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灯火の村

異世界ファンタジーの転移とか転生って、いい人たちが暮らす村が近くにある事も多いですよね。

私もそんなイメージで作ってみました。魔族の村ですけど。

「まずは安全な場所へ案内する。近くに僕の村があるんだ。少し歩けるかい?」


玲奈がこくりと頷くと、ヴァルドは手際よく森のツルや葉を使い、即席の草履(ぞうり)を作ってくれた。玲奈の前にひざまずき、小さな足をそっと包み込むように履かせてくれる。その丁寧な手つきに、玲奈の頬が熱くなった。


「あ、ありがとう……ございます」


照れくさそうに礼を言うと、ヴァルドは「どういたしまして」と優しく微笑んだ。

その笑顔に少しだけ不安が和らぎ、玲奈は彼に導かれるまま、鬱蒼(うっそう)とした森の中を進んだ。


どれくらい歩いただろうか。不意に視界が開け、玲奈は息をのんだ。

木々の向こうに、いくつもの灯火が温かく揺らめいている。そこは、まるでおとぎ話に出てくるような、素朴で小さな村だった。

苔むした木造の家々からは細い煙が立ち上り、村の中央には天を突くほど大きな黒い木がどっしりと根を下ろしていた。


「ここが〈リュミエ村〉。僕の故郷だ。少し変わった者もいるけど、穏やかな人ばかりだから安心して」


ヴァルドの言葉に、玲奈は大きく深呼吸をした。異世界の、魔族の村。怖いけれど、あの温かい灯りが、大丈夫だよと語りかけてくれているような気がした。


ヴァルドの家は、村の少し奥まった場所にある、木と石でできたロッジ風の一軒家だった。中に入ると、木の香りがふわりと鼻をかすめる。丸太を輪切りにしたテーブルと椅子、奥には葉や色とりどりの柔らかな毛玉が敷き詰められた寝床(ねどこ)が一つ。シンプルだけど、不思議と落ち着く空間だった。


「首長に事情を話してくるから、少し休んでいて」


ヴァルドを見送った後、玲奈は丸太の椅子に腰掛けた。途端に、どっと疲れが押し寄せる。今日一日、あまりにも色々なことがありすぎた。玲奈はテーブルに突っ伏すと、そのまま意識を手放した。



翌朝。柔らかな毛玉の感触と、窓から差し込む暖かい光で玲奈は目を覚ました。

(……あれ、私、寝床にいる?)

ぼんやりする頭で見慣れない天井を見上げていると、すぐ隣から静かな寝息が聞こえてきた。ゆっくりと顔を向けると――。


「……っ!?」


そこには、上半身裸のヴァルドが眠っていた。

玲奈は悲鳴を飲み込み、反射的に跳ね起きる。大きな葉っぱを掴んでぎゅっと体に巻き付けた。


「な、な、なんで!? どうしてここに!?」


狼狽する玲奈の声に、ヴァルドが目をこすりながら身を起こした。

「……ん、ああ、おはよう。よく眠れたみたいだね」

「お、おはようございます! じゃなくて! あの、これは一体……!?」


顔を真っ赤にしてうろたえる玲奈をよそに、ヴァルドは小さくあくびをすると、平然とした様子で説明を始めた。

「昨日、君がテーブルでぐっすりだったから、寝床に運んだんだよ。風邪をひくと大変だからね」

「は、はい……」

「とにかく、今日からここが君の家だと思って、好きに使ってくれていいから。そうだ、朝ごはんにしよう。日本の朝食は知らないけど、木の実と薬草のスープ、食べられるかい?」


ヴァルドが差し出してくれた木の器からは、白い湯気が立ち上っていた。見た目は素朴なスープだが、嗅いだことのない複雑でスパイシーな香りがする。

「いただきます」

恐る恐る一口、口に運んだ。その瞬間。


「……かっ!?」


想像を絶する辛さが舌を襲い、玲奈は盛大に咳き込んだ。驚いたヴァルドが駆け寄り、背中をさすってくれる。

「ご、ゴホッ! ち、違うんれす、辛くて……れも、おいひい、れす!」

涙目で訴えると、ヴァルドはきょとんとした後、楽しそうに笑った。


朝食を終えると、ヴァルドは玲奈を村の散策に誘ってくれた。

リュミエ村は朝から活気に満ちていた。広場では大きな翼を持つ人が荷物を降ろしており、獣の耳を生やした子供たちが元気に走り回っている。角の生えた厳つい顔の男性が、道端の店で楽しそうに買い物をしていた。


(本当に、色々な人がいるんだ……)


