薬草をよく知ろう
メルティ・ヘーゼルコートにとって、魔法薬作りとは今は亡き祖母が生み出す正しく魔法だった。幼い頃は遠くからよく見学していたものだ。
不器用だから作れる訳がないと最初から諦めていたけれど、いざ魔法薬が作れるスキルだと判明したからには今度こそ諦めずに幼い頃からの憧れを叶えようと決意した。
入門編として知られる傷薬の魔法薬であれば、少しの薬草の知識があれば、特別な器材や部屋がなくても作成可能という。
傷薬の作成に使われる薬草はこの領でもありふれたものばかり。
快復草と光苔はどの地域でも採取可能と云われる程どこでも生えているので、結果の内側でもよく採れる。しかも調合によく使う浄化水は屋敷に既にある。
足りなければそこそこの品質のものが学校で購入可能だし、簡単に用意が出来そうだ。
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学校は基本的に遅くても14時には終わる。
午後は鍛錬の時間となっているが、先生を捕まえてスキルの相談をしたり家業の手伝いをしたりと自由だ。
メルティは早速薬草を採取に行こうと思い、小遣い稼ぎをしたい級友たちを誘った。
紛らわしい形の植物も少なく毒性もない上、需要も高い快復草や光苔は冒険者登録したての子どもたちにとって人気の植物だ。
近場であれば日中なら大人の同伴なしで薬草採取可能なので、まずは学校近くの森で採取する。
とはいえ、誰もが何かしらの防衛グッズを用意している。
まだまだ子どもなメルティたちは万が一モンスターに遭遇しても倒せない為、対抗手段は煙玉や照明弾など、逃亡の時間稼ぎのものばかりだ。
人里近い森では滅多にモンスターと遭遇しないと分かっていても警戒しながら森を進む。
あまり奥に入り過ぎないように注意して薬草を摘んでいった。
この日は何事もなく多くの薬草を採取でき、初の薬草採取は大成功といえよう。
級友たちと冒険者ギルドに向かい、メルティは自分ではまだ扱えない薬草の買い取りを依頼しに行く。
いつか今日買い取ってもらった薬草も使いこなしたいと夢見ながら―――
しかし、現実は厳しかった。
早速、自室で傷薬の魔法薬を調合してみたくて、いきなり《調合》スキルを使って魔法薬を作ろうとしたが魔力が過剰だったのか薬草が黒ずんで腐ったような見た目になってしまった。
快復草も光苔も決して扱いの難しい薬草ではない。
試しにスキルを使わずに作成してみるとちゃんと傷薬になっている。慣れない手作業で作成した為、効果はイマイチな出来だが、スキルを使った傷薬とは見た目からして雲泥の差だ。
おそらく、《調合》スキルを使ったほうの傷薬は、それぞれの薬草の下処理が不十分で上手く混ざり切らず、また魔力を込めすぎた結果、薬草が魔力に耐えきれず魔力焼けを起こしたのだろう。
彼女が持つスキル《調合》は、その名の通り薬草を混ぜ合わせ、それぞれの効果を相乗効果で高め合う、繊細なものだった。
ただ魔力で強引に魔法薬を作ろうといてもまともな物は作れないと分かったメルティは、出来上がった2種類の傷薬を手にして先生に相談したところ、薬草自体の理解を深めてはどうかとアドバイスをもらった。
アドバイスを元に、薬草採取を通じて薬草の生育環境や葉や根の形、図鑑と見比べながら薬効成分を改めて学び直すことにした。
級友や、時には家族や使用人に薬草採取に付き合ってもらい、少しずつ理解を深めていった。
うまく行かない事ばかりだけど、目標が出来たおかげか忙しなくとも充実した毎日を過ごしていた。
***
兄ミカエルは《環境把握》という次期領主にうってつけのスキルを持っている。
一つしか違わないはずの兄は幼い頃こそヤンチャだったが、いつしか嫡男としての自覚を持ち、年齢以上の落ち着きを持つようになっていた。
そんな兄もスキル判定式前は心配のあまり胃を痛めていたそうだが、結果次期領主として最良とも云えるスキルだと分かり、そのときばかりは年相応の笑顔を浮かべていたものだ。
女神様にも次期領主として認められたような嬉しさと、家族にも恵まれ、ますます立派な領主になろうと日々奮闘している。
そんなしっかり者で真面目な兄だが、心配性でもあり、特に末っ子メルティのことはハラハラしながらよく気にしている。
何度もメルティの薬草採取にも領の見廻りがてら付き合い、結界の不備や住民の様子などを確認していた。
ある日、ミカエルは書庫で見つけた初心者向けの手引書を手にメルティの部屋を訪ねた。
恐らく祖母が使っていたのだろう、草臥れたその手引書には走り書きしたメモ用紙も挟まっており、随分使い込んだ跡が見える。
現代のスキルありきの調合や手順そのものが重視された書物と違い、薬草の特性がメインに書かれていたその手引書は、まさに今のメルティにとって運命の書だった!
