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民国エレジー  作者: 上村至幸
台湾の思い出編
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第5話 あと一歩で……

時が経ち、かつて一時の遊び心で大きな災いを引き起こした小僧も、やがて成長した。


昔を振り返ると、病気の体でありながら蝶を追いかけて深山へ走り込み、道に迷って帰り道が分からなくなった事件は、新竹県全体を震撼させた。その影響は止まらず、誰もが夜を徹して元清川を探し回り、それまで強かった母・張婕桜が久しぶりに涙を流し、祖父・張継忠と祖母・王桂嬌も心配で責任を感じさせられた。やがて羅大佑ら消防隊員の協力で、木の下で眠っている元清川を見つけることができたのだ。


13歳になった元清川は、新竹の地元の学校に入学した。父・元皓の清潔で上品な容姿を受け継ぎ、母・張婕桜の強さと優しさを兼ね備え、活力に満ち夢を追う中学生に成長した。


ある日、学校の授業を終え、校門で仲間と挨拶を交わし別れた後、いつも通り海岸へ向かった。暖かい日光を浴びながら柔らかい海風に吹かれ、散歩しながら音楽の授業で先生が弾いたショパンの夜曲を口ずさみ、頭の中を巡るメロディーが、波が岸壁に打ち寄せる鋭い轟きと混ざり、力強い交響曲を作り出していた。


空の西に傾く夕日が海に反射し、黄金色の輝きを放ち、美しい絵のような新竹の海景色は、元清川の成長を語る豊かで厚みのある物語の一頁だった。帰宅の時間が近づき、近くの漁場へ行き、漁船から戻ってきた漁民の手伝いをして魚を拾い集め、別れの挨拶をした後、肉付きの良い魚を入れたバケツを提げて家路についた。

「お母さん、帰ったよ。」


元清川が家に戻るたび、母・張婕桜はいつも優しい笑顔で迎えてくれた。1日中働いて疲れていても、顔の笑みは決して消えなかった。張婕桜は、こうした心遣いができる、立派な女性だった。


元清川は室内靴に履き替え、革靴を玄関にきちんと並べ、いっぱいに詰まった魚のバケツを庭に持ち込み、水槽に魚を入れた。すると、花壇の水やりを終えた祖父・張継忠がにっこりと顔を出した。

「小川、今日もたくさん魚を持って帰ってきたな。おばあちゃんは『毎日魚ばかり食べて、お金がかかりすぎる』と文句を言ってるぞ。」


水槽の中で元気に泳ぐ魚たちを見ながら、祖父はにっこりと笑った。


元清川は立派な祖父を尊敬しながら、こっそりと怀から茶葉の入った包みを取り出した。その時、背後から祖母・王桂嬌の文句が飛んできた。

「買い物代は節約したのかしら?お茶代に使っちゃったのね。」


祖父は素早く空中に浮かぶ茶葉を受け取り、ポケットに隠しながら、まるでいじめられた子供のような顔をして元清川に渡した。元清川はすぐに祖母の機嫌を取るために立ち上がった。

「おばあちゃん、怒らないでここに座ってください。」


元清川は元気なウサギのように、春の風のような笑顔を浮かべて祖母のそばに寄り添い、両手で王桂嬌の腕を支えながら石凳に座らせた。

「おばあちゃん、祖父を間違って責めちゃったですよ。この茶葉は今日漁場で手伝った時、漁師のおじさんが祖父がお茶が好きだと知っていたから、魚と一緒にくれたんです。お金はかかってないですよ。だから怒らないで、怒るとしわが増えちゃうよ。」


蜂蜜を塗ったような甘い言葉で祖母をなだめる元清川を見て、王桂嬌の顔から愁いが消え、にっこりと笑いながら地面に座って足を捶っている愛らしい孫を見つめた。心配そうに頭を撫で、地面から引っ張り上げながら拗ねたように言った。