すれ違う人々は、玲奈を見ると一瞬驚いた顔をしたが、ヴァルドが「遠い国から来たんだ。しばらく世話をすることになった」と紹介すると、みんな笑顔で手を振ってくれた。

「人間なんて珍しいねえ。よろしくな、嬢ちゃん!」

その屈託のない優しさに、玲奈の緊張は少しずつ解けていった。


職人の店が並ぶ一角で、玲奈は綺麗な石がはめ込まれたネックレスに目を奪われた。

「欲しいのかい?」

隣からヴァルドに声をかけられ、玲奈は慌てて首を振る。

「いえ、見てるだけです……」

するとヴァルドは「これ、貰おうか」とこともなげに言い、そのネックレスを買うと、玲奈の首にかけてくれた。首元で揺れる赤い石が、朝日を浴びてキラキラと輝く。

「あ、ありがとうございます……!」

玲奈がこの日一番の笑顔を見せると、ヴァルドも満足そうに微笑んだ。


二人で日用品を買いそろえ、最後に立ち寄った家具屋で、玲奈は思わず叫んだ。

「ベッドだ!」

「ん? 寝床なら家にあるだろう? 一つじゃ足りないのかい?」

ヴァルドの純粋な問いに、玲奈は顔を真っ赤にしてどもる。

「だ、ダメです! に、日本では寝床は一人一つって法律で……!」

「そうなのか? じゃあ大きいのに買い換えるか」

「いえ、これを一つ追加で!」

「買い換えで」

「追加です!」


――そして次の日。ヴァルドの家に、なぜか元の寝床の真横にぴったりとくっつけられた形で、新しいベッドが運び込まれていた。

「……どうしてこうなった」

まるでキングサイズのベッドのようになってしまった寝床を前に、玲奈は肩を落とす。隣ではヴァルドが、珍しく腹を抱えて笑っていた。


そんな笑い声が満ちた家に、控えめなノックの音が響いた。ヴァルドが扉を開けると、そこには狩人らしい二人の男女と、翼を持つ行商人が神妙な面持ちで立っていた。

彼らが小声で何かを話し始めると、ヴァルドの表情がみるみる険しくなっていく。玲奈の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。


やがてヴァルドはこちらを振り返り、無理に作ったような笑顔で言った。

「ごめん、玲奈。急な用事ができた。今日は家で待っていてくれるかい?」

「……うん、わかった」

「そうだ。明日の夜、灯火市があるんだ。一緒に行こう。……絶対だよ」

念を押すように言うと、ヴァルドは外套を羽織り、足早に家を出ていった。


(何か、あったんだ……お兄ちゃんのこと……?)


じっとしていられず、玲奈はヴァルドの後を追った。狩人である彼の足は速く、すぐに見失いそうになる。それでも、不安な気持ちが玲奈の足を前へ前へと突き動かした。


やがてたどり着いたのは、村で唯一の居酒屋だった。玲奈は柱の陰に隠れ、息を殺して中の様子を窺う。

そこには、テーブルを囲むヴァルドたちの姿があった。広げられた地図を囲み、誰もが苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「……今のところ、手がかりは一切なしだ」

狩人の一人が、悔しそうに言った。玲奈が見つけられた場所の周辺も、考えうる限りの場所も探したが、兄・勇斗に繋がるものは何も見つからなかった、と。

「あと探せるのは、あのゼルファ村周辺くらいだが……そうなると、望みは……」


ドンッ!


黙って聞いていたヴァルドが、強く拳をテーブルに叩きつけた。その乾いた音に、玲奈の体はびくりと震える。

見たことのないヴァルドの怒りと絶望を滲ませた表情に、足がすくんだ。


気づかれないようにその場を離れ、家に駆け込むと、玲奈は新しいベッドに飛び込んだ。葉っぱの布団を頭までかぶり、自分の殻に閉じこもるように、ぎゅっと目と耳を塞ぐ。


(お兄ちゃん……どこにいるの……?)


ヴァルドの優しさに甘えて、忘れかけていた現実。兄がいないという事実。そして、その兄を見つけ出すことが、どれだけ絶望的なことなのかを、玲奈は思い知らされた。


重苦しい沈黙の中、玲奈は一睡もできずに夜を明かした。


そして、朝になっても、ヴァルドが家に帰ってくることはなかった。

暗黒の森とは――

影の山脈に囲まれた大陸の北西に広がる隔離された密林地帯です。険しい山並みと魔族の生まれた森と噂されたこの森に、人は滅多に近づきません。魔力も濃密で魔獣が多く潜んでいます。

リュミエ村の他にもカロル村、ゼルファ村があります。それぞれ独自の文化を持ち、魔族同士の交流もあります。


次回は玲奈の力が目覚めます。お楽しみに。

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