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悲劇と邂逅

村に悲劇が訪れます。こんな時に勇斗は一体どこにいるのでしょう。

日がだいぶ高くなった頃、村に不穏なざわめきが満ち始めた。

風に乗って届く喧騒に、玲奈は昨夜泣き腫らしたまぶたをそっとほぐし、気を引き締めて家の外へ出た。

軒先や路地に飾られた色とりどりの布や提灯が、やけに場違いに見える。

(そういえば……今日の夜、灯火市があるってヴァルドさんが言ってたっけ……)

広場へ向かう足取りとは裏腹に、聞こえてくる声は祭りの準備とは程遠いものだった。


「おい、薬草をもっと持ってこい!」

「こっちも重傷だ、手当を急げ!」


怒号が飛び交い、村全体が張り詰めた緊張感と悲壮感に包まれている。住人たちは不安そうに遠巻きに様子を伺い、誰もが固く口を閉ざしていた。

人だかりの隙間から、玲奈は村の神木である黒樹(こくじゅ)にもたれかかる人影を見つけた。


「ヴァルドさん……?」


見間違えるはずのない銀色の髪。額から血を流し、ぐったりと意識を失っている。その隣では、昨日家を訪ねてきた狩人の二人もまた、苦悶の表情で治療を受けていた。

その惨状を前に、玲奈の思考が真っ白になる。


「ヴァルドさん! しっかりして!」


叫びながら駆け寄ろうとする玲奈の両腕を、村の誰かが強く掴んで引き留めた。

その群衆を割って、老魔族のロルガが姿を現す。首長は玲奈の肩に優しく手を置いた。


「おぬしがレナだな。大丈夫、ここは我々に任せなさい」


有無を言わせぬ穏やかな声に、玲奈は押し黙る。ロルガは静かに頷くと、踵を返して黒樹の祭壇へと進み出た。低い声で語りかけるような祈りが、空気を震わせる。

その祈りに応えるかのように、黒樹が淡い光を放ち始めた。

幹の裂け目から無数の光の粒が舞い上がり、周囲を漂う。それはまるで、森の息吹そのものが形を得たようだった。


玲奈は、いつしかその光に魅了されていた。脈打つように明滅する幹の光が、玲奈の心に温かい何かを満たしていく。

ふと、意識が白銀の世界に浮かび上がった。

目の前に、小さな光り輝く妖精が現れる。妖精は楽しそうに玲奈の周りをひとしきり舞うと、光の球となってそっと手のひらに舞い降りた。


(助けてください。ヴァルドさんたちを……助けてください)


無心に祈った、その時だった。

「おおっ!?」

周囲からどよめきが起こる。玲奈自身の身体が、柔らかな光に包まれていたのだ。

光は一本の帯となって黒樹へと繋がり、神木は今まで以上の眩い輝きを放った。神々しい光の粒が、雪のように広場に舞い降りる。

光はヴァルドたちの傷に浸透し、開いていたはずの傷口がみるみるうちに塞がっていく。その恩恵は周囲の住人たちにも及んだ。


「おお、腰の痛みが和らいだぞ!」

「ママ、この光、あったかいね」

「うおー、力がみなぎる! 無性に走りたくなってきたでー!」


それは、奇跡としか言いようのない光景だった。





ヴァルドが意識を取り戻したのは、それから二日後のことだった。

「ヴァルドさん!」

目を覚ましたヴァルドに、玲奈は涙を浮かべながら抱きついた。傍らでは、ロルガが微笑ましそうにその様子を見守っている。

ヴァルドは自身の身体に傷跡ひとつないことを確認すると、驚いたように目を見開き、そして優しく玲奈の頭を撫でた。

「心配、かけたな……すまない」

玲奈は無言で首を横に振る。しばらくして、ヴァルドはロルガに視線を送り、照れくさそうに頬を掻いた。

「ロルガ殿の前でこれは……少し恥ずかしいな」

その言葉に、玲奈の顔がみるみる赤くなる。慌ててヴァルドから離れると、ロルガに深々と一礼し、そそくさと家を飛び出した。

楽しげに笑うヴァルドとロルガの声を背中で感じながら、玲奈は真っ赤な顔で一心不乱に走る。


気がつくと息が上がり、広場に立っていた。

気持ちを落ち着かせるように、胸に手を当て荒い呼吸を整える。

ふぅーっと最後に息を長く吐くと、周りの喧騒が耳に戻ってきた。

灯火市は中止になったが、村は落ち着きを取り戻していた。すれ違う住人たちが、親しげに挨拶をしてくれる。狩人二人もすでに回復し、改めて自己紹介をして、すぐに打ち解けることができた。特に猫耳の半獣族であるミリナとは、歳が近いこともあってすぐに仲良くなった。

