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最悪の再会

お待たせしました〜

明けましておめでとうございます!

少し時を遡って調合釜が青紫色の毒々しい煙を噴き上げる、その数分前のこと。領主の執務室では、メルティの父が落ち着かない様子で執務を熟していた。


「……ふぅ…」


ずっと胸騒ぎがしていて落ち着かず、目の前の書類に目を向けようにもどうにも集中出来なかった為、仕方なく諦めて手を休めていたところだ。


ずっと気にしているのは、末娘のメルティのことだ。


最近のメルティは壁にぶつかりつつも順調に成果を上げているからか、少々雑になっているのではないかという懸念があった。


今まで積極的にしていた母の手伝いが目に見えて減り、手伝っても気がそぞろなのか、手順を前後するわ物を落とすわ零すわと小さなミスが随分と増えている。母からも「心ここにあらずね」と苦笑されていたほどだ。


本人は大した問題ではないと気にしていないが、同じ調子で調合中にもミスをしやしないか、それが大きなミスに繋がらないかと心配していた。


しかし、今は調合に意欲的に取り組んでおり、目標に向けて着実に成果も上げているからこそ下手に水を差すことは憚られ、注意を向けるだけに留めていた。



メルティの知識自体は、この領の豊富な書物と祖母から受け継いだ下地により、既に2級相当であるだろう。


多様な薬草の産地であるヘーゼルコート領の書庫は勿論薬草関係の本が多い。絵本代わりとまではいかなくとも目に触れる機会が多い。その上、幼い頃から生きた薬草を見慣れている。しかも錬金術士の祖母に懐き、調合を覗いていたからか調合知識の下地も少なからずあるのだ。

ただ、その祖母も亡くなり、学校で基礎を教わっても調合の実務を指導してくれる人間が身近にいない為、どうしても知識と経験に大きな隔たりがあった。その圧倒的な経験不足がいつか大きな失敗を招くのではないかという不安が父を落ち着かなくさせていた。



――ドゥボン……!



