第3話 彼は少佐ではないですか?
ご先祖様に仕えるように、孫堯は台所で残りの食材を使っていそいそと手間をかけ、二膳の温かいご飯を持って営房に戻ってきた。すると、元清川がまだ立ち尽くしていて、油灯火かりのそばで羽ばたく蛾を大きく口を開けて数えているのを発見した。この馬鹿野郎、一体一日中何を考えているのか、さっぱりわからない。
軍用の折りたたみテーブルをゆっくりと床から立て上げ、料理をその上に並べると、孫堯はにっと笑い、いたずら心が湧き上がった。思い切って元清川のお尻を蹴ると、力を入れる前に元清川は自然と床にひっくり返った。
気づいた時、元清川は仰向けになって地面に张り付き、口の中に泥土を一杯含んでいた。そんな彼を、仕掛け人の孫堯はベッドに座って大笑いしていた。
出来事の経緯をまったく知らない元清川は、手で地面を支えながら立ち上がり、袖で口元の泥土を拭った。
「孫堯、何かあったの?どうして急に倒れちゃったの?」元清川は首を傾げ、馬鹿みたいに訊ねた。
孫堯は笑いをこらえるのに苦労し、手で口を覆った。「いや……僕にもわからない。台所でご飯を作って戻ってきたら、君はもう床に倒れてた。最初はお腹が空いて気を失ったのかと思ったけど、呼びかけても起きないんだ。」
「いいよ、答えの出ないことで悩むな。早く食べよう。もっと遅れると料理が冷めちゃう」と孫堯は、答えを求めて床を這い回る元清川を止め、横を向いてこっそり笑った。
「うん……」
一日中空腹だった元清川はすでにお腹がペコペコ。おそらく空腹で気を失ったのだろうと勝手に結論をつけ、ズボンのほこりを払い、テーブルに近づいてご飯を手に取ると、軍用の腰掛けに座って遠慮なくかき込み始めた。
途中で水を飲もうとすると、ほとんどむせ返るところだった。口角にご飯粒がついたままの彼と、ゆっくり噛みしめて味わう孫堯との対比は、実に鮮明だった。
嵐のような食事の後、元清川はぐったりと横になり、子豚のようにお腹いっぱいでぐっすり眠り込んだ。その様子を見て、孫堯は苦笑いを浮かべながら、彼を丁寧にベッドに運び、靴を整然と片付け、口角に残った飯粒をふき取り、頬を軽く撫でてから布団をかけた。
食器を台所に持ち込み洗浄を終えると、時刻は既に午前1時を回っていた。営房に戻ると、元清川はベッドでうわごとを言いながら眠っていた。軍服を整然と枕元に折りたたみ、孫堯は横になり左側のベッドに眠る元清川をちらりと見て、意味深な笑みを浮かべ、やがて安心して眠りに落ちた。
翌朝、営地には大集会の放送が響き渡った。新たな一日の訓練を終え、食堂で急いで朝食を済ませた天津衛防区の全将兵は、瞬く間に会堂に集合した。前座には団級以上の将校が並び、元清川の所属する作戦連は防区の特殊部隊として、末席に座っていた。
会堂に入ると同時に、防区三万の将兵は臨戦態勢を整え、会場は空気の流れすら聞こえるほど静まり返っていた。そこへ、変わった二人組が現れると、雷鳴のような拍手が会場を轟かせた。
馬喆は少将の軍服を着ていた。元清川は不思議そうに眉をひそめた。「彼は少佐の階級じゃないのか?」
後ろをついてきた師爺の袁楙は、清潔な中山服を着て、折りたたみ傘を警備員に渡し、猫のように恭順についていった。まるで皇帝の側近宦官のように、少しでも不手際があれば寧古塔へ流刑になるかもしれないと恐れているかのようだった。
演壇の前までゆっくりと歩を進めると、馬喆は目を細め、熱烈な拍手を浴びながら満足げに頷いた。その時、袁楙が懐から嘉賞状を取り出し、丁寧に広げた。
「諸君、只今大統領から星夜を駆って送られてきた嘉賞状と嘉禾勲章、そして少将の軍服を受け取りました。ご覧の通り、馬喆少佐が着ているこの威厳ある軍服こそがその証です。」
