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お祖母様印の栄養剤

ラウルから“月光の雫”の正体を聞き、材料の全てが判明したメルティは、早速祖母のアトリエで栄養剤作りに取り掛かった。


必要な薬草はこの領地で採取可能なものばかり、あるいは冒険者ギルドで手軽に購入できるものばかりだった。


レシピに記された栄養剤の材料は多岐にわたった。

ラウルのおかげで判明した、魔力を放出する“月光の雫”こと、“灯火の露草”。適量であれば心身をリラックスさせる効果のある“安眠ダケ”。強烈な臭いを放つものの、滋養強壮に絶大な効果を発揮する“ドドリアの実”。そして、その栄養価の高さから「食べる魔力」とも称される不思議な植物“マンドラゴラモドキ”。更に癒しの魔法薬には欠かせない“浄化水”。

材料の全てを確認しながら揃え、作業台に並べていく。


メルティは、まずは一つ一つの素材を丁寧に下処理していった。

それぞれの薬草が持つ繊細な薬効成分を殺さないよう、細心の注意を払う。そして、慎重に魔力を流し込みながら《調合》スキルを現時点で出来る、最大限の力で活用し、レシピ通りの手順で完成を目指した。


全ての工程を終え、ようやく完成した魔法薬を前にメルティは思わず声を上げた。


「出来たっ!お祖母様印の栄養剤!」


しかし喜びも束の間、目の前の現実にメルティは顔を引き攣らせた。

完成したのは確かにレシピ通りの「栄養剤」のようだが、それは想像していた液体状のそれとは見た目がかけ離れていた。


沼のような澱んだ色で、傾けると粘度が高いのか中の様子がよく見えない。素材の個性が強すぎるせいか、臭いも独特で、まるで重湯やお粥のようにドロドロとしており、飲むのに少し勇気がいる代物だった。


「う、う〜ん……」


メルティはほんの少し匙で掬い、恐る恐る一口舐めてみた。


「……んぐっ……ごほっ、ごほっ!」


強烈な臭い、それに口の中に広がる得体の知れない味覚に思わず咽せ返った。だが喉を通った瞬間、身体の奥からじんわりと温かくなり、疲れがほんの少し取れたのを感じた。


「効果はちゃんとあるみたいだけど、飲むには支障ありすぎる………」


これでは父親が「不味かった」と言っていたレベルではない。口に入れることすら躊躇われる代物だ。

メルティは腕組みをして深く考え込んだ。


材料が多かった為、一つ一つの下処理や調合工程に時間が掛かりすぎてしまい、その間に素材が固まってしまったのかもしれない。

あるいは、魔力を流す際のムラが影響した可能性もある。

いくつかの工程を同時進行にするなど、もっとスムーズに作業を進められたら口当たりが滑らかになるかもしれない……


メルティは自分の作業工程を一つ一つ見直し、失敗を活かそうと反省点を探して対策を練る。


強烈な臭いを放つ沼色の栄養剤と向き合い、何度も試行錯誤を繰り返した。

祖母の手引書を読み返し、調合のタイミング、魔力の流し方、素材の投入順序など、一つ一つの工程を徹底的に見直した。


自分の作った栄養剤の「ドロドロ」と「独特の臭い」をどうにか改善出来ないかと細かく紙に書き出していく。自分の力量では一気に完成形まで調合出来ないので、それ以外で改善を目指すのだ。


まず、複数の薬草の下処理と一部の調合は同時に進行出来るのではないかと考えた。素材によっては調合中に固まりやすかったり、熱を加えると粘度が高まりやすいものもあるようだ。


ならば、素早くかつ丁寧に工程を進めるための最適な手順を組み立て直した。魔力のムラをなくす為、《調合》スキルを使う際により詳細なイメージを描き、集中力を高めた。


その結果、祖母が作ったものと全く同じとまではいかないだろうが、栄養剤として効果は非常に高いものが完成した。


コップ一杯ほどの量で以前のようなドロドロとした粘度はなく、澄んだ深緑色の液体になっていた。

これならば飲むのにそれほど支障はないだろう。



メルティは完成した深緑色の栄養剤を父親に見せた。父親はその澄んだ色と、鼻をくすぐる独特の臭いに僅かに口元を引き攣らせつつも、遠い昔を懐かしむような眼差しを向けた。


「ああ、これは……まさしく、お前のお祖母様が作っていた栄養剤だな。味もそっくりだ。

懐かしい…昔は無理に仕事を抱え込んでいたのを見つかってはこの栄養剤を口に突っ込まれたものだ………

よくぞここまで再現できたものだ、メルティ」


父親の言葉に、メルティは少しだけ誇らしげな気持ちになった。そして同時に、あの「不味さ」が祖母の栄養剤の特徴でもあったことを改めて実感する。


「飲みたくなくて隠そうとしても絶対に母上にバレるんだ。だから隠すのは諦めて無理しない方向に努力したものだよ。

思えば母上は私のこの性格が分かっていたから酷い味と臭いのままにしていたのかもしれないな!