「お前って、祖父ばかり甘やかすのね。」


「えっ、おばあちゃん、妬いてるの?間違ってるよ~祖父もおばあちゃんも私にとって大切な家族で、おばあちゃんも一番甘やかしてるんだよ。」

元清川はふざけた顔をして王桂嬌の後ろに回り、プロ級のマッサージ技術で背中や肩を叩きながら、祖父に祖母をなだめに来るように目配せをした。


張婕桜は庭の和やかな光景を愛情こもって見つめ、安堵の笑みを浮かべた。

「まるで子供の頃と同じね。夫よ、見える?これが私たちの子供、私たちの優秀な子供なのよ。」


窓際に寄りかかり、空をじっと見上げる彼女の視線の先には、天国に住む元皓の姿が浮かんでいるようだった。「そうだね、小川は私たちが誇りに思える子供だ」という声が、まるで天から届くように心に響いた。その声はあまりにも鮮明で、張婕桜は思わず涙を流していた。


王桂嬌の肩を揉んでいた元清川は、窓越しに母の頬を伝う涙の光を捉えた。そっと近づき、ハンカチを取り出して涙を拭った。

「お母さん、またお父さんのことを思い出したの?」


「うん。」

張婕桜はハンカチを受け取り、小さく頷いた。


机のそばに寄り、椅子を持ってきて横に座ると、にっこりと笑いながら母を見つめた。

「安心して。お父さんは天国できっと楽しく過ごしてるはず。私たちが笑顔で頑張ってるのを見て、きっと同じ気持ちだよ。」


元清川は母の頭を撫で、優しい声で慰めた。


「さて、今日は大厨师の私が濃厚な味付けの鰻の焼きを作ることに決めた!」

元清川は急に立ち上がり、空に向かって手を叩いた。


それを受け、張婕桜は疑わしげな視線を投げかけ、率直に突っ込んだ。

「本当に?」


先日、元清川が「自分で料理を作ってあげる」と宣言したのを思い出した。一家三人は広間で長い間待ち続けたが、料理は現れず、厨房に行ってみると、爆発したかのように煤けた匂いが立ち込めていた。やっと元清川が顔を真っ黒にして飛び出してきて、「あと一歩だった!」と言ったのだが、実は「あと一歩で厨房が吹き飛ぶところだった」と三人で冷笑したものだ。


張婕桜の鋭い視線に、元清川はムッと唇を尖らせた。

「どういうこと?お母さん、息子の料理の腕を信じないの?」


「そうじゃないけど…」

張婕桜はため息をつきながら、心の中でつぶやいた。「この子、どんな面でも家族を誇らせるのに、料理だけは父親に似て下手なの。今晚もお腹を空かせることになりそうね。」


しかし、元清川の意気込みを挫かないよう、彼女は大きく息を吸い込み、元気よく言った。

「じゃあ、今晚の夕食は元清川にお任せ!頑張ってね、お母さんは信じてるわ。」


両腕を胸の前で広げて応援する姿は、まるで息子の成功を確信しているかのようだったが、実は心の中では「この子、料理以外は全て完璧なのに…」と切なく嘆いていた。


元清川は興奮して広間を飛び出し、庭を通る際には自分の代わりに祖母の肩を揉んでいる祖父と祖母に向かって、天真爛漫な笑顔で手を振った。

「おじいちゃん、おばあちゃん、今日は私が料理をするんだよ!宮廷の美味しい料理よりもおいしい赤焼き魚を作るから待っててね!」


水桶を持って水槽に入り、ぽっちゃりと太った大きな魚を捕まえると、元清川は歌を口ずさみながら跳ね跳ねと厨房へ向かった。彼は自分が「今日は私の番だ」と言った瞬間、祖父母が体をかすかに震わせ、互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべ、ため息をつく様子にまったく気づかなかった。そして、ふたりは同じ考えを抱いた。