顔に誇りを溢れさせ、大統領の寵愛をひけらかす袁楙は、2秒後にさらに続けた。「大統領は馬喆少佐のこれまでの功績を称え、天津衛防区の防衛を引き継ぐに当たり、少将に昇進することを決定されました。皆様、拍手でお祝いください。」
会場では、袁楙に合わせて短いが力強い拍手が響いた。先ほどの熱狂ほどではないものの、最後の言葉は元清川の心の声だった。
「次に、少将閣下から訓示をいただきます。」袁楙は台上でひたすら熱心に拍手を続けた。
馬喆は掌に息を吹きかけ、丁寧に胸に佩用している勲章の表面を拭いた後、軍服の房飾りを整え、指先でマイクに軽く触れた。
「皆さん、馬某が今日こうして昇進できたのは、皆さんの協力と世話があったからです。この恩に感謝いたします。」
少し下がって、会場の三万の防区将兵に向かって深々と一礼をし、顔を上げて軍帽を正した。
「次に、大統領から皆さんに下された指示と、一部将校の新たな任免を発表します。」
馬喆は再び台前に戻り、袁楙から急遽用意された演説原稿を受け取った。
「第一に、防区部隊の編成改変・再編成に伴い、一部の方々に受け入れがたい、あるいは憤慨する方がいるかもしれませんが、ご理解いただきたいと思います。」
「まず、即刻より天津衛防区作戦連の番号を廃止いたします。」
この言葉が飛び出すや、会場全体が大きな騒ぎに包まれた。まるで市場のように大きな喧騒が巻き起こり、この決定が誰かの逆鱗に触れたかのようだった。
「何だって? 何を言ってるの? 聞き間違いじゃない?」
「作戦連を廃止するなんて、天津衛防区を敵に渡すつもりか?」
「作戦連の番号は孫中山大統領が河北軍区を視察した際に定めたものだぞ! 袁世凱は大統領になったからといって、前任者の功績を覆すことができると思っているのか?」
「…………」
こうした袁世凱の昏愚で専断ぶりを糾弾する声が会場に広がり、馬喆と袁楙の耳にまで届いた。二人は穴があったら入りたいほど恥ずかしそうだった。
大統領の指示を発表した途端に大きな波紋が広がるなか、馬喆は横に立ち「関係ない」とばかりにふらふらしている袁楙に次々と目配せを送り、強制的に収拾をつけさせようとした。
袁楙はその様子を見て、見て見ぬふりをするのも難しかった。心は黄連を飲んだように苦かった。
「なぜいつも厄介なことばかり僕に押し付けるの?」
台下の凶悪そうな乱軍を見て、体がブルブルと震え、足元がふらふらして両手で支えざるを得なかった。「もし一言間違えたら、彼らは僕を台から引きずり降ろして皮を剥ぎ、心を抉るんじゃないか?」最悪のシナリオを頭に浮かべながら、震える足取りで小さく前に進み、両手を空中で必死に振り回した。
「皆さん、落ち着いて!少将閣下の話を最後まで聞いてください!冷静になって!僕、お願いします…」
袁楙の弱々しい叫びは、さらに激しい騒ぎを引き起こした。彼は悔しそうに涙ぐみそうになりながら、前座に座っていた孫堯を見た。孫堯は袁楙の狼狽ぶりを見て、笑いたいのを我慢しながらも、その臆病な心を傷つけるのを恐れていた。「あの細い体で山崖まで逃げられるのかな? かなり難易度が高そうだ。」と思いながら、仕方なく首を振り、軍服の襟を整えて列から立ち上がった。深く息を吸い込み、丹田に力を込めると、突然ライオンのような轟音を上げた。
「皆さん、一旦落ち着け!孫堯の顔を立てて、馬喆少将の話を最後まで聞いてください!」
孫堯の言葉はまるで空から降ってきた定海神針のように、たちまち荒れ狂う波を鎮めた。台上で慌てて走り回っていた馬喆と袁楙は、この雄渾な声の衝撃をまったく予想しておらず、目がくらみ、床にへたり込んで互いに寄り添った。まるで世界の終わりが来たかのようだった。もちろん、台下で「乱が起きるのを楽しんでいた」元清川も、その窮状は少しはマシだった。
騒ぎが徐々に収まっていくのを見て、馬喆は耳を覆っていた手を放し、袁楙から素早く離れて立ち上がった。
