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発明と資格

長期休暇が終わり、メルティが通う学校も授業再開の日を迎えた。それに伴い、滞在を終えたウェルズ商会の一行もヘーゼルコート領を後にした。


ラウルは出発前、丸薬という新たな発明を成し遂げたメルティに心からの祝福と、次に再会する日を固く約束してくれた。


「またね、メルティ。


では、私共はこれで。貴女の歩む道が実り多き未来へ続くことを心よりお祈りしています。再来の折には私も良き知らせが出来ますよう精進致します。」


「!うん!

えと、皆様も道中お気を付けて。旅路の安全と商いの成功を願っています。私も負けずに精進します。再会の日を、心よりお待ちしています」


最後にちょっと畏まって別れの挨拶をし、笑顔で別れた。今まではもっと軽い挨拶で見送っていた。でもこの大人ぶった挨拶こそが薬師へ歩き出したメルティへのエールだと強く感じた。


この滞在でのラウルの助けは大きかった。

彼がもたらした閃きと助言の数々に、いつかきっと恩返ししようと決意した。



***



メルティは完成した栄養剤の丸薬を手に、父のいる執務室へ向かった。


「見てください、お父様!これ、あの栄養剤です!」


メルティが手のひらの小さなガラス瓶を見せると、中には深緑色の丸い粒が三つ、佇んでいる。


「どうでしょう?これなら味合わなくても栄養剤を摂取出来ますっ!」


父は眼鏡を押し上げ、手に乗せられた小瓶の中の丸薬を凝視した。まるで信じられないものを見るような目つきだ。


「凄いな、メルティ!本当に改良出来るとは思っていなかった!いや、本当に凄い!」


手放しで褒められ、メルティは鼻高々だ。同時に如何に祖母の栄養剤が飲みにくく、父にとって長年のトラウマであったかがよく分かった。


「味はどうなんだ?」


メルティは笑顔から一変、顔を引き攣らせ、正直に答えた。


「噛むとえぐ味が凝縮されててこの世の終わりみたいな味です。だから、噛まずに飲み込むのが正解です」


「はははは!なるほどな!あの味を感じないのが重要だ!」


父は暫く豪快に笑っていたが、咳払いをしてから真面目な顔に戻った。


「この形にしたことで、何かデメリットはあるか?」


「液体の栄養剤より効果が少し減ります。栄養剤としてはちゃんと体力を回復するので問題ないと思います」


「では飲む数を増やすのはどうだ?」


「それは…多分やめたほうがいいです。

検証してないから多分としか言えないけど、副作用で頭痛とか起こしやすいと思います。魔力が多く含まれた薬草もあるし、スキルでも魔力を使ってるからもしかしたら魔力酔いをするかもしれません」


いくつか懸念点を確認したあと、父は少し考えるように腕を組んだ。考えがまとまったのか机の引き出しから、何枚か用紙を取り出しながら話を切り出す。


「そうだな…

レシピ自体はお祖母様のものなんだろう?だが、これを丸薬にしたのはメルティ独自の《凝縮》スキルによる発明だ。多少の効果減退があっても、これは価値がある」


取り出した用紙は祖母の相続人としての許可証や領主の認可といったメルティの丸薬を認めた、後ろ盾ともいえる書類だった。


「すぐに冒険者ギルドで仮登録をしておきなさい。このまま販売するときに備えて、まずは公的に保護を受けるんだ」


「仮登録ですか?」


「ああ。本登録には時間が掛かる。使用する材料や手順を細かに書き起こしたレシピが必要になる。元のレシピが存在する場合、どこを改良したかを元のレシピと一緒に必要になるな。

それに、元のレシピの作者の許可が必要になる。今回の場合はお祖母様は故人だが、血縁であること、そして私が相続人である書類で証明できるから手続きは比較的容易だろう。それにこの栄養剤なら元のレシピと大きく逸脱していないからレシピも書きやすかろう」



(元のレシピや相続の証明までいるなんて。思っていたよりずっと手続きが大変そう……)


思っていたより複雑な手続きが必要と分かり、やる気が削がれてしまう。

ただ、父がメルティの作った丸薬を認めており、権利を守ろうと助力してくれているのも分かった。


「先に現物と簡易レシピを提出して鑑定してもらうのが仮登録だ。模倣防止と、正式な販売に向けての準備期間とされている。仮登録しておけば後で似た方法でレシピ登録されても著作権を主張出来る。