「なっ?!これは…アトリエのほうからか!」


そんな中、聞こえた鈍い音と広がる異臭に己の懸念が的中してしまったのだと、アトリエに急ぎ向かうのだった。



***


アトリエでは―――



「な、なんとかしなきゃ…!えと…えと…」


パニックに陥り、どうにか事態を収束させようにも解決策が思い付かない。


迂闊に近付くと体調不良になりかねない程の乱れた魔力の波紋が広がり、体調を崩しそうな程の悪臭を放っている。


今まで本で読んだ対処法を実行しようにも何が有効

冷静に考えられない。用意していた鎮静薬すらどこかに転がったようで手の届く場所には無いようだった。


無理に魔法で何とかしようとすると却って魔力暴走を起こしそうで、それだけはダメだと僅かに残った理性で考えるも他に何も考えられず、混乱は加速するばかり。


頭の中ではどうにか「調合失敗の対処法」をいくつか思い浮かべるが、様々な知識が錯綜していて考えがまとまらない。


視界は青紫の煙に覆われ、喉は焼けるように痛い。

「どうしよう、どうしよう」と唇は震え、指先は氷のように冷たく、思考は真っ白なまま。


メルティはただ混乱したまま立ち尽くすしか出来なかった。


「メルティ!」


そこに、異変を察した父親が駆け込んでくる。

その姿を見た瞬間、張り詰めていた恐怖が涙となって溢れ出した。


父がアトリエの扉を開けると同時に内部から悪臭と煙が扉の外に激しく噴き出し、その強烈な臭いに思わず父も顔を顰める。


「くっ……メルティ、無事か!?」


「お、お父様!ごめ、なさい、失敗して…ひっく…」


急な煙と悪臭に咳き込みながら呼びかける父の声に我に返ったメルティの声は、今にも泣き出しそうだった。


そして、父がアトリエに着くと同時に、異変に気付いた兄ミカエルや姉ミレーナ、そして使用人たちもアトリエでの異変に気が付き、アトリエに集まってきた。


メルティがまだ混乱していて動けないと見るや、父は集まった住人に二次被害を防ぐ為の指示を出していく。


調合釜の反応は未だ止まらないままだが、時間経過か新鮮な空気に触れたおかげか奇妙な魔力の波紋は大分収まり、それ以上の反応は起こらないようだった。


そんな調合釜を警戒しながらアトリエ内の窓や扉を開けて換気をし、屋敷にも悪臭が流れないよう対処していった。


幸い、アトリエはヘーゼルコート家の敷地内にある比較的小さな離れ。悪臭はあるものの火災ではない為、被害は最小限に抑えられそうだ。


しかしアトリエ内では、今も釜からあふれ続ける紫色の泡が床を這い、止まずに出続ける煙が視界を遮る。父も兄も元凶の対処を試みるが、この規模の調合の暴走は彼らも専門外であり、釜からあふれる液体や泡、そして酷い悪臭の煙を止める根本的な解決には至らない。


自分の不器用さと過信が招いた大失敗にメルティは酷く落ち込み、自責の念に駆られていた。


「ごめんなさいぃ…こんな…迷惑っ…ごめん、なさ……」


メルティは泣きながらひたすら謝り続けていた。

周りに凄まじく迷惑を掛けてしまった。

それの後始末も自分で出来なくて、家族が率先して対処してくれた。

自分はその場にいるだけで何も出来なかった。



…どうすればいいか分からなくなっていた。



まだ目の前の調合釜は処理が終わっていない。

いつまた爆発するか誰にも分からないのだ。

その前に対処しなければならないのに、その対処が出来ない。


(こんな大失敗するんだもん…薬師、なれないかも…)


そんな場合ではないのに、対処法を考えなくちゃならないのに、頭に浮かぶのはそんなことばかり。


薬師としての夢が大きく揺らぎ、自信も無くそうとしていた、その時だった。

屋敷の門から焦ったような声が聞こえた。


「申し訳ございませんが、た、ただいま大変混乱しており…!」


「本日約束していた者だ。面会の証はここに。

大変なところ恐縮だが、多少は助力出来ると思う」


門番の声に続いて、落ち着いた、しかし聞き覚えのある声が聞こえた。

屋敷が大混乱に陥っている最中、門が叩かれる音が響き、門番が対応していたのだ。


仮にも貴族の屋敷だ。駆けてはいないものの、最低限失礼がない程度、しかし最速で急ぐ足音が近付いてくる。


屋敷の中を通って最短で来たのだろう、先程閉められた扉が開くと、そこに立っていたのは―――


「ラウル!?」


聞き慣れた声だと思っていたが、まさか本当にラウルだとは。しかもこんな最悪の状況で彼と再会するとは。


メルティは、恥ずかしさと情けなさで青くなっていた顔が真っ赤になった。

格好つけて再会の約束をしたのに、やらかした大失敗の真っ只中の再会だ。穴があったら入りたい。


時期的に王都の学校を卒業してすぐヘーゼルコート領に向かったのだろう。


(まさかこんな状況で再会するなんて……!)


