笑う配信者
家に帰る魔女の後をついて歩くライムは、改めて未来都市の高層ビル群をまじまじと見渡していた。
(本当に凄いな。すべてが規格外だ……)
空を衝くビルの壁面に躍る巨大なホログラム、毒々しいネオンの洪水。ライムは子供のように上を向きながら、その人工的な光の奔流を楽しんでいた。
その頃、遥か頭上――高層ビルの屋上にある巨大アンテナに、一人の少女が引っかかっていた。
「ふふ……あはは! みんな見てくれてるかなー? ハイジャンプで飛びすぎて、アンテナに引っかかっちゃいましたぁ! えへへ、いつも失敗ばかり……でも面白かったからオッケー! キャハッ⭐︎」
浮遊する端末に向けてライブ配信をしながら、少女は現状を楽しげに実況していた。なかなか外れないと足をバタバタとさせるとアンテナが折れて少女はギリギリビルの縁に着地した。
そして軽やかに軽くジャンプすると
「みんなぁ、見てくれた? 足バタバタさせてたらアンテナが折れたよ〜ラッキーあはは助かった〜♡」と流れるコメントをチェックして「……うんうん、コメントありがとう!『ミナちゃん可愛い』うん知ってると 『次何やるか?』だね? もちろん簡単だよ。今から下にある店に**強盗に入るよぉ。**あはは♡」
ミナは奈落の底のような地上を見つめ、屈託のない笑顔で続ける。
「なんでそんなことするのかって? だって面白いでしょ? 理由はないよ〜面白ければ良いんだよえっへん!……あ、喋りすぎちゃった。それじゃあ、今週の見せ場行くよ〜キュピーン⭐︎」
自ら効果音を出し、彼女は垂直な壁面を驚異的な速さで駆け下り始めた。だが、途中で足がもつれる。
「あ、」
加速したままの体が虚空を舞い、そのまま砲弾のような勢いで地面に叩きつけられた。
ドォォォォンッ!!
轟音と共にアスファルトにクレーターが穿たれる。ライムは驚き、反射的に駆け寄ろうとした。
「ほっといたら?」
だが、魔女は歩みを止めず、冷淡な声でライムを制した。
「えっ? いや、ほっとけないよ。誰か落ちたんだよ!? あんな高さから……」
「ふふっ。じゃあ、即死ね」
魔女は嘲笑うように言った。
しかし、その予想に反して、立ち上る土煙の中から人影が這い出してきた。
「イタタタ……。みんな、ちゃんと見てくれたかな? 失敗しちゃったけど、無事だよぉ」
少女は平然と立ち上がり、ブラウンのポニーテールを揺らしながらスカートについた砂を払った。そして、周囲を囲む野次馬やライムたちを配信端末に映し出す。
「じゃじゃーん! ミナは奇跡的に生きてるよ〜でも〜少しでも心配したり凄いと思ったら高評価とチャンネル登録よろしくね! あと、今から強盗に行くのでよろしくねー! バイバイ!」
満面の笑みで手を振る彼女だったが、ふと現場近くに立つ魔女を見て、その青い瞳を大きく見開いた。
「ええっ!? 嘘でしょ、こんなところに本物の魔女さん!? 凄いなぁ、何かのイベントですか? とってもお似合いですよ♪」
捲し立てるような早口に、ライムは呆然とする。
(……見た目は普通の顔立ちと服装な女の子なのに。なんか、とんでもなく変わった子だな?)
ライムが観察していると、ミナと目が合った。
「あなたは随分と『普通』ね? 魔女さんに合わせてコスプレした方がいいよ?」
「……それより、手に持ってるその機械、もしかして通信機器?」
ライムの問いに、ミナは自慢げに端末を掲げた。
「ああ、これ? ライブ感を楽しんでもらいたくて、エコーステーションに直結できる最新機種だよ! って感じかな?」
そう言い放つと、彼女は突然慌てたように店の方を向いた。
「きゃ〜いけない! 予告してた時間に遅れちゃう! ちょっと行ってくるから、応援よろしくねー!」
猛烈な勢いで店へ走り出すミナ。だが、勢い余って入り口の壁に豪快に激突した。
「ぶふぉっ!?」
衝撃でスカートが捲れ、その下から黒いスパッツが露出する。
「ううっ、みんなが私をいじめるぅ……」
頭を押さえながら、ふらふらと店内に消えていくミナ。だが数秒後、待ち構えていた武装した兵士たちに追われ、弾かれたように店から飛び出してきた。
「あぅ〜、なんで来るのわかったんだろぉ!? おかしいな……まあいいや、今日は色々あったしオッケー! 撤退撤退、さようならー!」
彼女が地面を蹴ると、その体は高層ビルの屋上を軽々と超えて夜空へと消えていった。
「きゃ〜! また飛びすぎちゃいましたぁぁ!!」
遠ざかる叫び声と共に、彼女の姿は星粒のように小さくなる。
「……なんだったんだ、あの子。無茶苦茶だったな」
ライムが呆れ果てて呟くと、魔女は肩をすくめて楽しげに笑った。
「ふふ。強盗に行きますって宣言して、予告時間通りに現れれば、そりゃあ都市防衛隊に待ち伏せもされるわよ」
「あはは……。待ち合わせに遅れるみたいなノリで強盗に行ってたしね。でも、なんだかちょっと……楽しかったかも」
ライムが笑みを浮かべた時には、魔女はもうスタスタと前を歩いていた。
「あっ、ちょっと待ってよ!」
ライムは小走りで、銀髪の魔女の後ろ姿を追いかけた。
