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民国エレジー  作者: 上村将幸
王城へ旅立編
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第47話 日常…

聖マゴフ城がメドゥーサ女王率いる蛇人軍団に攻占されて以来、林文は別働隊として、ロバートとソフィーの協力を得て、地下牢で元清川を救出するにとに成功した。城主は今回は逃れられないことを悟り、元清川を地下牢に送り返す際、城が落ちる時には必ず元清川を地下牢で死なせるよう兵士に命令した。もしケイが密かに追跡していなければ、危機一髪のところで牙を剥き出した二名の兵士を斬り殺すことができなかっただろう…半歩遅れていたら、元清川の亡霊は城が陥落した灰燼と共に星穹に昇り、哀憐の目となってこの血まみれの人間界を見下ろしていただろう。


彼らが知らない間に、元清川はどれほど残酷な拷問を受けていたのか、その痩せ細り骨の出た体からはっきりとその輪郭を読み取ることができる。元清川が地下牢から救出された後、彼は部屋の中で三日間昏睡していた。木村洋介と白雪が全力で治療しても、外傷は霊力で養いながら徐々に癒えていったが、地下牢での非人間的な拷問はまるで骨を蝕む毒のように、残った意志をかじり続けていた。その間、メドゥーサとエミリーは昼夜交代で守り、冷たい汗が流れる額を拭い、霊力を小川のように経脈に注ぎ、崩壊寸前の魂を繋ぎ止めた。


元清川が昏睡している間、まるで町全体が別の世界に変わったかのようだった。


村上幸は鉄腕手段で城内の残存兵力を統合し、蛇人軍団に再編入させ、正式に聖マゴフ城の城防を引き継いだ。一方で林文は蝶のように街を駆け回り、住民に投票で蛇人を受け入れるか決めるよう説得していた。投票当日、広場では議論の声が耳をつんざくほど響いていた。保守派は「蛇人は我々の敵だ」と叫び、開明派は街の中で蛇人戦士が廃墟の片付けを手伝う姿に目を向けさせた。結果、賛成票で辛勝したものの、異議を唱える者は決議に腹を立てて去っていったが、時間は静かに氷を溶かしていた。これはおそらく元清川がメドゥーサに託した深い意図なのだ――真の復讐は、血の刃を向けることではなく、寛容を鏡にして互いの傷跡を映し、偏見を共生の中で色を褪せらせることなのだ。異なる血筋の生き物が同じ屋根の下で働き笑えるようになれば、きっとこの傷だらけの人間界は、憎しみを超えた美しい花の群れを咲かせるだろう。


軍事防衛と民政は一旦終わったものの、街の人々の眉間に凝り固まった不安は少しも消えていなかった。城主の統治を失った聖マゴフ城は、腫れぼったく腐ったローマの古道のようだった。表面の石のレンガはいぜんとして壮大だったが、隙間にはウジ虫と腐肉がうごめいていた。徴税吏は救災の糧代を横領し、闇市場の密輸業者は廃墟の中で横暴を働き、スラムの疫病は暗い火のように広がっていた。政治機能が麻痺してい中、市役所の中でろうそくの光が揺れていた。ロバートは目の前の数名の候補者をじっと見つめていた――鎧を着た青年は軍法で腐敗を粛清することを主張、黒いローブを着た学者は法体系の再建を力説、そして目元の落ち着いた少女は、なんと蛇人代表をガバナンスに参加させることを提案した。彼はソフィーから渡された文書に指先をなぞり、愁いの表情が墨の染めのように顔に広がっていった。もしこの高潔な理念を引き継ぐ代理人を選び出せなければ、たまった毒素は終に町全体の根幹をかじり尽くしてしまうだろう。


翌日、朝の光がまだ評議室のドームに嵌まったステンドグラスを透過ていない頃、ロバートはすでに長机の端に厳然と立ち、瑠璃の燭台の炎が彼の眼底で踊っていた。招待された五人が次々と席に着いた――


