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約束のとき

ラウルたち商会一家がヘーゼルコート家の大広間に通されると、すぐに賑やかな声が響き渡った。久しぶりの再会にメルティは思わず胸が弾んだ。


ヘーゼルコート男爵家とラウルが所属するウェルズ商会との交流はメルティが6歳頃から始まったので、交流年数は短い。


ウェルズ商会はラウルの祖父が率いる王都の大商会から枝分かれした商会だ。商会としては若いウェルズ商会は、ウェルフォード商会の影響が色濃い王都周辺から離れ、新たな取引先を求めてこの田舎領に足を運ぶようになったのだ。


定期的に訪れるようになったウェルズ商会はこのヘーゼルコート領に馴染み、親しい交流が行われるようになった。公的な商談においては、小規模とはいえ商会と男爵家として礼節を保ちつつも、それ以外の時間は身分や年齢の壁を越え、互いを深く信頼する間柄となっていった。


ラウルは兄と歳が離れており、ラウルの父がウェルズ商会の正式な代表だが、半ばその兄がほぼ商会を引き継いでいる。そんなラウルの兄とメルティの兄姉はそれぞれの立場で重責を担う者同士、ラウルの兄とメルティの兄姉は意気投合し、会話が弾んでいた。


メルティがラウルと親しくなったように、親や兄姉たちもそれぞれ親交を深めていた。



「ラウル、久しぶり! 背、また伸びたね!」


「メルティもすっかりお姉さんになったじゃないか」


他愛ない会話から始まった再会は、家族の挨拶やウェルズ一家の旅の土産話、領地の近況報告や最近の流行から派生した商談まで、尽きることなく続き、広間の時間はあっという間に過ぎた。


メルティはラウルに祖母の錬金部屋のことを、ラウルは王都での学校生活や新しい商売の知識を早く教え合いたいと胸を躍らせていたが、なかなか2人でゆっくり時間が取る機会が訪れない。


日も暮れ始め、ようやく二人が広間の片隅で落ち着いた頃、ラウルが切り出した。


「それで、メルティ。スキル判定はどうだったんだ?」


その言葉にメルティは少し身構えた。大切な約束だった。自分のスキルを話すのは少し恥ずかしいけれど、ラウルにはどうしても話したかった。


「うん…私、スキル判定、受けたよ。私のスキルはね、《調合》と《凝縮》だったんだ」


メルティは俯きがちに、小さな声でそう告げた。

どんな反応をされるだろうか。地味なスキルだとがっかりされるだろうか。不安で顔を上げることができなかった。


「《調合》と《凝縮》か!良かったじゃないか、メルティ!」


しかし、ラウルは予想に反して嬉し気な明るい声だった。

メルティは驚いて顔を上げた。

ラウルの表情は心から喜んでいるように見えた。


「だってそのスキル、メルティにぴったりじゃないか。メルティは昔から植物が好きだし、小さい頃は錬金術士の真似事をよくやっていただろう?そこらの雑草を石ですり潰しては何とかの薬だ、って。お祖母様の事大好きだったしな」



ラウルはメルティも忘れているような、幼い頃の、錬金術の招きをしていたことを覚えていた。嘘偽りなくメルティのスキルがぴったりだと喜んでいるラウルの様子だ。


ふとメルティは思い出す。

そういえば、あの約束を交わした時もラウルはまるで自分のスキルを既に分かっているかのように『きっとメルティにぴったりの素敵なスキルだよ』と、妙に確信を持った言い方をしていたことを。


「ねえ、ラウル。判定式の前になんだか確信を持った言い方してたよね?どうして分かったの?まるで、私のスキルを知っていたみたいだった…」


メルティが尋ねるとラウルは少し照れたように頭を掻いた。


「ああ、それは…俺のスキルが関係してるんだ。

俺のスキルはね、《直感》と《保存》なんだ。」


「《直感》と《保存》…?」


メルティは目を見開いた。

《直感》。確かにラウルらしいスキルだと感じた。性格だと思っていたが、彼はいつも物事の本質を的確に捉え、正しい判断を下すことに長けていた。

それに、《保存》は商売を生業にしている者の必須とも云える系統のスキルだ。


「そう。何となく、こうなるだろうなって予感がするだけさ。別に未来が見えるわけじゃない。ただ、メルティのスキルがメルティの人生をきっと明るくしてくれる、良い予感がしたんだ」


彼は普段、王都で暮らしている。王都は貴族がたくさんいるし商会の人間として様々な人たちと接しているのだからきっと色々なスキルも知っているだろう。

メルティよりも貴族らしいスキルを持った人はきっとたくさんいる。それなのにラウルは“良い予感”がしたのだと、何のスキルが分かってもメルティらしい良いスキルだと褒めてくれた。