いつもの長期休暇のタイミングと異なる時期の訪問に気が付かなかった。


ラウルは屋敷から漏れ出す尋常ではない悪臭と、彼の《直感》が鳴らす危険信号で、すぐにメルティのアトリエが原因だと察知した。


「メルティ、大丈夫か?この異臭と魔力の乱れ、あれが原因か…」


彼はアトリエ内の惨状を一瞥し、冷静に状況を把握する。釜からあふれる泡と煙、そしてパニック状態のメルティ。


「メルティ、落ち着いて。この釜を丸ごと隔離するから」


ラウルは慌てず、しかし迅速に動いた。

メルティが呆然としている間に、彼は即座に《倉庫》スキルを発動する。

暴走する調合釜を煙ごとその場から消し去った。


異臭と煙の元凶が瞬時に消え、アトリエに急に静寂と安堵が広がる。誰もが深呼吸して悪臭のしない空気に心を落ち着かせていた。


「ラウル殿!これは一体…!?」


父が驚きと安堵の入り混じった表情でラウルに問いかける。

ラウルは一息つき、アトリエに集まった家族に頭を下げた。


「皆様、お久しぶりでございます。

ご挨拶が遅れましたが、私ラウル・ウェルズは、本日よりヘーゼルコート領を新たな活動拠点とさせていただき、挨拶に参った次第でございます」


その言葉に、父とミカエルは顔を見合わせ、苦笑した。二人はラウルの拠点移動を既に知らされており、メルティを驚かせるために黙っていたのだ。


ラウルは王都の学校を卒業し、いよいよ自身の商会を本格的に立ち上げるべく、ヘーゼルコート領を新たな拠点として活動するつもりだったのだ。彼の目的は、ウェルズ商会から離れ、ラウル個人としての経験作り、つまり「修行」だ。


ウェルズ商会はラウルの兄が継ぎ、その体制も整っている。だからラウルは独立して商いをする気でいた。


これまでも様々な地域へウェルズ商会で赴いてきたが、まずはどこかで拠点を作り、小規模な商いから始め、経験を積むことを望んでいた。


そして、ヘーゼルコート領の領主であるメルティの父や次期領主のミカエルの人柄、そして領の人々の気質を知り、また、定期的に家族が訪れるこの地が自身の修行の場として最良だと判断したのだ。


「どうせなら、一番最初にメルティに知らせて驚かせようと思ったんだが…まさかこんな盛大な歓迎を受けるとはな」


ラウルは悪戯っぽく笑った。

その声には、再会の喜びとメルティへの深い信頼が滲んでいる。


大失敗のどん底から、ラウルの登場と機転で一気に救われたメルティ。

恥ずかしさは残るものの、彼の存在がどれほど心強いか、改めて痛感していた。


「ラウル、あの釜…どうすれば…」


メルティが震える声で尋ねると、ラウルは優しい眼差しで頷いた。


「《倉庫》へは一時的に避難させただけだよ。

俺の《倉庫》は中の時間が止まっているが、容量に限りがあるからね、永遠には流石に置いておけない。

広い屋外の場所で解放して、安全に処理する必要がある。その為には、メルティ、君が作ろうとした魔法薬と、使った薬草、そして何を失敗したのか教えてくれるか?」


あくまでメルティ自身に解決策を考えさせ、事態を収拾させる姿勢だ。メルティは顔を上げて涙の跡を拭うと、ラウルの真剣な眼差しに応えようと頭をフル回転させ始めた。


先程までと違い、ちゃんと考えられると冷静に自身の失敗の原因に気付けた。処理の甘さが薬草同士の魔力を衝突させ、メルティの魔力が暴走をダメ押ししたのだ。


用意していた鎮静薬では到底収まらない暴走だ。

効果を上げるには、と再び考え出す。


「……あの鎮静薬じゃ足りない…改良したら……材料は………、……」


時間的余裕が出来て、しっかり考えられる環境があればメルティなら対処出来る。その瞬間、メルティの中で張り詰めていた糸が切れ、同時に冷静さが戻ってきた。ラウルの存在が与えてくれた、思考するための猶予。

その信頼に応えるべく、過去に学んだことを必死に思い出しながら、また調合の書物や祖母の覚書を確認しながら、ここで実現可能な鎮静薬のレシピを懸命に考え始めた。


「満月草の花なら…ダメだぁ〜…時期じゃないから苗しかない…」


「あら、それなら私がなんとか出来るわよ?お忘れかしら。私のスキルを」


「あ!ミレーナお姉様のスキル!!」


「ええ。《植物成長促進》よ。調合に最適な状態まで咲かせることが出来るわ」


「素敵!お姉様お願い!手伝って!」


姉の力も借りられれば上手く出来そうだと目を輝かせた。


そして無事だった紙に乱れた字で材料と作成レシピを書いていく。一度はパニックで消え失せた知識がラウルが稼いでくれた「時間」の中で濁流のように蘇ってきた。時々書いた文字を線で消して訂正しながら完成させたそれを何度も確認して、今度こそ間違いないと頷いた。


