9.バレリアナは燃えている2
アラン・ギィズリードは自分の前世が日本の男子高生・新妻亜嵐だったこと、この世界が乙女ゲーム『おとせか』こと『聖女は世界樹の花を咲かせる』の世界であったことを思い出した。
明日は悪役令嬢との婚約を破棄し、聖女との婚約を発表する断罪イベント。
だがアランの推しは悪役令嬢の兄なのだ。
アランは推しを幸せにするため、そして自分も幸せになるために奮闘する!
「そんなことよりも。今度の特訓とやらのことですわ」
「あ、あぁ…そのことは、俺も話したいと思ってたんだ」
俺とアルカンナは、以前から一緒にダンジョンに行く約束をしていた。
俺の剣術の成績は学園の中でも一二を争うほどで、その腕を見込まれて聖女との特訓を学園側から依頼された。ゲームでいうレベル上げだ。
学園内の練習場でカカシ相手に攻撃魔法を当てたり、あるいは学園の裏の森で小さな魔物を相手に実際に戦ってみたりする訓練だが、そろそろもう少し強い相手に戦ってみるか、という話になっていた。
そこで選ばれたのが街の門を出てすぐのところにあるダンジョンだ。このダンジョンは街からすぐのところにある上に低層階は小物ばかりなので、学生が訓練に使ったり、駆け出し冒険者が腕試しに利用したりする。アルカンナは初級の攻撃魔法を習得し、レベルアップを望んでいる。ダンジョンに挑むのにちょうど良い頃合いだ。
まぁそこで俺は死にかけるんだけど…。
9.バレリアナは燃えている2
「私とアラン…様がふたりで行くと言っていましたけど、バレリアナ様が一緒に行ってくださるって!」
アルカンナはなんだか楽しそうだ。
初めて同性の友達ができて、嬉しいのだろうか?
「もちろん、アランおひとりで不足ということではありませんが、人数は多いに越したことはないでしょう?それに、もちろんアルカンナ様の鍛錬が第一の目的ではありますが、わたくしの鍛錬にもなりますし。あのダンジョンは、お兄様はお仕事で行ったことがあるとのことですし…」
バレリアナが俺をフォローするように言う。
確かに、ダンジョンでの瀕死イベントを考えると人数は多いほうがいい。俺は剣術が得意だが、バレリアナは魔術が得意で現時点ではアルカンナよりも成績がいい。あくまでもアルカンナの鍛錬が目的だとわかってくれているなら、アルカンナの成長を阻むこともないだろう。なによりロディが来てくれるのが心強い。ロディはステータス的に言うとオールマイティ型。剣術も魔術も、弓も得意で知識もある。どれかのステータスが特化しているわけではないが、ダンジョンについてきてくれるならとても心強い。
「それは、もちろん助かるけど…ロディ様は、その、ご迷惑ではないのかな…お仕事もあるだろうし…」
なんか前回気まずい別れ方をしてしまったし…。バレリアナはなぜか婚約破棄した後も変わらず接してくれるけど、ロディからすれば俺は大切な妹を傷付けた憎い男のはず。
「…!アラン、そんなお顔をなさらないで。わたくし、アランとお兄様を応援すると言いましたでしょう」
「そうです!アラン様、私たちアラン様とロディ様を応援すると決めたんです!」
…え?
俺とロディ様を応援…?きょとんとバレリアナとアルカンナを見ると、ふたりは握りこぶしで(ちょっとはしたない)なんだか興奮している。
応援って…、そこでおれははたと思い出す。そうだ、ダンジョンでの瀕死イベントのことで頭がいっぱいになっていたが、バレリアナはなぜだか俺がロディを好きだと勘違いしていたんだ。
本当に違う。俺にとって、ロディはあくまでも推しなのだ。推しには幸せになってほしいが、俺はそれに絡みに行きたいタイプのオタクではない。本当に。本当に。
「あのさ、それ本当に誤解で…」
「わたくし、お兄様の気持ちを探ろうとしているのですが、なかなか本心を話してくれませんの」
「えっ!?ちょ、ロディ様に変なこと言ってない!?」
「そこはうまくやってますわ。ご安心なさって」
本当かな…?
なんだかわくわくしているバレリアナのニコニコ顏を見て、とてつもない不安を感じる。楽しい恋バナのテンションじゃん。俺いいおもちゃにされてないか?
「もちろん、もちろんアルカンナ様の鍛錬のために行きますのよ?でも、せっかくの外出ですから。わたくしたち、ふたりがたくさんお話できるように協力いたしますわ!」
「アラン様、ロディ様と仲直りしてくださいね!」
「ダンジョンって非日常ですから!ね!」
「吊り橋効果とか…ね!?」
バレリアナとアルカンナはふたりできゃっきゃっと楽しそうだ。
…やっぱり、おもちゃじゃん。
「それで、わたくしお兄様からのお手紙を預かってきましたの。ダンジョンに行く前に一回打ち合わせしたいそうですわ」
バレリアナは俺に封筒を差し出した。
見覚えのある封蝋で、間違いなくロディからの手紙だとわかる。ロディとは何度か手紙のやり取りをしたことがあるが、正直こんなに緊張して受け取るのははじめてだ。
「あら!おふたりで!?」
「ふたりっきりで、打合せしたいそうですわ!」
「まぁまぁ!ふたりっきりで!」
いやなんか盛り上がってるけど…。
これどんなテンションでいけばいいんだよ…。
前回別れた時の気まずさやら、推しに会えるという抑えきれない嬉しさやらで感情がぐちゃぐちゃだ。
「アラン様!がんばって!」
「大丈夫ですわ!いつも通りに!」
「うん…。ありがとう…」
おれは力なく、ロディからの手紙を見下ろした。