魔力増幅薬の罠
待っていてくれた方、いましたら大変お待たせしました!
腹痛薬の成功からまたいくつか季節が過ぎていき、メルティが13才の春を迎える頃、メルティはこれまで調合してきたものより一段難しい魔法薬の調合に挑戦するつもりでいた。
これまでメルティは品質こそ基準以上の魔法薬を納品してきたが、悪くいえば薬師3級相応の魔法薬しか調合出来ていない。
薬師2級の試験は年に2回あり、受験するには薬師3級取得後1年以上であることと、相応の調合実績が必要になる。
メルティは3級取得後、冒険者ギルドに調合した魔法薬の納品を継続的にしてきたことで、受験資格の最低限のラインをクリアしていた。
そこで、2級に足るスキルがあるのだと、半年後の受験の前に難しい魔法薬の調合実績を増やすのが大きな目的だ。
今回調合するのは、ズバリ“魔力増幅薬”。
一時的に魔力を飛躍的に回復・増加させるが副作用も強い、冒険者がいざという時の為にひとつは持っておきたい奥の手ともいえる魔法薬である。
当然、調合難易度が高く、調合技術が低ければ完成しても副作用がすぐに表れ、回復した魔力が暴走しかねない、扱いも難しい魔法薬だ。
魔力が多く含まれる複数の薬草を使うので、それぞれ反発しないように効果を高めなければならず、中でも“精霊樹の雫”が別格に扱いが難しい。
しかし、この“精霊樹の雫”は上位の回復薬に使われる事が多く、使いこなせるか否かで薬師としての腕が分かるともいわれている。
今回の“魔力増幅薬”のレシピは、メルティには作成の難易度が高いものの、他の材料がこのあたりの気候ではよく育ち、材料の確保が比較的容易だった為、踏み切った。
***
難易度の高い魔法薬調合の為、まだ学生のメルティは調合計画書を手に父の元に訪れた。薬師で活動をしていても成人前なので、一定以上の挑戦の場合、親の許可が必要なのだ。
職業によっては簡単な口頭での許可だったり親の立ち合いだったりと許可の出し方は様々。
メルティの場合は、父が領主である立場上、厳格に定めている為、しっかり計画書を書いてきた。
将来のレシピの書類作成の練習も兼ねて丁寧に書いている。
「ふむ…良く出来ているようだが、この通りに進められるのか?
タイミングがシビアな場面が複数あるし、何事もアクシデントは付き物だ。この計画書では何かあったときのリカバリーの時間が少ないように思える」
「大丈夫です!確かに精霊樹の雫は扱いが難しそうだけど下処理は先に済ませられるし、他の素材だって何度も扱って慣れてますし!」
「しかし、扱う薬草の数が増えれば増えるほど、調合は足し算ではなく掛け算で難しくなるものだぞ。特に精霊樹の雫は魔力の波長が鋭敏だという。過去の失敗例も多い」
「はい!だからこそ何度もシミュレーションして、下処理から調合まで細かく完璧な手順を組みました!これなら失敗しません!」
そんなメルティの自信満々な姿に父は眉をひそめたが、計画書は多少の粗こそあるもののよく練られており、阻止する決定的な理由もない。少々気に掛かるものの、『油断はしないように』と念押しするに留め、許可を出した。
また一歩、理想に近付けたようで逸る気持ちを抑えきれず、弾むような足取りでアトリエに戻った。
次の休日に調合しようと素材を揃え出す。
その手つきは慎重ではあったが、心の内には『3級までは簡単だった』という小さな慢心が渦巻いていた。
高度な調合を前に浮足立っているメルティの微かな驕りを心配そうに見ていた父親に気づかないまま―――
***
次の休日のこと。
朝からそわそわしながら、いよいよ“魔力増幅薬”の調合開始である。
まずは最難関である“精霊樹の雫”の下処理から始める。ゆっくり丁寧に処理を終え、まずまずの仕上がりだ。
手間取りそうな薬草の下処理が上手くいき、順調なスタートだと、内心浮かれていた。
しかし、順調だったのはここまでだった。
見知った薬草も今回のレシピでは、それまでのレシピにはなかった『ひと手間』が必要とされた。
ひと手間くらいの差だと軽く考えていたが、精霊樹の雫の緊張感と相まって、調合のペースが乱れ、どうもシミュレーション通りにいかない。
中でも、“マンドラゴラモドキ”は栄養剤の調合でも使用した薬草だが、今回はより魔力が魔法薬に宿すように温度を固定して手早く抽出する必要がある。
余談だが、本来の“マンドラゴラモドキ”の使い方としては今回の方法のほうが効能が高く、中級魔法薬以上に使う場合は必須の処理と言えよう。
栄養剤には魔力ではなく体力回復を目的にした魔法薬だからとメルティの祖母は簡易な調合にしていたのだ。
今回は勿論、最大限ポテンシャルを引き出す為、より丁寧な下処理が必要になる。
「いけない!この温度だと十分な抽出が出来ない!」
小さな焦りがメルティの手元を狂わせ始める。
使用する薬草が多い上、使った事がある薬草でもこうして処理の方法が異なるものがある為、調合のリズムが狂うとたちまち調合全体のバランスが崩れる。
シミュレーション通りとはいかないものの、なんとか形になり、次の工程に進めていく。
しかし、完全な不純物の除去や十分な加熱や冷却、不揃いな薬草など、メルティの不器用さが徐々に影響を及ぼし、少しずつミスが増えていった。
それでも目の前の作業にいっぱいいっぱいのメルティはそれらのミスに気付かず、半ば強引に調合を進めていった。
調合釜に次の素材を投入し、魔力を込めた、その瞬間――
「あっ、しまった!」
調合工程も終わりが見えかけ、一瞬気が抜けた。
魔力が強すぎたのか、強さが安定しなかったのか、増幅薬の原液はメルティの未熟な制御を振り切り、釜の中の魔法薬が激しく暴走し、思わぬ反応がしてしまったのだ。
――ドゥボン……!
奇妙な音と共に青紫色の毒々しい煙が立ち上り、釜の中の液体がみるみるうちに異様に膨張していき、泡を吹き始めた。
咄嗟に調合釜から距離を取った為、吹き出した液体に掛からなかったが、呆然とその様を見る事しか出来ない。
尚も反応が続き、ブクブクと音を立てながら釜の縁から少しずつ溢れ出している。調合釜から噴き出している煙は開けていた窓から出るより多く噴いているのが、瞬く間にアトリエの中を覆い始めた。
祖母の栄養剤も遥かに超える鼻を衝く強烈な悪臭が充満し、目と鼻の奥を焼くような刺激に我に返ったが、煙に混じってピリピリとした奇妙な魔力の波紋もアトリエ全体に広がり、メルティは吐き気と目眩に襲われた。
「な、なにこれ!?だ、だめ、どうしよう!」
混乱の中、メルティはただ、目の前の惨状を見つめることしかできなかった。
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