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『百億の欠落者(ロスト)』  作者: 紅月ヨルカ


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仕事開始

崩れゆく洋館が放つ不快な熱気。パチパチとはぜる火の粉が夜闇を舞う中、魔女は立ち尽くしたまま静かに口を開いた。

「……この世界に連れてきた時の交換条件、覚えているかしら? アンタの実力、ここで見せなさい。魔法を使うか道具に頼るかは任せるけれど……せめて、ここに連れてきて良かったと思わせるだけの働きはしてちょうだい」

振り返った彼女の瞳からは、一筋の涙が頬を伝い落ちていた。だが、その眼差しには涙をかき消すほどの鋭い殺意が宿っている。ライムは一瞬、心臓を射抜かれたような錯覚を覚えるほど、その美しくも冷徹な瞳に呑まれそうになった。

「具体的な説明はなし、か。……あはは、了解。何をしてほしいかは分かったよ。実行犯は、さっきの連中だね?」

ライムが短く問うと、魔女は答えず、ゆっくりと洋館の方へ歩み寄った。彼女は焦土と化した地面にそっと手を触れ、愛おしむように、あるいは弔うように呟く。

「ええ、そうね。……ここまでされるとは、思ってもみなかったけれど」

その背中に漂う冷たい静寂を背に、ライムは「仕事」の準備に取り掛かった。

まずは、さっきから気になっていた左腕の腕輪だ。分厚く、妙に重心が偏っているその構造を覗き込むと、ライムの瞳がわずかに見開かれた。

「あ、……なんだ、これ」

腕輪の内部に、わずかな空洞――収納スペースを見つけたのだ。かつて師であるアカリから叩き込まれた鍛冶の技術が、ライムの脳裏で火花を散らす。彼は手際よく、ボロボロになったダガーの柄を外し、鋭利な刃だけを腕輪の隙間へと滑り込ませた。

「何をしているの? そんな無茶をしたら、自分の腕を切り刻むことになるわよ」

怪訝そうに眉をひそめる魔女に、ライムは作業を続けながら笑みを返した。

「あはは、その心配はないよ。手首を特定の角度で振らないと出ないように、しっかり固定したから。……まあ、この腕輪を外して中身をちゃんといじれれば、もっと出し入れしやすくできるんだけどね。今はこれが限界かな。……ってことで、これ外してもいい?」

ライムが冗談めかして聞くと、魔女は心底呆れたように鼻で笑った。

「ダメに決まっているでしょう。一度付けたら二度と外せない――無理に外そうとすれば、爆発する仕掛けよ」

「またそれかぁ。でも、内部構造を見た限りじゃ、そんな起爆装置みたいなものはなかったよ? 実はただの脅しなんじゃないの?」

ライムが軽く笑い飛ばすと、魔女の唇に不敵な笑みが浮かぶ。

「甘いわね。魔法に『仕掛け』なんて必要ないの。私が『アンタが腕輪を外した』と認識した瞬間に、アンタ自身を直接爆破すればいいだけ。……わかったかしら?」

「ああ……魔力で直接やるんだ。腕輪自体に秘密があると思って、損しちゃったな」

ライムは肩をすくめると、腰のハンドガンと十手の感触を確かめ、静かに立ち上がった。

「まあいいや。……さあ、その『アジト』に行こうか。場所はどこ?」

魔女はライムの前に立つと、夜の森の深淵を見つめ、迷いのない足取りで歩き出した。

「ついてきなさい」

その背中を追うライムの足音は、もはや森の静寂に溶け込み、消えていた。

しばらく歩くと、高層ビル群のネオンが届かない場違いな一角に、巨大な錆び付いた鉄の塊が姿を現した。

「……あはは。もしかしてあそこ? 流石に『いかにも』って感じがしないかな」

ライムの呆れた呟きに、魔女は冷笑を浮かべて応える。

「その通りよ。あそこは違法な武器を製造・流通させている連中の巣窟。実験兵器を作るには、人目のないこの場所が最適なの。……ほら、入り口に見張りがいるでしょう?」

彼女は工場の正門を顎でしゃくると、迷いなく細い路地裏へと足を踏み入れた。

「さて、お喋りはおしまい。私は退路を断つために別行動をとるわ。モタモタして増員を呼ばれたら面倒だから、テキパキと始末してちょうだい」

魔女の背中を見送り、ライムはひとり、工場の無骨な外壁を見上げた。

(……あはは。なんかここだけ、僕のいた世界と大して変わらない景色だな)

一瞬、故郷を懐かしむような目をしたが、すぐに暗殺者の顔に戻る。工場の外周をぐるりと周り、侵入ルートを探るが、どこも厳重に閉ざされていた。

「……あはは。参ったな、抜け道が一つもない。大抵こういう場所にはあるもんだけど……。まあいいや。塀を飛び越えてバレるくらいなら、正面から行こう」

ライムは腰のハンドガンに手をかけ、のんびりとした足取りで見張りの元へと向かった。

「あのー、すみません。水道の不具合があるって連絡が来たんですけど……」

業者のふりをして、拍子抜けするほど軽い声で話しかける。

「ああ……? 水道だぁ? ……お前な水晶で水を出してるのも知らねえのか?…っておい、お前知ってるぞ!あの魔女と一緒にいた……」

見張りの男が気づいた瞬間、ライムの指が引き金を絞った。

――乾いた銃声が一度。

男の脳天を弾丸が貫くと同時に、もう一人が叫ぶ前にライムは肉薄していた。右手の十手を迷いなく男の胸に突き刺し、心臓を正確に貫く。

「あはは。やっぱりダメか。……というか、今の『水晶すいしょう』って言った? どうでも良いけど…」

倒れ伏す二人の死体を跨ぎ、ライムは音もなく工場内へ侵入した。

「今の音はなんだ! ……おい、門番がやられてるぞ!」

異変を察して飛び出してきた男たちの背後で、ライムは闇に溶ける。

(……この音、好都合だ)