もう大丈夫だから改善してくれると嬉しいよ」


巫山戯たように笑いながら言った父親の言葉に納得しながら、もっと飲みやすく出来るのではないかと考え出す。


(効果自体は高いんだもの。多く飲んだり短期間に飲みすぎなければ副作用もないし……

うん、この独特の臭いとこの味、どうにも飲みにくいからどうにかしないと……)



***


しかし、臭いと味だけはどうにもならなかった。


「うーん……やっぱり、この“ドドリアの実”の臭いがね…」


滋養強壮に抜群の効果がある“ドドリアの実”は、強烈な刺激臭を放つ。それが他の薬草と混じり合うことで、何とも言えない独特の風味を生み出していた。


しかし、この“ドドリアの実”こそが栄養剤の要なので他の薬草に変える事が出来ない。また、他の使う薬草に変えても臭いが良くなることはなく、効果が減る事もあった。


なのでメルティは、使う薬草の種類を変えるのではなく、完成した栄養剤に他の要素を出す事でこの「不味さ」を誤魔化せないかと、さらなる試行錯誤を始めた。


手元にある材料で、まずは味の誤魔化しを試みることにした。


「甘ければ、少しは飲みやすくなるかなあ?」


と、家にあった砂糖を少量混ぜてみた。


「甘いのに臭くて不味い…というか、甘さが不味さを際立たせてる気がする………」


確かに甘みは加わったが独特の臭いは健在で、むしろ甘さと臭みが衝突して以前より奇妙な味になってしまった。


次に試したのは定番の蜂蜜だ。

メルティは個人的に蜂蜜の風味が苦手だったが、砂糖は蜂蜜より少し高価で、「甘味といえば蜂蜜」というほど庶民にも人気だ。安価で栄養価も高いからか魔法薬の調合にも広く用いられている。


「みんな蜂蜜入りが好きって言うけど、私苦手なんだよね…本当に美味しくなるのかな…?」


そう半信半疑で栄養剤に蜂蜜を混ぜた。少しの量では栄養剤の味に負ける為、スプーンで何杯も入れて調整していく。

彼女は勇気を出して口にしたが、やはり蜂蜜特有の味が鼻につき、どうしても美味しいとは思えなかった。


周りの人たちは「蜂蜜美味しい」と言うけれど、自分の好みとして蜂蜜が苦手なのだ。彼女は自分の味覚に自信が持てず、混乱した。


「うーん、砂糖よりはマシ、かもしれないけど…。これで本当に『美味しい』と言えるのかな」


それに、蜂蜜入りは栄養剤の味が強いので結構な量が必要になる。いくら砂糖より安くても大量に入れたらコストが高くなってしまい、栄養剤なのに高級品になってしまう。この田舎では高級品の需要はない。

メルティが目指す栄養剤は冒険者や周りの人も気軽に手に入れることが出来るものなのだ。


このまま蜂蜜で改良を進めても、本当に目指すものに辿り着ける気がしない。そう考えたメルティは、この道もきっぱりと諦めることにした。



次に、庭で採れたベリーや柑橘類など複数の果物でジュースを作り、それぞれ試してみた。


色は鮮やかな紫色や青緑色など可愛らしい色になったものの、やはりあの臭いは消えない。

一番マシなベリーのでさえ、酸味と薬草の味が混ざり合い、複雑怪奇な味わいに。


「やっぱり、そう簡単にはいかないか……」


更にジュースの分量を増やし、美味しくなるまで調整していく。すると、元の栄養剤が300mlの小瓶サイズだったとすれば、美味しくなるには1Lもの大量のジュースが必要になる。これでは蜂蜜以上にコストが掛かってしまう。そもそも飲み切れない上、持ち運びも難しい。


何度も失敗を重ね、机の上には様々な色の、そして様々な臭いの液体が並んだ。味を誤魔化すだけでは、根本的な解決にはならないと痛感する。



***


そんなある日、メルティはアトリエの隅に積まれた書物が目に入った。それは錬金術や薬草の書物ではなく、祖母が日々の感想などを書いた雑記のようなもののようだった。


“息子は私に似ず、ぼんやりしているのに頑固だ”だとか“この地域は薬草が豊富で色々作りたくなる”だとか祖母の飾らない言葉が並び、なんとはなしにページをめくっていくと、一際目を引く記述が飛び込んできた。


“息子は隠そうとしているが栄養剤が嫌らしい。無理しなくなるまで味の改良はなしだね”と栄養剤についての記述があった。


そのページの最後の方に、“不味さの克服には素材の純度を極限まで高めてみるかな”とあったが、どうやら実践していないようだった。


当時の風潮では、魔法薬の改良は、より上質な素材を使用したり、術者の力量によるものだったようだ。


メルティは錬金術士ではない。あくまで《調合》スキルがあるだけの薬師の駆け出しだ。だが、錬金術士の視点はどこか新鮮で、ここにヒントがあるような気がした。


「素材の純度を極限まで高める…かあ…」


気分を変えようとアトリエから出て歩き出す。

せっかくだからとウェルズ商会の品物を見に行くことにした。



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