林文は羽根ペンの軸を無意識に軽く叩き、軍政と民生の矛盾をどう調和させるか盤算しているようだった。村上幸は闇紋入りの鎧を着、両腕を胸前に組、血の珊瑚の飾りに目を巡らしていた。珊瑚の枝分かれに隠れた鋸歯模様は、彼が守り続ける武士道のようだった。木村洋介は帳簿の縁を撫でながら、隣に座る白雪と小声で情報を交換していた。白雪が抱える巻物からは、城防図の一角が覗き、彼女の素白な毛織スカートの下では、薄い蛍光粒子が軽やかに集まっていた。


その時、内侍が湯気の立つラーメンを運んできた。椀の縁の亀裂は蜘蛛の巣のように広がり、背中の斧の刃の冷たい輝きを映していた。クルレンは口角を吊り上げて笑い、清らかな白い歯を見せながら椀を受け取り、黙ってラーメンを飲み込んだ。喉の奥から響く嚥下の音が、鎧の摩擦音と交じり、奇妙な和音を作っていた。


ロバートは握りしめた指の関節が軽く鳴り、神経を集中させて正面の若者たちを見据えた。喉が微かに痙攣するものの、なかなか口を開けなかった。余光で空いた席――そこには本来メドゥーサとエミリーが座るはずだった。だが彼女らは昏睡中の元清川の世話が必要と言って欠席した。しかし昨夜、ロバートはメドゥーサが城防図の前で、軍事権を握る村上幸と深夜まで密談しているのを見た。彼女の指先が撫でたのは、ちょうど蛇人が集まる東城の区域だった。この生死に関わる局面で、欠席した二人は潜む闇躍の駒なのか、それともこの権力遊戯を冷たい目で傍観しているのか?燭火が揺れ、それぞれ思いを抱えた顔が浮かび上がる。聖マゴフ城の運命は、今日の舌戦で新しい亀裂を入れることになるだろう。


「ロバート会長、今日は俺たちを呼び寄せて何の相談ですか?」


村上幸は指先で剣鞘を軽く叩いた。雄渾な虎の鳴き声のような音が響き、ドームの石の粉がそそと落ちた。出雲剣が音を立てて鞘から抜け、霊猫のように空に跳び上がり三回回転した後、光る砂が星屑のように散り、素直に机の上に横たわった。彼は手を上げて絹布を受け止め、剣身の流れる蛍光模様と絹布の隠し模様が重なる部分に目を凝らし、唇の隅に冷たい弧を描いた。


「城防を引き継いでから、軍営の仕事が山積みだ。新兵は一層厳格に訓練しなければならない。」


剣を唇の前で止めて、呼吸の淡い息が剣身を包む。傲慢な色を帯びた顔で、彼は続けた。


「だから、用がめるなら早く言って。」


言い終わるや否や、傍から林文の爽やかな笑いが響いた。


「忙しそうなイメージを自分で作ってるわね。」


彼は羽根ペンを耳の先にかけ、指先で髪の房を掴み、自信の輝きを放った。


「新兵の訓練のこと、君はクルレンに押し付けてるじゃないか?軍務監察として、毎日軍営の帳簿をチェックするたび、彼が真夏の日差しの下で鞭を振って新兵を訓練してるのを見てるよ。」


話の流れを変え、目を刀のように村上幸に向けた。


「本当に見えてないと思ってる?ねえ、クルレン?」


林文は胸前から青い髪の手拭いを取り出し、口元の溢れる笑いを隠しながら、ゆっくりとクルレンの隣の席に歩いて座った。クルレンは椀を手に最後の味噌汁を飲み干し、喉の奥から響く低い音が残った湯気と一緒になり、評議室のドームの下で満足のウンという音を立てた。彼は林文から渡された青い髪の手拭いを受け取り、手を上げて口角の残った湯漬けを拭い、豪快な笑みを浮かべた。声は砂利を包んだような、粗い感じだった。