フル稼働している機械の重低音。それが、ライムの放つ銃声と足音を完璧に覆い隠していた。

「おい、まずいぞ! 魔女が来やがったのかもしれない!」

一人の男が振り返ると、さっきまで隣を走っていた仲間が、血を流して物言わぬ骸と化していた。

「えっ、嘘だろ!? いつの間に……っ」

狼狽える男の耳に、別の区画から冷徹な発砲音が響く。

「……どういうことだ。魔女だけじゃないのか? 複数で来てるのか!? クソッ、警報だ、警報を鳴らせ!」

男は命からがら非常警報の装置へと駆け寄った。だが、その指がボタンに触れることはなかった。

「……う、嘘だろ……」

装置はすでに原型を留めないほど破壊されていた。絶望が男の背筋を駆け上がる。出口へ向かおうと背を向けた瞬間、背後から放たれた弾丸が、彼の意識を永久に奪い去った。

「……よし。これで少しは減ったかな? まだいる? 弾、足りるかな」

返り血一つ浴びていない笑顔で、ライムはさらに工場の深部へと足を進める。

剥き出しの歯車やプレス機が火花を散らす中、ライムはひっそりと、機械を点検していた作業員たちの眉間を次々とハンドガンで射抜いていった。

奥へ進むと、喧騒から切り離されたような小さな個室が見えてきた。その前には、これまでとは明らかに装備の違う二人の見張りが立っている。

「どう見ても『ボスの部屋』だね。……あはは、このまま仕留めちゃおうか」

ライムは十手を握り直し、音もなく機械の影を渡り状況を把握する。


部屋の前、二人の見張りは武器を傍らに置き、緊張感のない雑談に興じていた。

ライムは音もなく近くの資材の影に滑り込むと、ハンドガンの銃口をあえて近くの大型機械へと向けた。

――火花を散らす乾いた銃声。

「なんだ!? 何の音だ!」

一人が慌てて音のした方へ駆け出す。残されたもう一人が怪訝そうに眉をひそめた瞬間、ライムの影がその懐へ飛び込んだ。

左腕を鋭く一閃。

カチリ、と硬質な音を立てて腕輪から飛び出したブレードが、音もなく見張りの首元を貫いた。

「……あはは。悪くないね」

崩れ落ちる体を支えることすらせず、ライムは何食わぬ顔で見に行った男の背中を撃ち抜く。そして、血に濡れたブレードを無造作に収めると、ボスの部屋のドアを軽くノックした。

「こんにちわー。お邪魔しますね」

笑顔で入った部屋の中では、恰幅のいい男がふんぞり返って椅子に座っていた。武器すら持たず、完全にリラックスした様子だ。

「……ん? 誰だお前は」

「いやぁ、すみません。外で火薬の匂いがしたので、気になってここまで来ちゃいまして」

ライムが絶やさない笑みのまま近づくと、男は顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。

「馬鹿か貴様は! 武器工場なんだから当たり前だろうが! 部外者がノコノコと……。おい、見張りはどうした! 叩き出せ!」

「安心しなよ。もう誰も残ってないから」

とライムの十手がその胸を深く貫く。

「が、はっ……」

心臓を正確に一突き。ライムは十手を引き抜き、絶命した男を冷めた目で見下ろした。

工場から外へ出ると、夜空には無数の大輪の花が咲き乱れていた。

ドォォォンッ、という爆音と共に、あちこちで色とりどりの火花が上がっている。

「綺麗だな……。未来都市は、夜もこんなに派手なんだ」

思わず見惚れて感心していると、背後から軽い衝撃が走った。

「何をぼーっと見ているのよ。仕事は終わったの?」

いつの間にか現れた魔女が、ライムの頭を軽く叩いて問いかける。

「……だから、ここにいるんだよ。全部終わった」

「あら、そう。なら良かったわ。私も終わったところよ。あの花火、綺麗でしょう?」

魔女は不敵な笑みを浮かべた。

「……そういうことか。あはは、魔女さんらしいね」

ライムがすべてを察した瞬間、彼女は最後の一仕上げと言わんばかりに工場を指差した。

「これで最後ね。――燃えなさい」

魔女の言葉と共に、巨大な工場が内側から弾けた。だが、それは凄惨な爆発ではない。鉄の巨躯が砕け散るのと同時に、夜空へ向けて数千、数万のまばゆい花火が打ち上がったのだ。

「どうせ燃やすなら、綺麗な方がいいでしょう?」

業火に照らされた魔女の横顔は、恐ろしいほどに美しく、慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。

その様子をライブ配信していた者がいた。

「うわぁ〜! 見て見てみんな! 今日は最高の日だよぉ! こんなに綺麗な花火が見れるなんてラッキーすぎ! あはは、みんなも綺麗だと思うでしょ〜? もっと高いところから見たいなー! キュピーン⭐︎」

ハイジャンプで夜空を舞うミナが、配信端末を片手に興奮気味に実況している。

未来都市の喧騒の下、一晩にして消えた兵器工場と、夜空を彩る偽りの花火。

ライムは新しい武器の重みを感じながら、魔女の隣でその光景を静かに見つめていた。




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