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サラは、はちみつ色の目をじっと見つめた。
カミーユにどうしても、理解してもらわなければいけない。この人の身体がだめになるのを、指をくわえて見てはいられない。
こうなったらとことんまでおせっかいをしてやろう。半ば、意地にも似た気持ちがサラの胸に芽生えていた。
「痩せる?あははは、サラ、それは無理だよ」
カミーユは顔の前でおかしそうに手を振った。
「自慢じゃないけれど、僕がどれだけの間この体型で暮らしてきたと思っているんだい。記憶の限りじゃ5歳の時にはオーダーメイドしないとズボンが入らなかったんだよ」
「ええ、そうかもしれません。」
カミーユ公爵は真剣なサラの黒い目と視線を合わすと、頬肉に埋もれそうな小さい瞳を見開いた。
「まさか本気なのかい」
「冗談を言っているつもりではありませんわ」
「いや、無理だよ」
「どうして無理だと思いなのです。このままですとカミーユ様の健康にも悪影響ですわ。もしもそうなれば領民は不安になり、使用人たちの行き先もなくなってしまうかもしれません。なれば周囲の多くの人々の健康や幸せや繁栄を願うのではありませんか?そのためにはそうです! お痩せにならないといけません」
呆然としたカミュ公爵の前で、サラは羊皮紙のリストを1枚見せた。
「大丈夫です。私がついております。過去は過去でしかありません。先へ進みましょう」
サラは自分に言い聞かせるように言った。
「もうそれしかないのですわ。この先の未来へ行くには」
その日から壮絶なダイエット計画が幕を開けた。
新鮮な野菜を煮込み、薬代わりだと言ってシトロンの蜜漬けを添える。
よく似てなじませた縄を切って、1日100回は飛ぶように指示する。
広大な領地を馬ではなく、走って帰ってくる。
サラはカミュの隣にぴったり、張り付くようにして水を与え、布で汗を拭き、時には厳しく、時には優しく励ました。
さらには、彼が一人で抱え込んでいた領地の事務仕事を整理し、有能な代官を雇うよう進言した。
「他の人間を雇うなんて、僕がもっと仕事を増やせばいい」
「指示をするのも、領主としての優しさなのです。カミーユ様が倒れては、領民が迷子になってしまいます」
サラの言葉に、カミーユは初めて背筋を伸ばした。
「そうだね……たしかに、きちんとしなければとは思っていたんだ。ずっとずっと前からね。だけど、僕は本当に根性がなくて。恥ずかしい話なんだけれど、美しいものや素晴らしいものに心を動かされているうちに美味しいものはあるだけ食べてしまってね」
確かに、カミーユの周りには常に美食があった。
「誰も痩せろなんて、僕に指示する人なんかいなかったよ。君は違うんだね。僕にしたいようにさせてくれないなんて、こんなメイドもいるのか」
褒められてはいないと思う。
が、サラはどこか嬉しかった。
最初は戸惑っていたカミーユも、体が軽くなるにつれ、その瞳に聡明な光を取り戻していった。
数ヶ月後、そこにいたのは「不格好な太った男」ではなかった。
余分な肉が落ち、健康的な肌艶と、慈愛に満ちた眼差し。一人の気品ある紳士だった。
その頃、サラがアデルに託した裏帳簿は、聖女となったアデルの手を経てヴァレリアン公爵家へと届けられていた。
レベッカ嬢はそれを使って後妻たちを失脚させ、自らの居場所を勝ち取ったのだ。
サラはアデルを通して吉報を聞いた。
「サラ信じられないんだけれど、私聖女になったわ。信じられるだけどね。一番嬉しいのはレベッカ様やシャルル様のご恩に報うことができたってことなの?私、本当に心から尊敬をしているの」
「レベッカ様はもう大丈夫ね」
サラは遠い空の下、自分の背中の傷が、誇らしい勲章のように疼くのを感じた。
ヴァレリアン公爵家にはいい思い出がなかったが、レベッカお嬢様と繋がるためにこの縁があったのだと思えるようになった。サラはアデルに微笑みかけながら心底安堵していた。表面上のことがうまくいった安心だけはなくてだけではなくて、いつかの遠い昔の、シャルルに対しての贖罪が果たされたような気がしたのだ。
そんな折、噂を聞きつけた「悪夢」が屋敷に舞い戻った。
カミーユの元妻、不貞を働いて家財を持ち逃げしたあの女である。