「俺は村上幸の副官だから、これも当然のことだ!」


一語落と、ソフィーが湿った縁のある、表紙の焼き金軍章が薄暗くなった文件の束を抱えて入ってきた。彼女は足取りが軽く穏やかで、スカートの裾が議事庁の石レンガの隙間に掃いていない枯葉を撫でて、文件を一人一人の机の前に置いた。林文の机の縁に指が触れた時、彼女は目を上げて穏やかな微笑みを浮かべ、視線は蜻蛉が水を点けるように彼の襟元に別けた臨時政務官の徽章を掠めた。


「皆さん、これが今私たちが直面している窮地です。早急に解決策を出してください。」


配布が終わると、彼女はロバートのそばに静かに立ち、袖のひだを整えた。


「それだけ?軍務の監督しか俺は任されていない。政務のことは、林文に話してください。」


村上幸の言葉が落ちるや否、彼の指に挟まれた文件な紙が突然冷たい白い炎に飲まれた。その炎は氷晶が凝った竜巻のようで、瞬きする間に紙を粉々に絞り、灰すら強い冷気によって虚空に押し込まれた。議事庁のシャンデリアの蝋燭の芯が消え、レンガの隙間から冷たい空気が滲み出し、ソフィーは袖を握る指の関節が白くなり、林文は指腹を撫でる動作を止めた。村上幸は指を引き、甲冑に炎の跡が銀色の線として凝り――それは、軍務と政務の境界線に半歩も越えさせないという無言の宣言だった。


「今、俺たちが最優先すべきことは、軍務の整備と城防の強化です。」


林文は立ち上がり、ソフィーの側へ歩いていった。指でテーブルの縁をリズミカルに叩きながら。議事庁の長机は円形で、ソフィーは東側に立、木村洋介は斜め向かいの窓際に座り、手に持った本のページをめくる音が突然止まった。表紙で隠れた薄赤い唇が露れた。林文は余光で彼の固く握られた指を捉え、喉から冷笑を漏らした。


「城主を殺したことで、その消息はもう烽火のように王都まで広がっているはず。だとすれば、我々が王都へ向かう任務は、完全に泡と消えたな。」


木村洋介は急に顔を上げ、刃のような視線を林文に向けた。


「兄がまだ昏睡中で、我々の議論に判断を下せない以上、俺は大局を考えて、林文お兄ちゃんの手配に従うべきだ。」


言い終わると、彼な横を向き、白雪を見た。白雪は髪の房を指で巻、聞いてにっこりと笑った。目元に流れる霞のような光は、温かく柔らかく、隠れた美しさを秘めていた。


「うん、私も洋介の提案に賛成よ。」


白雪の笑顔は春の薄霧のように温純で、その奥には窺えない魅力があった。


「村上幸、異議はない?」


ロバートは指関節でテーブルを叩き、蝋燭の炎が厳粛な議事庁で揺れ、彼の影を村上幸の油断臭い顔に投げかけた。村上幸は指腹で剣首を軽く叩き、出雲剣が音竜のように空を切り裂き、穹頂に冷たい光の跡を残した。顔を上げると、清らかなとした笑顔が浮かんだ。


「もちろん異議はない、軍務しか任されてないって言っただろ?それに王都なんて行きたくもない。」


ロバートは聞いて眉をひそめ、袖の暗紋が指で空に描かれるように揺れ、すぐにソフィーに視線を向けた。ソフィーが文件を渡す時、指が微かに震え、重い荷物を持っているようだった。


「皆さんに異議がないなら、次の議題に移りましょう。」


「まだ?」


村上幸は軽々と文件を受け取ったが、表紙の墨文字を見た瞬間、瞳が急に縮まり、喉から冷たい空気が逆流した。背中を毒蛇のような寒気が這い上がっていく。ロバートは余光を収め、口角にすべてを見抜いたような淡い笑いを浮かべた。


「皆さんに異議がないなら、次は――ジョージ連合王国から離脱した後、建国する国号について共議しましょう。」

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