山くんの手には紙束がある。私は自身の持っている紙束を見比べて、同じものだと気づいた。彼は何枚もコピーしているのだ。

 そして不思議と一瞬の隙に彼の手に出現する。

 どうやって出しているのか。何処に隠し持っているのか全くわからない。


「何なの!? 私の黒歴史生成ボックスでも持っているわけ!?」


「いや、まあ聞いてくれって。ほらここの織田信長と武田信玄が主人公、つまり桃花さんを取り合うために開戦するシーン」


「ああっ!」


 紙束をひったくる。

 やはり何事もなかったかのように亀山くんの手には紙束が現れる。

 私の片手は紙束だらけだ。

 無駄なんだとわかった。けれど、ひったくらないわけにはいかない。うぅ、ちくしょう。


「かなり迫力がある。女を取り合うってだけなのに、ここまでやる必要あるかってぐらいだ。ラブロマンス系は戦闘シーンを力抜きがちだからな、そこに力を入れるのは好感が持てる。武器の描写も重みを感じる、兵站まで書くのは凄い。ちゃんと調べてあるんだろうなと肌でわかるよ。ラブロマンスはあんまりだけど、俺好みだ」


「ひぐうううぅぅぅぅ」


 私はラブロマンスを書きたくてこれを書いているのだ。

 褒められて嬉しい、批判されて悔しいが同時にやってきて体がねじれてしまいそうだった。

 

 だって命のやり取りだよ!?

 そんなものリアルに書かなくてどうする。実在感が無くてどうして切なさが生まれる。

 でもラブロマンスはあんまりなのか……。

 いやいや。この亀山くんとかいう男子、ちゃんとラブロマンスをわかっているのか。

 わかっていないから、こんなことを言うんじゃないのか。


「ちょっとだけ集中して書かせてくれ」


 亀山くんが何処からかスケッチブックを取り出した。

 そこに鉛筆で線を書いていく。すぐにわかった。絵だ。


 下書き、ラフ、エスキース? を白い紙に描いていく。絵のことは正直全然知らないけど確かそんな言葉だったと思う。

 亀山くんは慣れた手付きでささっと構図を完成させていく。

 そこから輪郭を加えて徐々に形にしていく。すごい、馬も、甲冑も描けるんだ。


 ふと、窓の外を見ると一般家屋やビルのような建物が浮いているのが見えた。

 空に向かってゆっくりと落ちているのだ。

 世界って本当に崩壊するのかなと少し信じそうになった。

 

「ねえ、どうして未来から来たとか言ったの?」


「……」


「キス、したくないの?」


 いや、私もしたくないんだけど。

 

 問いかけに亀山くんは答えない。文章を読んで絵を描くことに集中しているようだ。


「え、いや、何も答えないって、ありえなくない?」


 ちょっと集中して書かせてくれと亀山くんは言った。

 でもこれはちょっとのレベルじゃない。

 意識が全部持っていかれてる。


 私はありえないと口で言いながら、亀山くんに気迫のようなものを感じていた。

 とてつもなく集中して絵を描いている。

 チラチラと私の小説を読んで鉛筆を走らせる。

 

 ここまで小説を真剣に読んでくれる人というのは、なかなか居ないと思う。

 片手間と思われるかもしれないが、違うのだ。

 だって絵として出力しているのだから。

 

 私も創作をやっているから、わかる。

 出力するためには、読むだけじゃダメなのだ。

 文字を目で通しただけじゃできない。

 そこにどんな意味が込められているかを夢想しなければ、出力できないのだ。

 読む、理解する、よりもちょっと上位のことが必要なのだ。

 なんと言うのか知らないけど。物書きなのに。


 とにかく、創作するには作品への尊敬が絶対に不可欠なのだ。

 作品を舐めていたら夢想することができない。舐めたとき作品は完全に実在感を失う。


 亀山くんは私の小説を舐めていない。

 尊敬しているのだ。

 本気で私の作品に向き合ってくれている。


 それって――――。


 私の中身を全部見られているのと同じじゃないのか。


 亀山くんは織田信長と武田信玄の間にいる主人公を描いている。

 私より胸が大きく描かれていて、ちょっとだけきもいなと思ったけど真剣に描いている亀山くんを見て、こういう気持ちは捨てなければならないなとも思った。


 うぅ。


 私はドキドキしている。

 

 おいっ!

