20.ロディのブローチ
アラン・ギィズリードは自分の前世が日本の男子高生・新妻亜嵐だったこと、この世界が乙女ゲーム『おとせか』こと『聖女は世界樹の花を咲かせる』の世界であったことを思い出した。
明日は悪役令嬢との婚約を破棄し、聖女との婚約を発表する断罪イベント。
だがアランの推しは悪役令嬢の兄なのだ。
アランは推しを幸せにするため、そして自分も幸せになるために奮闘する!
壮行会は大々的に行われるそうだ。
俺は『おとせか』をプレイしたので知っているが、まだ魔王が復活したとは思われていない。あくまでも、今回は北の森の調査。そして壮行会は聖女のお披露目…という意味合いが大きい。
パーティメンバーは、聖女であるアルカンナとその友人で後衛から攻撃魔法を出せるバレリアナ、第一王子のリチャード様とその側近であるイズラール公爵家のディクニス様、次期神官長候補と噂されているペイガー様、平民出身だが剣術の腕は国で一番と言われている第二騎士団のリオウ様、誰よりも知識が豊富な文官のミエル様の7人。
『おとせか』では6人だったが、バレリアナがパーティメンバーに選ばれたことで7人に増えている。
どう見ても精鋭の7人は、この調査が終わった後も国の中枢に食い込む人材ばかりだ。
みんなすでに有名人だが、いい機会だから有望な若者たちの顔を売っておこう…ということだろう。
壮行会には国中の有力な貴族が招待されていて、俺の両親と長兄もその例に漏れない。バミッド家はバレリアナがメンバーであることもあってか全員が招待されたようだから、俺は壮行会がまだ行われているバミッド家にひとり赴いた。
*ロディのブローチ
「アランぼっちゃま。ご立派におなりで…」
俺を迎えてくれたのは、バミッド家の執事だった。
バレリアナの婚約者であった俺は幼い頃からバミッド家に出入りしていた。この執事も、見慣れた顔だ。だが最近は…
「いや、半年前くらいに顔を出したよな?」
「ぼっちゃまくらいの年ごろの方は、一日お目にかからないだけでも驚くほどご成長なさいますから」
このやり取りも毎回している気がする。
「なにやら大怪我をなさったとか。ご快癒おめでとうございます」
「うん。…ロディ様のおかげだよ。お優しい方だから、本当に気にかけてくださって…」
執事はにこにこと本当にうれしそうだ。
自分たちの自慢のぼっちゃまが褒められたのが、誇らしいのだろう。
「この度は、本当におめでとうございます。アランぼっちゃま」
「…?うん」
…そんなに?
「こちらのお部屋をご用意しておりますので、準備が整うまでそちらでお過ごしください」
「部屋?いつもの…客間じゃないの?」
「えぇ、こちらへ」
どの屋敷でもだいたいそうだが、玄関ホールの横に、客人が案内されるまでの間待つ簡単な客間がある。簡単な、とはいっても十数人がくつろげるほどの充分な広さがあり、だいたいはそこでお茶を飲んだりしながら待たされるのだ。今回もそうかと思ったが…まだみんなが帰ってくるまで時間があるのだろうか?
「もしかして、早すぎた?」
長時間待つことになるから、もっとゆっくりした部屋に通される…とか?
「いえ、そのようなことはございません」
…じゃぁ、なに?
通されたのは屋敷のかなり奥の部屋だった。
というか、ロディの部屋のとなりだった。ロディの部屋に来たことはあるけど、ここは完全なプライベート空間だから、客人を待たせる部屋ではないはずだけど…。
扉を開けるとまずは応接室があった。だがそこではなく、さらに奥の部屋に通される。まだ奥に部屋があるようだが、どうやらそこで待つようでお茶と軽食が用意されていた。
「ところで、アランぼっちゃま。今日のお召し物もいつものようにすばらしい」
「え?あ、ありがとう…」
内輪だけの集まりとは言われたが、バレリアナとアルカンナを送り出す会だし、侯爵夫妻も出席するから正装してきた。
「ですが、こちらのブローチを着ければもっと良いのではないですかな?」
執事が差し出したのは、大きな青い石のブローチだった。ゴールドの台座に、親指の先ほどの淡いアイスブルーが美しい。
細かくカットされていてどの角度から見ても光を反射している、すばらしいブローチだと一目見てわかった。
「む…。ブローチがあったほうが良かったか」
正装をしているけれど、アクセサリーはカフスくらいだ。
だが夜の集まりだし、確かに光る物があるほうが良かったかもしれない。
「今のままでもすばらしい装いではありますが」
「では、お借りしてもいいかな?」
「えぇ、ローディアンぼっちゃまがぜひにとおっしゃっておいででしたから」
アクセサリーにまでは気が回らないだろうと、お見通しだったということか。
俺は多少の気恥ずかしさを感じながら、ありがたく借りることにした。執事が慣れた手つきで俺の左胸にブローチをつけてくれる。
「ありがとう、本当に良くなった」
姿見を見ながらお礼を言うと、執事は本当に満足げに頷いていた。