「お前、弱虫め。自分で腰を抜かしておいて、俺を巻き込むなんて。こんな大勢の仲間の前で恥をかかされたじゃないか。早く立ち上がれ。」
言いながら袁楙のお尻を蹴了一脚。
「痛いじゃないですか… 自分こそが俺の胸の中に缩こまってたくせに。」袁楙は心の中でつぶやいた。
眉をひそめ、髭を撫でながら考え込む馬喆は、連長の身でこれほどの威望を持つ孫堯の存在に驚きを隠せなかった。その部隊が防区でどれほど重要な位置を占めているかが如実に分かる。
内心では、袁世凱大統領の先見の明に感服せざるを得なかった。
「大統領が先に孫堯を冒険できないと警告し、重用するようにと指示したのは、今日のことを見越していたのかもしれない。もし孫堯が立ち上がらなければ、俺は今日この場で惨めな目に遭っただろう。そうなれば、大統領の耳に入れば、司令長官の座も危うくなるところだった。」
馬喆は演壇を降り、孫堯に真摯に一礼した。その一礼には偽りがなく、本当の感謝が込められていた。もし孫堯が最悪の事態を救ってくれなければ、今日の場は収拾がつかなかっただろう。そのことが大統領に伝われば、司令長官の職を追われるかもしれないのだ。
その後、馬喆は演壇に戻り、演説原稿を破り捨てて床に投げつけた。そして孫堯を敬って手を挙げ、勇気を奮い起こして台下を見回した。
「次に、大統領からの具体的な指示と新たな任命を伝える。第一に、天津衛防区作戦連の番号を廃止し、馬喆少将直轄の旅団に編入し、『一〇一作戦旅』を設置する。馬喆少将は作戦本部長官を務めるとともに、作戦旅旅長を兼務する。孫堯を作戦旅副旅長兼参謀長に任命し、大佐の軍階を授与する。元の作戦連に所属していた排長・元清川は、旅団の旧部隊に統属され、連長に任命され、中尉の軍階を授与する。」
馬喆の声が落ちるや否や、会場は再び熱烈な拍手に包まれた。袁楙は機転を利かせ、ハンカチを取り出して馬喆の額に浮かぶ冷や汗を丁寧に拭った。
「皆、落ち着け。他にも指示がある。」
今度は意外なほど会場が協力的になった。
「三七一野戦団団長・黄則城について、卓越した戦功を称え、大統領は特に銀百円を嘉賞し、中校軍銜を授与する…」
危機四伏の騒動を乗り越え、馬喆と袁楙はほっとしたように軍帳に戻った。体が自然と椅子に沈み、まるで水銀が溶け込むように密着した。
「本当に危なかったな…」
袁楙がふとつぶやくと、身份を忘れて太師椅にへたり込んだ。しかし今度は馬喆からの叱責はなく、二人は不意に目を合わせた。帐外では、悲しげなため息が響き渡り、当直の警備兵は体を震わせ、背筋に汗毛が立ち上がった。まるで底なしの氷窖に閉じ込められたような、孤独な息苦しさに襲われていた。壁の感触も届かず、暗闇の中で苦しみながら手探りするその姿は、まるで生きる意味を失ったようだった。
向こう側に来て、孫堯らの昇進を祝うため、食堂は特別に思いやりを込め、倉庫に貯蔵していた古窖の酒を取り出し、塩漬けの醤油牛肉を用意した。皆は食堂に集まり、うきうきとおしゃべりを交わし、拳遊びをしながら、思いっきり酒を飲み、肉を噛みしめていた。そして、誰かが先頭に立ったかのように、整然と中華民国国歌を斉唱し始めた。雰囲気は新年並みに賑やかで、実に盛り上がっていた。
そんな中、情景に触れて涙ぐむ者もいた。切ない表情で頬を伝う涙は、そよ風に撫でられ、光に照らされて輝きながら震えていた。それは多くが孫文先生を懐かしみ、思い出したからこそ溢れ出た真情だった。連隊長に昇進した元清川もその一人だった。
口ではうれしそうに国歌を歌いながらも、思いがけず涙が目尻からこぼれ落ちた。手で赤く腫れた目を覆い隠そうとするが、その困った表情は孫堯に鋭く察知された。孫堯は彼を優しく抱き寄せ、思い切り泣かせてやった。
事情を知る仲間たちは力を合わせて、元清川の収まりのつかない悲しみを守り、崩れない心の壁を築き、その脆い心を支えた。