 おいっ!

 だあああああああああああああああっ!

 ごあああああああああああああああっ!

 

 どうなってんだおいっ! 私!


 だって!

 こんなにも真剣な亀山くんを見ていたら、なんというか、ぐうううぅぅぅぅ!

 私のためにここまでしてくれる人はいない。

 正確には私の小説のために、だけど。

 

 初めて読んでくれる人が、ここまでのめり込んでくれる事態に私は興奮してる。

 幸福って実はこういうときに使う言葉だったんじゃないかと思えてきてしまう。

 

 私は胸を抑えた。

 心の中にあるものがはじけそうだった。


 何故亀山くんはこんなにも一生懸命になれるのだろう。

 他の人の小説でも、一生懸命になるんだろうか。

 なるんだろうな。

 彼の技術力は明らかに素人ではない。

 今まで努力してきた結果がこれなのだ。


 うううぅ。


 何なのこの気持ち。

 亀山くんに他の人の小説で絵を描かないで欲しいと思っている。私。


「……っ!!」

 

 違う。

 違うって。

 絶対そんなんじゃないから。

 ほんと違うんだって。

 恋じゃないって。


 こい?

 

 は?


 どああああああああああっ!!

 ぎょえええええええええっ!!

 

 ありえないから。

 ほんっとありえないから。


 だっておかしいじゃん。今日会ったばかりだよ? 即落ちすぎる。

 いや、正確には一年前の彼を同じ教室で見かけているけど、おいっ! 複雑になってきちゃっただろ!

 とにかく、まともに話したのは今日が初めてだ。


 というか、どああああああっ!! ってなんだよ。それが恋に落ちた乙女の言うことか?


 だから落ちてないっ!


 これはあれだよ。

 ほら、精神的なっていうか、根源的な姿勢? に共感しているのであって、好意ではあるが、恋ではない。

 好意と恋。そこに純然たる差が存在すると私は思う。


 それに自分のむき出しの(小説)を見られておいて緊張しない方が無理あると思う。

 地獄で閻魔様に見られるときはきっとこんな感じ。

 そう、スリルだ。似ているのはジェットコースターが上がっていくときの緊張感。

 命の危険。それが心臓をバクバクさせて、吊り橋効果で恋と勘違いしたのだ。

 

 ふぅ。

 

 よし、落ち着いてきた。

 

 理由がわかれば怖くない。言語は偉大。


 亀山くんはある程度書き終えた絵をじっと見ていた。


 おっ、終わったかな?


 声を掛けようとして、亀山くんはスケッチブックをめくった。

 次のページで次のシーンを書き始めたのだ。

 しかも、それは織田信長が勝利を勝ち取って主人公(私)と抱き合い、キスをしているシーンだった。


「……」


「……」


 どああああああああっ!!!


 なんで私とキスしてる絵を描いてるのおおおっ!!!


 落ち着いてきたはずの心臓が今までにみたことのないような高鳴りを響かせていた。

 いや、全然落ち着いていなかったのかもしれない。

 正直さっきからバクバク言いっぱなしで、自分でもどうすればいいのかわからないぐらいに戸惑っている。


 吊り橋効果が、私を騙そうとしている。

 心臓が、私の心を錯覚させようとしている。偽の恋だ。まやかしで欺瞞なのだ!


 もう一人の私が語り掛けてくる。

 おいおい、素直になっちゃえよ。

 違う、あなたの伝えていることは間違いよ! そんな事実は何処にもない!


 いいですか。よく聞いてください。

 マラソンで走ったとしましょう、あるいは短距離走での全力疾走でも構いません。そのときに心臓がバクバク言いますよね。

 それは誰に恋しているのですか。地面ですか、グランドですか。違いますよね。恋じゃないんです。


 う~ん確かにその通りだ。

 

 よし、よし、落ち着いてきた。私。大丈夫。ヨシ。私ヨシ。


「ん?」


 亀山くんの絵をよく見る。

 

 ぎょ、ぎょ、ぎょぎょぎょぎょぎょええええええええええええ!!!

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