ギルドとしても登録者に犯罪歴がないか、類似したレシピがないかなど調査出来るから本登録するときにスムーズになる。


メルティの薬師としての足場作りの第一歩だ。販売するかは別として、やっておきなさい」 


とりあえずは仮登録だと、挫けそうになりながら冒険者ギルドへ向かった。そこでも小さな魔法薬に驚かれたが、手続きに気後れしていたメルティは気付かなかった…


***


さて、丸薬を完成させたメルティが輝かしい薬師への道を歩き出したかといえば、そうでもない。


授業の休憩時間、メルティは意を決して、鞄に大切にしまっていた小瓶を取り出した。


「ねえ、これ見てくれる?」


隣の席の友人に声をかける。

幼い頃と違い、領主の娘への丁寧さはあるものの、元来の人懐っこさからか親しく話せる友人もできた。

その友人は丸い瓶の中でコロコロと転がる、黒に近い深緑色の小さな粒を興味深そうに覗き込んだ。


「わあ、メルティさん、それなんですか?新しいお菓子?」


「お菓子じゃないよ!私の作った栄養剤の丸薬なんだけど…」


「栄養剤?こんなに小さくできるなんてすごいです!さすがヘーゼルコート家ですね!」


「う、うん。味は酷いんだけど、このサイズなら噛まずに飲めるよ!長期休暇の成果なんだ!」


メルティが正直に打ち明けると、友人は少し顔を引き攣らせた。


「そっか〜。でも、栄養剤ってどれもすごく不味いって言うもんね。それを改良してこんなに小さくできちゃうなら凄い発明ですね!」


友人の言葉に、メルティは少し胸を張った。


(そう、そうなんだ。味を誤魔化すだけが改良じゃない。飲みにくさを克服する形の発明なんだ!)


「瓶可愛いですね。これなら家に置いておきたいです。ぜひ、私たちにも分けていただけませんか?」


思っていたより好印象だと感じたが、メルティは申し訳なさそうに首を振る。栄養剤というものを必要な年齢ではない為、求められると思っていなかったのだ。


「ごめんなさい。まだ正式な薬師の資格がないから、販売もあげることも出来ないの。あくまで試作品の仮登録だけだから……」


「そうなんですね……残念ですが、仕方ありませんね」


友人はがっかりしたが、すぐに理解を示してくれた。

メルティは、想像以上に丸薬という形に忌避感がなく、多くの人に求められるかもしれないことを実感すると同時に、無資格という現実の壁を改めて痛感した。


(早く資格を取って、胸を張って『私が作った栄養剤です』って渡せるようにならないと!)


***


まだ学生のメルティの肩書きは薬師“見習い”だ。

《調合》スキルがあるとギルドに届出はあるものの、正式な資格を得ている訳ではない。薬師として生きるなら資格は必須だ。最低でも2級薬師の資格は欲しい。


薬師には活躍する場面により求められる資格が異なる。ギルドでも販売されているような一般的なレシピのみを作成するなら3級で充分だが、レシピの改良や独立するなら2級以上の資格が必要だ。1級や特級は王族御用達やお抱え薬師に必要で、希少な薬草の知識や高度な技術など専門的な技量が要求される。しかも王都でしか受験も出来ない。


丸薬のように独自性の高い薬を扱うなら2級の資格は必須だった。

また、メルティは薬師としてどう活動したいかを具体的に考える必要があった。


(今の私の強みは、《調合》と《凝縮》を合わせた丸薬…これは他の魔法薬でも応用が効きそう…

ならやっぱり2級薬師の資格は必須だよね。

折角作れたんだもん、活かせる道行きたい)


そうして、将来、薬師としてどうありたいかも考え出す。


メルティはひとまず3つ程、選択肢が浮かんだ。メリットやデメリットをひとつずつあげ、頭の中で天秤にかけた。


・冒険者ギルド所属の薬師:公的機関の為、最も社会的な信用が高く堅実。しかし、卒業までにいくつか作れる魔法薬を増やしても需要の高い傷薬ばかり作ることになりそうだ。高名な薬師ならともかく今のメルティでは特にあまり冒険した魔法薬は作れないだろう。納品実績があるので就職しやすいかもしれないが、あまり面白くないかもしれない。


・どこかの店に雇われる道:こちらも店次第になるが堅実。店の調合を学べるメリットもある。ただ、このあたりに薬師を雇うような店はなく、1番近い場所でもいくつかの領を跨ぐ必要がある。どんな店かを前もって調査が可能な環境とはいえ、遠方での単身生活はあまり気が進まない。


・個人経営:リスクも高いが、既に薬師に向いたアトリエがあり、薬草も豊富なこの領なら一番将来のヴィジョンが見える道でもある。需要も暮らしているメルティが分かっているし、実家である男爵家の信用もある。ただ、販路を独自に築く必要があり、その為の勉強も必要。期間限定なら行商に混ぜてもらうのもありかもしれない。


どの道を選ぶにしても、まずは薬師としての正式な資格が必要だ。


「よし、まずは3級の資格試験の勉強から頑張ろっ!」


丸薬という確かな成功体験を弾みに、メルティは当面の目標を定めた。


将来の具体的な進路については、この長期休暇で得た知識と経験を活かし、もう少し時間をかけてじっくりと考えることにしよう。


並行して、薬草の価格や流通の勉強も始める。まだまだ読んでいない祖母のレシピもあるし、その祖母の魔道具だってまだ扱いが分かっていないものも多くあるのだ。時には家族や教師の手を借りつつ、頑張ろう。


学校の卒業までまだ数年ある。

しかし、メルティは薬師への道を歩き出した。


資格取得、知識の習得、調合技術の向上──やるべきことは山積みだ。

しかし、遠く王都で勉学に励むラウルとの再会を、彼女はその努力の先に楽しみに描き続けていた。

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