今ある材料で作れる、あの失敗作だけに対応した鎮静薬だ。


この改良した鎮静薬は調合の難易度自体はとても簡単なものだったが、ここで失敗すると目も当てられないと父に見てもらう。


父の手元の計画書を兄やラウルも覗き込み、今度こそ無理のない計画書だと材料集めに動き出した。


そして―――――


「《調合》!」


完成した鎮静薬・改により、調合釜の失敗作は無事に無力化する事が出来たのだった。



***



今回の大失敗の経験は、今のメルティの多くの欠点が浮き彫りになった。

 


薬師2級の試験が思ったより簡単だったからか、実力以上に自信を持っていた事。


自分には頼りになる家族がいたのに忠告に耳を貸さずにひとりで突っ走っていた事。


薬師2級の試験を前に焦っていた事。


自分が思っている以上に不器用である事。


知識があってもいざというときに出てこないのは、やはり経験不足である事。



焦らず、今の自分にできることを一つずつ積み上げよう。


「……次の2級試験は、見送ります」


父に告げた声に、迷いはなかった。

これまで運良く大きな失敗がなかっただけで、まだまだ実力が足りないと、次回の薬師2級試験は見送る事にした。


無理に背伸びをして資格を取るよりも今はまだ、この失敗を糧に基礎を固める時期なのだ。


「その代わり、次は絶対に一発で最高の品質で合格してみせます!」


失敗の影が消えたメルティの瞳には、以前よりも深く静かな情熱が宿っていた。


不器用さはどうしようもないが、上手く焼けなかったパンが美味しく焼けるようになったように、調合を繰り返して確かな魔法薬を調合出来るようになったように、焦らず出来る事を確実に増やしていくことにしたのだ。


まだ卒業までに数回、試験のチャンスがある。


まずは今回迷惑や心配を掛けてしまった家族に謝罪と御礼を伝えよう。


そしてラウルにも改めて御礼と、この領を拠点にすることを歓迎したい。自分に黙っていたことは、ちょっと拗ねて頬が膨れてしまうだろうけども。


今回、ラウルがいてくれたお陰で本当に助かったのだ。

あの時、ラウルがいなければもしかしたら屋敷全体、もしくはもっと被害が大きくなっていたかもしれない。

《倉庫》スキルで原因を緊急避難出来たことで、落ち着いて対処法を考える時間が、そして対処する為の魔法薬を作る時間が出来た。


焦った気持ちのままでは対処を誤っていた可能性が高かったと、今は思う。


(それに、ラウルの姿見たらなんとかしなきゃって思えたんだよね…)


ずっと親しくしていて、とても頼りになるラウル。

それはスキルだけでなく、その人柄も頼もしい。

メルティも家族以外で1番頼りにしている自覚があった。


まだ学生のメルティにとって、3つの年の差はかなり大きい。1つ上の兄ミカエルにも全然及ばない。


ただそれだけに、いざとなったらラウルがいる、ラウルがなんとかしてくれると思わないようにしたいのだ。


だが、今はまだ実力が伴っていない自覚があるので、依存しないよう気を付けつつ、頼りにしようと思う。


ひとまずは、行商の品目増やしがてらメルティの作った魔法薬をいくつかお詫びも込めて持っていく事にした。


まだ薬師3級だからオリジナルになる丸薬の魔法薬は売れないが、栄養剤や腹痛薬など一般的な魔法薬は需要があるはずだ。


完全な譲渡だと受け取ってくれないけど、低価格だったら受け取ってくれるかもしれない。


(今回の失敗で薬の効果に不安があるだろうけど、鑑定書もあれば扱ってくれるかな?)


あれこれ考えながら渡す魔法薬を選定していく。

その顔は失敗に青くなっていた影が完全に消え、やる気に満ちたものだった。


この大失敗はメルティにとって、2級薬師の資格よりも遥かに価値のある最高の教訓となったようだ。


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