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民国エレジー  作者: 上村将幸
台湾の思い出編
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第19話 「新竹丸」が出航する

早朝、家を出る際、元清川は編み上げた麦わら帽子を頭に被り、栗色のウールコートを着込み、黒い革製の軍靴を履き、口にサンドイッチをくわえていた。振り返ると、玄関先で手を振って見送る母・張婕桜ちょう けいえいが、冷たそうな頬に甘い笑みを浮かべていた。彼は明るく目を細めて笑い、冬の穏やかな陽射しが頭上に降り注いでいた。


「お母さん、行ってきます。」


「気をつけてね。」


張婕桜の落ち着いた瞳には、息子への切ない思いやりが溢れていた。元清川の背中が角で消えるまでじっと見送り、やっとそっとドアを閉めた。


港へ向かう前に、元清川はもう一ヶ所へ向かった。


数本の路地を抜けると、人里離れた広々とした庭付きの邸宅が現れた。周囲には兵隊のように整然と並ぶ杉の木が植えられ、庭内に入ると両脇に艶やかに咲き誇るツツジが目を引いた。庭の中央には和風の洋館が建ち、塀の鉄扉の右側にあるチャイムの横に、目立つ日本語の漢字で「木村」と刻まれた木製の表札が嵌められていた。ここが木村家の邸宅だった。


指先でチャイムを押すと、すぐに鈴のような清らかな女性の声が屋内から響いた。ドアを開けると、薄青い着物を着た日本の女性が立っていた。


「おばさん、おはようございます。木村君はお宅にいますか?」


木村優雪きむら ゆうゆきはじっと元清川を見つめ、艶やかな顔に魅惑的な笑みを浮かべた。


「あら!清川君ですね?洋介を探しに来たの?」


「はい、おばさん。」


元清川は丁寧に頭を下げた。


「木村君、今家にいますか?今日は友達と船で海に出て冒険する予定なの。洋介にも誘おうと思って。卒業後ずっと遊びに来てなかったから、この休暇に一緒に海に出て、重圧の学業から離れてリラックスさせてあげたいの。」


「そういうことですか。あなたの服装から軍人の厳粛な雰囲気が漂っているので、思ったのよ。洋介はまだ部屋で寝ているわ。起こしに行ってくるわ。」


木村優雪はお辞儀をして立ち去ろうとすると、朝食を済ませ軍営に戻ろうとしていた木村青原きむら せいげんとすれ違いざまに視線を交わした。彼女の目元には、雪解けのような優しさが漂っていた。


「おじさん、おはようございます。木村君と遊びに行くために来ました。」


元清川は輝く目で木村青原を見つめ、清々しい笑みを浮かべて言った。


「ああ、清川君か。じゃあ、うちの洋介は今日は君に任せるよ。学校が休みになってからずっと家にこもってばかりだったからね、今日は来てくれて良かった。」


鉄の門を開けると、重みのある大きな手が元清川の肩に力強く叩きつけられた。木村青原は優しい目で彼を見下ろし、普段はめったに見られないほどの、それほど濃くない微笑みを唇に浮かべた。


「ご心配なく、おじさん。木村君あいつは僕がしっかり世話します。」


元清川は右手を握り拳にして胸に力強く叩きつけ、敬虔な態度でそう答えた。


軍用車に乗り込む木村青原に手を振って別れた後、元清川はコートの裾をしっかりと握りしめ、玄関の戸に寄りかかった。


その時、冷たい風が勢いよく吹き抜けると、雪に濡れた葉っぱが力なく枝から離れ、ゆったりと元清川の目の前を舞い降りた。すると、門内から木村洋介の急ぎ込んだ文句が聞こえてきた。


「お母さん、外は寒いのに、兄ちゃんを中に入れてくれないの?」


木の戸が急いで開けられ、カチッと音を立てた。すると、頭に薄茶色の毛糸の帽子を被り、薄黄色のニットセーターの上にオレンジ色のダウンジャケットを着て、濃い黒のズボンの下に茶褐色のブーツを履いた男の子が現れた。雪のオレンジのように可愛らしい姿で、目は三日月に弯っていた。


「兄ちゃん、会いたかった!」


木村洋介は鉄の門を押し開け、すばやく元清川に飛びかかり、腕を回して嬉しそうに大笑いした。鉄の門の向こう側では、木村優雪が優しげに二人を見つめ、ゆっくりと近づいてきて、青みがかった布で包まれた物を手に差し出した。


「清川君、洋介は君に任せるわ。」


「ご心配なく、おばさん。」


元清川は丁寧に木村優雪から渡された包裹を受け取り、彼女の頬に浮かぶ太陽以上に明るく優しい笑みを見て、敬虔に頭を下げた。


木村洋介は元清川の首を放し、手に渡された包裹を受け取ると、木村優雪を楽しそうに見上げた。


「お母さん、僕と兄ちゃん出かけるよ。早く中に入ってね、外は寒いから。」


「分かったわ。でも、兄ちゃんにいたずらしないでね。」


木村優雪は不安そうに一言付け加え、白く細い手で木村洋介の少し赤らんだ頬を軽く撫でた。


元清川は背筋を伸ばし、口角に上品で落ち着いた微笑みを浮かべた。清らかで繊細な顔立ちと相まって、その表情はスター以上の輝きを放ち——その端正な容姿に、既婚の木村優雪でさえ胸がドキリとした。