「やっぱり信じてくれないのね…何度も説明したのに。前回は本当にあと一歩だったのに…」

母・張婕桜は、息子の実は優れた料理の腕を信じてくれないことに不満を募らせながら、小さくつぶやいた。ちなみに、前回の厨房惨事では、泣きながら人間に食べられそうになっていた魚が、炭化した「木炭魚」になり、結局薪代わりに燃やされてしまったのだ。


元清川は切り下ろした野菜を一気に野菜鉢に入れ、適量の塩を振り、祖母が調合した醤油の壺を手に取った。蓋を開けると、香り高い醤油の匂いが立ち上がり、大きなスプーンですくって野菜鉢にまぶした。手を洗い、興味津々にかき混ぜ、野菜と醤油がよく混ざったのを確認してから横に置いた。


準備が整うと、桶の中で暴れていた大きな魚を手に取り、まな板の上に置いて力一杯叩いた。魚がぐったりとなったのを確認し、小刀で器用に鱗をむき、瓢箪ですくった水でまな板の鱗を流した。そして慎重に腹を切り開き、内臓を取り出して水の入った木桶に入れ、じっくりと魚の体を洗った。再びまな板に戻し、指で腹を開き、野菜鉢から手当たり次第に野菜を詰め込んだ。


「これからが本当の挑戦だな。」

元清川は凶悪な笑みを浮かべ、まるで翼を折られた堕天使のように、魂を悪魔に売り渡すかのような表情をした。


庭では、張婕桜たち三人が固唾を呑んで元清川の準備作業を見守っていた。その阴気な笑みを見た瞬間、まるで裁きの天使のように剣を握りしめたかのように、三人は不安そうに目を閉じ、目の前に現れるであろう「素晴らしい傑作」を想像するのを拒んだ。


祖父・張継忠は、先ほどポケットに隠していた元清川が持ち帰った茶葉を取り出し、幽かな香りが漂うお茶を淹れ、茶碗を手にして空に浮かぶ雲を眺めながら、のんびりと石凳に座って味わった。


祖母・王桂嬌も部屋に戻り、箪笥から刺繍の道具を取り出し、昨日中断した「水鳥の戯れ」の刺繍を続けた。針と糸を一筋一筋丁寧に進めるその目元には、深い愛情が溢れていた。


一方、張婕桜は息子が「成長」の一歩を踏み出す様子を見逃したことを残念に思いながらも、体が勝手に薬局へ向かった。棚から唐代の「薬王」孫思邈が伝えた『千金要方』を取り出し、一生懸命に学び始めたのだ。


どれくらい経ったか、外から元清川の歓喜の声が聞こえてきた。張婕桜は太陽穴を揉みながら、ため息をついて医書を棚に戻し、いよいよ「悲惨な現実」を目撃する覚悟を決めた。


庭に出ると、父・張継忠と母・王桂嬌が既に現場に立ち、元清川のそばで「すごい孫だわ」「立派なもの作れたな」と褒め称えていた。好奇心に駆られた張婕桜も、自然とそちらへ近づいていった。


元清川は、母・張婕桜が近づいてくるのを見て、自慢げに魚の盆を片手で支え、袖で顔の汗を拭きながら、得意そうに作品を披露した。歯を見せて笑いながら言った。

「お母さん、ほら!やっぱり言った通り、あと一歩で成功だったでしょ?」


少しでも成長した息子を見て嬉しい張婕桜は、ハンカチを取り出して、息子の顔に残った煙の跡を優しく拭った。その瞬間、元清川の瞳は星のように輝き、銀河のようにロマンティックな光を放ち、まるで父・元皓の瞳に宿っていた輝きを受け継いだかのようだった。


その夜、幸せな一家四人は広間に集まり、きらめく星の下で、元清川の初めての「記念すべき成功料理」を味わいながら、将来にもっと素敵な成長の驚きをもたらしてくれることを願っていた。

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