正直、メルティのスキルは貴族らしいとはいえない。

でもメルティはメルティなのだと家族ではないラウルに言われたからこそ、優しくメルティの心に染み入っていった。


「ありがとう、ラウル。

それと、私にスキルを教えてくれてありがとう」


「いや、勿体振ったけど、俺のスキルこそ、そんなに大したものじゃないんだ」


改めてお礼を言われると照れつつも決まり悪そうにするラウル。

最初は今のメルティのように地味に思えて言えなかっただけだが、あとはなんとなく“2人の約束”にしたかっだけなのだ。


「俺のスキル、《保存》は俺の一族なら大体持ってるんだ。個人で容量が違うし、多少使い勝手が違ったりするけど、商人なら割と持ってることが多い」


「それに、《直感》だって、なんとなく分かる程度だからそれ以上はちゃんと調べたりする必要がある。デメリットこそ少ないけど凄いスキルかといえば微妙かな」


少し巫山戯たように笑うラウル。

そんなラウルを見ていられなかったメルティは真っ直ぐ目を見て否定した。


「そんな事ない!だってラウル優しいもん!」


「え?」


「だって、私のスキル、《直感》で悪くないって分かったから言ってくれたんでしょ?何も感じてなかったら約束だってしてなかっただろうし、ラウルが持ってるから、素敵なスキルなんだよ」

「それにそれに、《保存》のスキルだって、ラウルがラウルのお父様みたく商売出来るって事でしょ?ラウル、商売のお勉強、ずっとしてたもの。とっても大事なスキルよ」

「それに、それに、…」


「分かった!分かったよ、メルティ!

もう、いいから……」


心の奥底では気にしていた事が溢れてしまったが、それを勢い良く否定され、顔が赤くなってしまう。


興奮からかだんだん声が大きくなっていくメルティを強引に止めるべく、片手でメルティの口を塞ぐ。

もう片方の手は赤くなった己の顔を隠す為だ。


「あ〜、ありがとう、な。

………俺さ、自分の商会、作りたいんだ、将来。

父さんみたいに、自分の商会で自分が見つけた品物を必要としてる人を売りたい。だから、今、父さんたちに着いて色んなとこ見させてもらってるんだ」


年下の女の子の前で情けないと思いつつ、この際だと今まで口にしてしなかった夢も話すことにした。


「出来るよ!ラウルなら、絶対に出来る!

私、《直感》スキルないけど、分かるよ!」


「はは!ありがとな。

俺もまだまだスキルを使いこなせている訳じゃないけど、幸い家族が同じスキルを持っている。

商売のことだけじゃなく、スキルのことももっと鍛えなきゃな!」


それからは、和やかな雰囲気でお互いのことを話していく。


「そうだ、父さんから聞いたよ。メルティがお祖母様の錬金部屋を使わせてもらえるようになったって。すごいじゃないか!」


「うん……!」


メルティは嬉しくて、つい身を乗り出した。

たくさん失敗したこと、兄が渡してくれた祖母の手引書が自分にとても合っていたこと、ついに《調合》スキルでちゃんとした傷薬を作成出来るようになったこと、そしてその傷薬を見て父がアトリエの鍵を渡してくれたこと…真剣な表情で聞いてくれるラウルが嬉しくてメルティも話が止まらない。


「でね、これがその鍵なの!」


ラウルは手のひらに乗せられた小さな鍵を興味深そうに眺めた。

ずっしりとした真鍮製で、鍵の持ち手には葉の形をした装飾があり、その中心にはつるりと丸いヘーゼルナッツが象られている。


「これが、メルティのお祖母様が使っていたって云うアトリエの鍵?」


メルティは誇らしげな表情でこくりと頷いた。


「そうよ! ヘーゼルナッツのモチーフが可愛いでしょ?」


ラウルは鍵を眺めながら、ふと思い出したように言った。


「確かヘーゼルナッツって昔から知恵や調和、それに魔除けの意味があるって聞いたことがあるんだ。幸運もあったかな?メルティにぴったりだ」


その言葉にメルティは頬を染めて照れくさそうに笑った。

ヘーゼルコート家の家紋にも使われるヘーゼルナッツ。その意味と、そのヘーゼルナッツがメルティにぴったりなのだと話すラウルの言葉が胸いっぱいに満たされる。


「メルティのスキルは、きっとメルティの毎日をもっと楽しくしてくれるね。楽しみだ」



彼の言葉はメルティの胸の奥に温かい光を灯した。


いつか、私の作った魔法薬がラウルの商会に並ぶと良いな。メルティの心に新しく小さな夢が芽生えた。


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