4.推しと俺の物語
アラン・ギィズリードは自分の前世が日本の男子高生・新妻亜嵐だったこと、この世界が乙女ゲーム『おとせか』こと『聖女は世界樹の花を咲かせる』の世界であったことを思い出した。
明日は悪役令嬢との婚約を破棄し、聖女との婚約を発表する断罪イベント。
だがアランの推しは悪役令嬢の兄なのだ。
アランは推しを幸せにするため、そして自分も幸せになるために奮闘する!
渋るロディとアルカンナに退出してもらって、部屋には俺とバレリアナのふたりきり。
目の前のバレリアナは落ち着いているように見える。すっかりぬるくなった紅茶を一口飲んでから、俺の顔をじっと見た。
「…あなたの考えていることがわかりませんわ」
「それはそう…だよね」
「もっとあなたに憎まれていて、ひどい仕返しをされると思っていました」
そう、俺が新妻亜嵐としての記憶を思い出さなければそうなっただろう。
俺には新妻亜嵐としての記憶とともに、アラン・ギィズリードとしての記憶もある。アランはアルカンナに恋をしていて、彼女をいじめるバレリアナを憎んでいた。だからパーティの場で手ひどく婚約破棄をして、彼女に恥をかかせるつもりだったのだ。
だが、今の俺は…とてもそんなことをする気にはなれない。
「正直、そうしようと思っていたこともあったよ。でも今は…違う」
この変化は、俺以外の人間には唐突で理解できないものだろう。アルカンナですらわけがわからないという顔をしていた。
俺の行動で、ストーリーにどんな影響があるかは…正直、わからない。でもこのままだとバレリアナも、ロディも不幸になる。
それだけは…避けたい。
「俺と婚約していても、きみは幸せになれないよ」
「それは…」
「俺も、ちょっと冷静になって色々考えたいんだ」
「アラン…あなた…」
「ひょっとして、お兄様のことが好きなの?」
そう、お兄様のことが…って、
「え、えぇっ?!」
「そういえば、以前から異常に仲が良かったですわよね。…さきほどのあなたの態度で確信しましたわ。アラン、あなた本当はわたくしじゃなくて、お兄様が好きなんでしょう」
「え!?いや、ちが…」
「いいんですのよ!みなまで言わないで。分かりましたわ!」
いやわかってない!
推しってそういうのじゃないから!俺はロディ推しだけど、推しとどうこうなりたいとかはないタイプのオタクだから!
てか、俺とロディって今までも異常に仲がよかったの?そうだっけ?
俺はアランの記憶を思い出してみる…。
4.推しと俺の物語
俺とロディが最初に会ったのは、バレリアナとの婚約が決まったころ。
俺とバレリアナが7歳、ロディが10歳の時だった。
とは言っても、当時の俺は婚約についてなんてよくわかっていなかった。それまでの両親の友人や知人が、その子供を連れてくることはあったから、それと同じだと思っていた。
子供たちで遊んでいなさい、と言われて庭に出されたけど、俺はあまり社交的なほうではなかった。バレリアナもそうだったらしく、気まずい空気が流れる。それを和ませてくれたのが、3歳年上のロディだった。
『このお庭の中で、きみのお気に入りの場所はどこ?』
太陽の光を一身に受けて、ロディとバレリアナの金髪がキラキラしていたのを覚えている。
『えっと…めいろがあるんだ。あっちのほう』
『僕たちをそこへ連れて行ってくれる?きみのお気に入りの場所を見てみたいな。ねぇ、バレリアナ』
ロディと手をつないだバレリアナはこくん、と頷いた。
上にふたり兄がいるだけで姉妹がいない俺は、バレリアナの可憐さに驚いた。まるで天使か、お人形みたいだ。そしてロディの美しさにも驚いた。兄たちは活発で繊細さとは無縁だから、ロディのような落ち着いた年上の男の子は初めてだったのだ。
『さぁ、手をつなごう。アラン』
兄たちが手をつないでくれたことなんてないから、なんだかこそばゆかった。
時間としては、そう長くなかったと思う。だが、庭の迷路で遊んで、そのあと一緒にお茶を飲んで…とても楽しい時間だった。
『ロディ様が、お兄様だったら良かったのに』
帰り際、そんなことを言ったのを覚えている。
『ロディお兄様は、わたくしのお兄様ですわよ!』
幼いバレリアナは、そんなかわいいやきもちを焼いていた。ロディはそうだね、とバレリアナには優しく言ったけど…。
帰りの馬車に乗る前、バレリアナに内緒でこっそりと、
『バレリアナがいないところでは、きみのお兄様だよ』
と耳打ちされたのだ。