「ご心配なくおばさん。約束しますから、木村君を無事にお連れします。外は寒いですから、早くお部屋にお戻りください。」


木村優雪は和服の袖で少し艶やかな頬を隠しながら、魅惑的な声で囁いた。


「清川君がいるなら、もちろん安心ですわ。ただ洋介が逆らってトラブルを起こすかも……最近周りの人々もやっと洋介を受け入れ始めたところなの。万一また災いを起こして、評判が下がったら困るのよ。」


「大丈夫ですよ、おばさん。」


「大丈夫だよ、お母さん。」


元清川と木村洋介が同時に答え、口角の笑みは冬の陽射し以上に輝きを増した。


「そうね。」


木村優雪は甘い笑みを浮かべ、安心そうにうなずくと、部屋の中へ引き返した。


木村優雪と別れた後、元清川は木村洋介の懇願する目つきを受け止め、彼の手からゆらゆらと落ちそうな荷物を受け取った。


「これ、何入ってるの?結構重そうだね。」


「へへ、母さんが僕らのために用意してくれた弁当なの!三つ入ってるんだよ。ねえ、林文お兄ちゃん待ってるでしょ?」


木村洋介は褒められた子供のように、白い歯を光らせてにっこり笑った。


「お兄ちゃん、今日はどこ行くの?」


元清川はあごを撫でながらわざとふざけた顔をし、口角に邪魅な弧を描いた。


「着いたら教えるよ。」


「うん、わかった~」


木村洋介は両手を頭の後ろに組み、空を流れる白雲を見上げた。冷たい風が時折そばを吹き抜け、木のてっぺんの雪を吹き落とし、葉がなくなった木々はまるで服を着ていないかのように、枝が震えながら揺れていた。


港に着くと、林文は既に長い間待ち構えていた。寒風と荒波をものともせず、漁師たちと折り椅子に座ってにぎやかに話していた。近づくと、彼は「邪魔された」と文句を言うような目つきで元清川と木村洋介をにらみ、無理矢理淡い笑みを浮かべた。


「やあ、木村君、来たのか。」


「うん、林文お兄ちゃん。」


木村洋介は嬉しそうに笑い、頭を振りながら海面を行き交う漁船を見回し、素直な目つきでそばの元清川を見上げた。


「お兄ちゃん、今日は本当に海に出るの?」


彼は手に提げていた荷物を杭に置き、手のひらに息を吹きかけて温めた後、暖かい手のひらを木村洋介の乾いた頬にそっと当て、冷たさで硬くなった肌を温め始めた。


「林文、用意してもらった船はできた?」


「安心しろ。君の要望通りの船だ。」


林文は腰をかがめて荷物を抱きかかえ、元清川と木村洋介を港の海岸沿いに案内した。すると、そこには木造の大型船が着岸していた。彼は両手を広げて大声で笑いながら迎えた。


「ほら、これが今回の航海で使う道具だよ。」


「道具って言うけど、あまりにも哀れだわな。僕らの命は全部この船にかかってるんだから。」


思い上がった林文の背中を力一杯叩くと、彼はよろめきながら足元をふらつかせ、海に落ちそうになった。元清川は振り返り、木村洋介を見つめた。清らかな顔立ちに陽射しのような明るさが滲み出ていた。


「木村君、今回はきっと満足のいく旅になるよ。楽しみにしてる?」


「うん、楽しみだよ。」


木村洋介は瞳に輝きを宿し、元清川を見上げた。目が離さずに停泊する木造船を見つめている様子は、まるで飛びかかりたい子犬のようだった。


いつの間にか、林文の手に大きな旗が現れていた。海の深い青色をした旗面には、「新竹丸」という金糸で刺繍された大きな文字が輝いていた。力強く旗を振ると、海風に乗って波の形を描くように翻った。


「それでは船長、船に乗って出航しましょう。」


元清川は麦わら帽子を外し、林文から渡された真っ黒な海賊帽を被った。揺れる旗の下で、意気揚々と立ち上がった。


「林文水夫、木村舵手。風を切って出航だ。」


「了解です、船長。」


三人は意気揚々と階段を上り、自信に満ちた足取りで次々と木船に乗り込んだ。船首に立つと、真っ青な海を眺めた。銀白色のカモメが風を切って飛び、マストに結ばれた船旗の上を颯爽と飛び越えた。振り返ると、三人を未知の冒険へと導く「新竹丸」が、聖なる銀色の冬陽に照らされていた。カモメが矢のように空を切り裂き、その残影が広がる中、勇敢な台湾の若者たちが錨を上げ、航海を始めた。

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