既視感の正体
それから数年が経過した。
メルティは、無事に3級薬師の資格を取得した。
3級は基本的な知識が多く、身近な薬草ばかり出題される為、特段苦戦することなく合格することが出来た。
初めて専門職の資格を有した事で、メルティは薬師という大きな道に一歩、確かに足を踏み入れたのだと喜んだ。その最初の実感は冒険者ギルドで正式に3級薬師として登録し直した際、受付嬢が「メルティ様、おめでとうございます」と笑顔で声をかけてくれた時だ。
今までは薬草採取や傷薬といった簡易魔法薬の買い取りが主な、謂わば学生の活動範囲だった。それが公的に認められた薬師の活動範囲に広がるのだ。
資格があれば、自家製の本格的な薬草の売買も可能になる。兄や姉も、「メルティが作った薬を市販薬として正式に扱えるな」と喜んでくれた。その資格証は彼女の努力の証明であり、“薬師見習い”から“薬師”へと肩書きが変わった瞬間でもあった。
「おめでとう、メルティ。これで胸を張って『薬師です』と言えるな」
「ありがとうございます、お父様!
でも、これはまだ最初の一歩です。次は2級を目指して、もっと多くの人を助けられるようになります!」
家族から祝いの言葉をもらい、ささやかながらも内輪で好物ばかりのお祝いもしてくれ、ますますやる気になったメルティは現在、より高度な薬の調合に必要な知識と技術を学ぶ為、2級薬師の資格を目指して勉強を続けている。その間にも《調合》スキルを着実に磨き、今ではいくつかの新しい魔法薬を作れるようになっていた。
そのうちのひとつ、腹痛薬の魔法薬を作った際、メルティは予期せぬ扉を開くこととなった。
***
祖母のレシピにある腹痛薬に必要な材料は、“古木の燻製樹液”に、“茜の葉”、“コガネ樹皮”、“安らぎ甘草”、それと“常夏蜜柑の皮”の5つ。
中でも入手が難関だったのが、“常夏蜜柑の皮”だ。
このヘーゼルコート領は年間を通して穏やかな気候で、様々な薬草が育つが、常夏蜜柑はその名の通り、常夏の気候で育つ。
乾燥した常夏蜜柑の皮が必要なので、長期保存は容易だが、そもそもこの辺りの地域では到底育たないこの常夏蜜柑が中々に入手難易度が高い。
その為、作成難易度の割にずっと材料を揃えられずにいたのだ。
「ああ、メルティ。頼んでいた薬草が届いたよ。一旦屋敷のほうでまとめてあるから後で取りに来なさい」
「え!常夏蜜柑の皮!?やったぁ!ありがとう、お父様!」
馴染みの商会のひとつに何度もお願いして、ついに最後の薬草が届いたのだ。
馴染みの商会のひとつが遠方へ行くと知り、メルティからも頼んでいた。商会も薬師になるというメルティの事情に快く受けてくれた。ただ、常夏蜜柑の産地よりも更に遠方へ赴くという話だった為、メルティの元に届くまで時間が掛かっていた。時間が掛かると分かっていても中々落ち着かない日々を過ごしていたのだ。
「はは、メルティの熱心なお願いに商会の者たちも張り合いがあったようだよ。遠方への商売のついでに、と快く手配してくれた」
「ずっと南部のほうへ足を伸ばすと言っていたが、思ったより早く領に来たね。もしかしたら、早くメルティの喜ぶ顔が見たかったのかもしれないね?」
「わあ!こんなに綺麗な色の常夏蜜柑とは思っていませんでした!おじ様たちにお礼言わないと!」
「ああ、いつもの宿舎のほうにいるよ。だが慌て過ぎて転ばないように」
からかうように注意する兄にも上機嫌で返事をし、乾燥した常夏蜜柑を大事に抱えて宿舎に向かう。
足取り軽く駆けていき、宿舎で馴染みの商人たちに満面の笑みでお礼を伝えた。気の良い商人たちも年頃らしい宝飾品でなく薬草に喜ぶメルティを微笑ましく笑っていた。
そのままアトリエに向かい、他の材料を並べる。
ついに最後の材料が揃ったのだ!
「この常夏蜜柑の皮で、やっと材料が揃ったわ!