ロルガ、ラグス、ミリナの三人は、ヴァルドからの依頼で玲奈の兄を探してくれていたことを知る。玲奈は深く感謝し、胸の内に決意を固める。


その夜、玲奈はヴァルドの傍らに腰を下ろし、静かに話を切り出した。

「私、決めました。私も、兄さんを探しに行きます」

「ダメだ。危険すぎる」

ヴァルドは表情を曇らせ、即座に首を振った。声には焦りと、かすかな怒りが混じっている。

「最後まで話を聞いてください。今すぐじゃないんです。私がもっと力をつけてから……この世界で生き抜く自信がついたら、です」

玲奈は真剣な瞳でヴァルドを見つめ返す。その覚悟を感じ取ったのか、ヴァルドは短く息を吐いた。

「だから、兄の捜索は一旦中止してください。またヴァルドさんたちが危険な目に遭ったら……私、悲しいから」

「しかし、もうそんな猶予は……」

「もう、聞いてってば!」

反論しようとするヴァルドの口を、玲奈は小さな手で塞いだ。驚くヴァルドに小さく謝ると、話を続ける。

「兄さんは……私の兄は、ちょっと不器用で、一つのことに夢中になると周りが見えなくなるところがあるんです。だけど、誰より強くて、優しいの。スポーツ万能で、風邪ひとつひいたことないくらい、すっごく元気。だから私、信じてる。兄さんはきっと生きてるって。どこかで元気にやってるって。だから大丈夫……急がなくても、大丈夫だから……私の兄は……強い……から……」

最後は涙声になり、堪えていた涙が頬を伝った。それを見たヴァルドは、何も言わずにそっと玲奈の身体を引き寄せ、抱きしめた。その温もりに、張り詰めていたものがぷつりと切れ、玲奈は声を上げて泣きじゃくった。





「あれは正に奇跡じゃ。この娘には、精霊の才があるのかもしれん」

翌日、ロルガは興奮気味にそう語ると、老魔族とは思えぬ機敏さで袖をまくり、肩を回して見せた。黒樹の光を浴びたせいか、心なしか肌艶も良くなっている。

その様子にヴァルドは吹き出し、玲奈もつられて笑顔を見せた。


その日から、玲奈の特訓が始まった。講師は狩人のラグスとミリナだ。

ラグスが課す基礎体力作りは、玲奈が最も苦手とするものだった。腕立て、腹筋、スクワット。サボろうとすれば、追跡の名手であるラグスとの壮絶な鬼ごっこが始まる。屋根裏に隠れても、店のカゴに潜んでも、必ず見つけ出されては、みっちりと鍛えられた。

だがそのおかげで、玲奈の体力だけでなく、洞察力や隠密能力まで向上していったのは、ラグス曰く「計算通り」らしい。


ミリナからは弓と、サバイバルの技術を学んだ。森での野営実習。獲物の解体は、血の匂いと生々しい感触に初めは腰が引けたが、ミリナは根気強く教えてくれた。

夜の森は、月明かりと焚き火だけが頼りだ。獣の気配に息を殺すことも一度や二度ではなかった。だが、なぜかその気配はいつも、決定的な危険が迫る前にすっと消えるのだった。


特訓と並行して、玲奈はロルガの屋敷に出向き、精霊について教えを乞うた。

ロルガは嬉しそうに頷くと、子供に絵本を読み聞かせる母親のように、静かに語り始める。

「暗黒の森にはな、遠い昔――精霊神を頂点とした<エル=ノア>という国があった」

それは森の遺跡にまつわる古い伝承だった。精霊と魔族が共に生きた平和な国が、ある日突然の災厄で滅びたこと。そして、焼け跡から奇跡的に再生したのが、村の神木である黒樹なのだと。

話を聞き終えた玲奈は、あの日、自分の見た光景を打ち明けた。

「ロルガさん……私、あの時、真っ白い世界で光り輝く妖精を見たんです。あれが……エル=ノアの精霊だったのでしょうか?」

「な?!」

ロルガは目を見開き、口を開けて固まると、今度は玲奈の手を掴んで子供のようにはしゃぎだした。

「精霊神のお姿を……! おお、なんと……それはきっと、エル=ノア様じゃ!」

こうして、玲奈が見た妖精の姿は、灯火祭の提灯に加えられ、村の新たな意匠となった。





――魔王城。

重厚な石壁に囲まれた玉座の間は、冷たい静寂に包まれていた。主を失った漆黒の玉座を、一人の騎士が憎々しげに睨みつけている。

ザルグ・ヴァルグレイン。先代魔王の右腕と謳われた、旧魔王軍の特攻隊長だ。

その沈黙を破り、黒衣の参謀ドレイヴァスが音もなく現れる。

「ザルグ様、グレイヴより報告です。どうやら、ルミナ王国に動きがあったようでございます」

低い声での耳打ちに、ザルグはゆっくりと振り返り、その口元に不敵な笑みを浮かべた。

「……ようやくか」

腰の長剣を抜き放ち、横に一閃。鋭い風切り音が空を裂き、玉座の間に響き渡った。

「フハハ……フハハハハ!」

ザルグの高笑いが、石壁に不気味に反響する。

新たな戦乱の嵐が、影の山脈から吹き降ろそうとしていた。

玲奈の力は共鳴です。それはあらゆる精霊たちに適応されます。その才能が黒樹の光によって開花した模様。ミリディアの加護とも相性が良く、物語の後半で重要な意味を持ちます。


次回は行方不明の勇斗の方を覗いてみましょう。二人の冒険はまだ始まったばかりです。

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