初心者向けらしく分かりやすい言い回し、細かい図式とともに詳細な効用……
メルティに欠けていた薬草の解像度が上がり、ピースが埋まっていくような感覚がした。
おそらく祖母も似たような感覚の持ち主だったのだろう。
書き込まれたメモと一緒に大切に胸に抱えて走り出す。
「兄様、ありがとう!!
私、もっともっと勉強してお祖母様みたいな薬師になるわ!」
「喜んでくれたようで良かった。
でも少し落ち着きなさい。もうレディなんだから屋敷内で走らないんだよ」
興奮して目を輝かせるメルティを宥めながら兄ミカエルも嬉しそうに笑う。
既に自室に戻っていた兄ミカエルは駆け込んできた妹に形だけ注意して、興奮のまま話し出すメルティの話に耳を傾ける。
結局その日は夕食の時間だと呼ばれるまで話が尽きない妹と、微笑ましい顔で頷く兄の姿が見られた。
***
それからは飛躍的に薬草について学べるようになった。
あの手引書はメルティが如何に薬草について深く学べるかの指南書でもあった。
今までどこかぼんやりしていたイメージが補完され、他の本を読んでも以前よりずっと理解出来るようになったのだ。
そうして、今度こそと《調合》スキルで傷薬を調合する。
丁寧に下処理し、薬効成分を思い出し、完成形を頭に浮かべながら、少しずつ慎重に魔力を流す。
そうして出来た傷薬は、前に作ったのと比べ物にならない程、高品質なものだった。
「やった……!
出来た!完成!!」
喜び跳ねて完成したばかりの傷薬を持って自室から飛び出す。
目指すは協力してくれた姉兄の面々。
この前兄に注意されたのも忘れ、まずは最も協力してくれた兄の元へ走る。
今の時間は父と一緒に執務室だろうと当たりをつけ、走っていった。
途中すれ違った使用人を驚かせたので、見苦しくないように頑張ってスピードは抑えて執務室に急ぐ。
走らないギリギリの早足で執務室に着くと深呼吸して扉をノックした。
「メルティです。今お時間大丈夫ですか?」
「入っておいで。どうしたんだい?」
許可を得て入室するとやはり兄も執務室におり、なにやら書類と闘っていた。
穏やかな声だったので問題はないだろうと持ってきていた傷薬を自慢気に出す。
「お父様、お兄様。私ついに傷薬をスキルで作成することが出来ました!」
「「おお!」」
「やったな、おめでとう!
薬師として一歩踏み出せたんだな!」
「おめでとう、メルティ。
効果も流通している傷薬と比べても遜色ない。
よく挫けず頑張ったな!」
二人に手放しで一緒に喜んでもらえて、メルティは改めてじわじわと実感が生まれ、喜びのまま、二人に飛びつく。
「ありがとう、二人とも!
もっともっとも〜〜〜っと私頑張るわ!」
幼子のように笑う末っ子に耐えきれず笑うと、更にメルティも笑う。
暫く和やかな空気が続いた。
「メルティ、これを」
父が差し出したのは古い鍵だった。
「これは母屋の東にある小屋の鍵だ。お前のお祖母様は生前そこで錬金術をしていた。
ずっと使う人間がいないので封印していたが、その鍵があれば部屋の中の時間も動き出す。
お前の使えない器具もあるだろうが、今では手に入らない希少な魔道具もあるかもしれない。
未処理の薬草も別口で封印されているだろうから、そちらは扱えるようになってからゆっくり使いなさい。
大事にするように」
「………それって、私がそのアトリエを使っていい、って事、ですか…?」
「ああ。何かひとつ、形になるようなら渡そうと決めていた。
お前は物を大事にする子だし、ドジはあれど仕事は丁寧だ。ただ、無理はしないように!
アトリエに入る時間は設けるし時々様子は見るからな!」
最後は厳しい目をしながら渡してくれた鍵は、アンティークなのどこか可愛いらしい鍵だ。
父が渡してくれたその鍵は鈍く光る真鍮製で、柄の部分には、ヘーゼルコート家の家紋であるヘーゼルナッツの葉が幾重にも重なり合い、その隙間から今にもこぼれ落ちそうなほど小さな実が顔を覗かせていた。
軸の部分はヘーゼルナッツの幹のようにごつごつとした質感を持ち、鍵先の部分は総苞に包まれた実の形を模していた。
それは、この古く温かいヘーゼルコート家と、ヘーゼルコート家を愛した祖母のようだと思った。
両手で鍵を包みこんで、祖母に恥じない薬師になろうと誓う。
また、まだまだひよっ子な、傷薬ひとつ出来ただけの娘に偉大な祖母の錬金アトリエを使わせてくれる、その両親の期待に応えられるように精進しよう。
知らないことはたくさんある。
でも新たな魔法薬作りの世界も広がっているはずだ。
彼女の不器用な手は、確かに魔法薬作りの才能を秘めていた。
そして今、小さな一歩を踏み出そうとしていた。
察している方もいるでしょうが、作者が名前を覚えきれないので名前付きキャラは多くしません。
出しても続けては出さない予定です。
ちなみにヘーゼルコート家の名前のイニシャルは全員Мです。わかりやすいといいな。