早速作ってみようっと!」
メルティは、嬉しそうに小瓶に入った乾燥した蜜柑の皮を眺めた。ようやく手元に揃った材料を前に、彼女の胸は期待に膨らむ。
「《調合》!」
メルティも実力がついてきたのか、初めて作成する魔法薬でも難易度が高くなければ、一発で規定ライン以上の品質で完成できる余裕が出てきていた。
今回も難なく、見本通りの液体状の腹痛薬を完成させる事が出来た。
そして、ここからがメルティオリジナルの応用だ。
「さあ、ここからが本番!」
「《凝縮》!」
《凝縮》スキルを使うと、薬効の安定性が試される。栄養剤のように多少効果が減退するもの、全く効果は変わらないもの、逆に効果自体が変わってしまうものなど様々だ。そもそも丸薬に向かない魔法薬もあるため、メルティは今、レパートリーを増やすために試行錯誤を続けているところだった。
今回の結果は……
「……あれ?」
丸薬化に成功した腹痛薬は、効果自体は全く変わらないように見えた。大成功だ。だが、それより気になることがあった。
「この臭い………、どこかで………?」
鼻を突く独特な、しかしどこか懐かしい強烈な臭い。
その記憶を呼び覚まされるような感覚に、メルティはもどかしい気持ちで丸薬を一つ手に取り、口に含んでみた。
「!!!これ!この味!この独特の臭いは……!!」
メルティの頭の中に、メルティとして生まれる前の前世の記憶が薄っすらと蘇った。
前世では彼女は少しお腹の弱い子供だったので、幼い頃からよくお世話になっていた、その独特な臭いを放つ薬そのものだった。
そう思い至ると、形状も記憶の中のソレそのものに見えてくる。
メルティは今まで極稀にどこか既視感や違和感を覚えることがあり、何が引っ掛かったのか分からないもどかしさがあったのだが、その正体がやっとわかった。
異世界からの記憶の断片が、彼女の人生の端々に影響を与えていたのだ。
(私……前世の記憶なんてあったのね。なんだか、不思議な感じ)
その衝撃に暫し呆然としていたが、蘇った記憶はごく僅か。幼い頃に前世を思い出したなら人格が飲み込まれてしまったかもしれない。しかし、メルティとして生きてきた今までの年月で確立した自我が、すぐに優位を取り戻した。例えるなら前世の人生をダイジェストで見たような感じで、あまりにも実感としては薄い。
(前世かあ…でも生活に不便を感じてもいないし…なんか使えそうな知識とかあるかなあ?)
見た目が前世の薬とそう変わらない、手の上の丸薬を見つめながら考えてみる。
この世界では魔法薬といえば液体や軟膏が多いが、前世は錠剤の化学合成薬品が主流だった。
スキルを活用して作成した腹痛薬は、サイズだけは前世の錠剤と酷似している。しかし、前世の錠剤が化学合成された成分を固めたものであるのに対し、この丸薬は天然の薬草成分を魔力でもって調合し、凝縮したものだ。
再現しようにも、残念ながら薬剤師や医師などではない前世の知識では化学合成医薬品は作れない。義務教育レベルの化学式しか知らないのだ。
彼女はふと、この世界で錠剤が主流でない理由を考えてみる。薬草の調合は、その薬効成分の微妙なバランスが命だ。魔力を含んでいる薬草も多い為、ただ水分を抜くのでも過程で効用が変わるものが多い。錠剤のように固形にするには技術的な壁が多いのかもしれない。メルティは《凝縮》スキルでその壁が低いのだと思い至った。
それに、“魔法薬”という概念からか、規定量飲むだけで効果が出ていたから気付かなかった。
メルティの丸薬は体内に入れると効果が出る、という極めてシンプルな作用だ。糖衣などで溶け出す時間の調節など考慮していない。
ものによっては糖衣などで覆うことで持続時間や効果を上げられるかもしれないが、この閃きが限界だった。やはり専門的に学んでいない為、糖衣の成分や厚さすら分からない。
実現には途方もない仮説と検証が必要だろう。なんてったって前世にはない薬草やモンスター素材が多すぎる。おまけに必要かどうかすら分からない。
他にも再現出来る知識がないか、または前世の知識と今世のスキルを掛け合わせられないか、探してみるが、簡単に思い付くのは全て過去に他の人によって実現されている。
悲しいかな、前世でも歴史に名を残すような人物でもなかったようで、世界を変えるような知識はほとんどなさそうだ。
「ううん?……別に、どうしようもない、かも?」
メルティは肩をすくめた。
そもそもこの世界では過去に様々な異世界人によって多大なる影響を受けているという話を授業でも習っている。今更、朧げな知識で参入する余地はなさそうだ。
それに、別に神様とかに使命を与えられた訳ではない。たまたま前世の記憶がほんの少し蘇っただけなのだから、メルティはメルティとして自由に生きよう
。
しかし、朧げながらも前世の記憶を思い出したからか、メルティの心には一つの感情が芽生えた。
世界は広いのだ。
このヘーゼルコート領だけでなく、もっと他の場所に行ってみたい。
商会の人たちに話を聞くだけでなく、実際に自分の目で見てみたい。
珍しい薬草と、そこで暮らす人々の知恵に触れてみたい。
ラウルたち商会の人たちのように、行商で様々な街を巡るのもいい。
(それに、もしかしたら、この世界にもまだ前世の知識が及んでいない分野があるかもしれないし、発見があるかもしれない)
資格取得という当面の目標とは別に、メルティの心に、旅への微かな憧憬が灯ったのだった。
(ラウルたち行商人こそ、この世界を旅する生きた情報源だわ。いつか私も、自分の足で彼の話す場所を巡ってみたい)
メルティの夢は、ただ薬師になることから“旅をする薬師”になることへと静かに変わり始めていた。知識と経験、そして資格を身につけたその時、ラウルに対等な友人として、そして新しい商売相手として胸を張って言えるようになりたい。そして「私も次の旅に連れて行ってほしい」と言えるほど薬師として力を付けたい。
メルティに戦闘能力はない。スキルも非戦闘系スキルだ。前世と違い、モンスターもいるこの世界を一人旅出来るだけの力を付けられるとは自惚れでも言えない。だから信頼出来る人と一緒に旅に出るか、商会に混ぜてもらうか。
そう思ったとき、メルティの心に浮かんだのは“ウェルズ商会”ではなく、“ラウル”だった。
メルティが家族以外に1番に信頼を寄せるラウルに、薬師として頼りにされたい。
それは、これから続く彼女の努力の、最大のモチベーションとなった。