高層ビルが立ち並ぶメインストリートから外れた一角に、ライムは場違いなほど無骨な「鍛冶屋」を見つけた。
吸い寄せられるように店の前まで行くが、ふと足を止めて躊躇する。
(……あはは。武器の更新はしたいけど、そういえば僕、今一文無しだった)
肩を落として諦めようとするライムに、背後から魔女の冷ややかな声が飛ぶ。
「武器が欲しいなら買えばいいじゃない。お金がないなら稼げばいい。……言っておくけれど、私から施してあげるつもりはないわよ。自分の道具は、自前で手に入れなさい」
「あはは、分かってるよ。前の世界での『共通通貨』ならあるんだけど。これが使えたら苦労はしないよね」
ライムが苦笑しながら、懐から携帯端末『エコーリンク』を取り出してみせる。
魔女はそれを一瞥し、「随分と旧式ね」と嫌味っぽく鼻で笑った。
「そんな骨董品、売ってしまえば? 博物館行きになるぐらい価値があるかもよ。……じゃないと100億もの賞金首が、冒険者ギルドの定めた通貨をまともに使えるとは思えないけれど。まあ、ここは訳ありな者達が来る店だし試してみる価値はあるんじゃない?」
「確かに、やってみないと分からないもんね」
ライムは魔女に促されるように、鉄の匂いが充満する店内へと足を踏み入れた。
店内に並ぶのは、見るからに高出力そうなエンチャント武器や、洗練されたデザインのビームガンばかりだ。
「やっぱり最新式ばっかりか。……昔ながらの『道具』はないのかな」
棚を一つずつ巡っていたライムの指先が、ある一点で止まった。
十手の先に鋭利な刃を付けたような、奇妙な形状の近接武器。ライムはそれを吸い込まれるように手に取った。
(……いいな、これ。受け流すのも、突き刺すのも、これ一本でいける。あはは、できれば二本あれば最高だったけど)
さらに棚の奥を探ると、ライムの瞳が微かに輝いた。
「……あ! あった」
彼が手に取ったのは、重厚な金属の塊――火薬式のハンドガンだった。
「えっ? アンタ、そんな旧式がいいの?」
魔女が心底不思議そうに眉をひそめる。
「弾を込めるのも面倒だし、射程も短いでしょう。ビームガンにしなさいよ。威力は同じだし、エネルギーを補填すれば半永久的に使える。そっちの方が賢明だわ」
だが、ライムは魔女の言葉を聞き流しながら、ハンドガンを様々な角度から検分していた。
銃身を撫で、シリンダーの回転を確認し、その「重さ」を確かめる。
「あはは。指に馴染むのは、こっちなんだ」
彼は迷わず、その銃と予備の弾丸、そしてさっきの十手をカウンターへ持っていった。
「すみません、これでお願いします」
おそるおそるエコーリンクを提示すると、店番は特に怪しむ様子もなく端末をスキャンした。
「ああ……なんだ、冒険者だったのか。
てっきり“そっち”かと思ったが……まあ、詮索はしねえ。
払ってもらえりゃ、それでいい。ありがとな」
あまりに呆気なく決済が完了し、ライムは呆然と魔女の方を振り返った。
「……買えちゃった」
「あらそう。良かったわね」
冷めた表情で返す魔女だったが、家の方向へと口笛を吹きながら歩いて行った。
しばらく進むと、高層ビル群のネオンが嘘のように遠のき、殺風景な荒野が広がった。その先に不自然なほど深く生い茂る森が見えてくると、ライムは思わず顔をしかめた。
(……あはは。結局、森? せっかくの未来都市なのに、魔女の住処はテンプレ通りなんだね)
どこまでも「魔女」という記号に忠実な彼女のスタイルに、ライムは感心を通り越して呆れすら感じていた。
その様子を察したのか、前を歩く魔女が歩みを止めずに釘を刺す。
「……何か言いたげね。落ち着くのよ、こういう場所の方が。人目につかないし、何より私に相応しいわ」
「あはは、そうだね。いかにもって感じだよ」
だが、そんな軽口を叩いていられたのもそこまでだった。
森の奥から漂ってきたのは、瑞々しい草木の匂いではなく、鼻を突くような不快な焦げ臭さ。そして、霧のように木々の間を這い出してきたのは、不吉な黒い煙だった。
「……ねえ、いつもこうなの? なんか焦げ臭いし、向こうから煙が立ち昇ってる。魔女さん、これ、絶対におかしいよ」
ライムが真剣な表情で問いかけた瞬間、魔女の瞳が鋭く細められた。彼女は答えるよりも早く、地面を蹴って煙の方へと走り出した。
ライムも慌ててその後を追い、森を抜ける。
視界が開けた瞬間、二人の目の前に現れたのは、かつては荘厳だったであろう巨大な洋館が、紅蓮の炎に包まれて崩れ落ちようとしている光景だった。
「私の家が……燃えている……」
呆然と立ち尽くす魔女。その横顔には、誇り高い彼女には似合わない、深い絶望と悲しみが滲んでいた。
それを見たライムの胸の奥で、冷たい何かが静かに、だが確実に沸き立った。
「……あはは」
乾いた笑いが、喉の奥で転がった。
つい先ほど手に入れたばかりの、無骨なハンドガン。
その冷たい重みを、ライムはただ掌の中で確かめる。
目の前で崩れ落ちていく洋館を見つめながら、
彼は何も言わなかった。
ただ――
ここに来てから初めて、自分が「許せない」と感じていることだけを、静かに自覚していた。




