2.断罪イベント回避ルート
アラン・ギィズリードは自分の前世が日本の男子高生・新妻亜嵐だったこと、この世界が乙女ゲーム『おとせか』こと『聖女は世界樹の花を咲かせる』の世界であったことを思い出した。
明日は悪役令嬢との婚約を破棄し、聖女との婚約を発表する断罪イベント。
だがアランの推しは悪役令嬢の兄なのだ。
アランは推しを幸せにするため、そして自分も幸せになるために奮闘する!
チチチチュピチュピ……
朝だ。気付いたら朝だった。
俺はどうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。アルカンナを見送った時はきちんとした服を着ていたが、いつの間にか寝巻きでふかふかのベッドに横たわっていた。
「おはようございます、アランぼっちゃま」
メイドが入れてくれた紅茶を飲む。段々頭が冴えてきた。
そうだ。今日はパーティの日。アランルートの一大イベント、婚約破棄パーティだ。
「今日の予定は?」
「今日は夜のパーティまで、これと言って予定はありません。何かご希望はありますか?」
「うん…ちょっと、考える」
メイドは静かに下がっていった。
今日はパーティ以外何も予定がないのは良かった。だが、断罪イベントは刻一刻と迫っている。
いったいどうするのがベストなのか。このままアランルートに沿ってイベントを進める。物語のことを考えれば、それがいいんだろう。だが…正直気が進まない。なぜなら婚約破棄される悪役令嬢、バレリアナ・バミッドはある意味被害者だからだ。
確かにバレリアナはアルカンナをいじめていた。だがそれは魔王の発する瘴気によるもの。俺はバレリアナを幼少期からよく知っている。ちょっと気が強いところもあるが、本来なら弱い者いじめをするような子ではない。アルカンナが婚約者であるアランと親しくして嫉妬した気持ちを、魔王の瘴気で増幅させられてしまった。ストーリーが進めばそのことがわかりバレリアナへの誤解も解けるが、その時にはすでに遅い。婚約破棄されたことでバレリアナは深く傷つき、修道院へ。聖女を害した家ということでバミッド家も断罪され、一家離散してしまうのだ。
バレリアナは、そしてバミッド家の人たちは、そんなに悪い人たちではないのに…。
『おとせか』で描写されるバミッド家の人たちはふたり。バレリアナと彼女の兄、ローディアン・バミッドだ。
そしてこのローディアン・バミッドこそ、俺の…
俺の、一推しである。
このままでは、ロディが悲しむ。実は『おとせか』にはロディルートもあるのだが…ロディルートは、アランルートで没落したロディをアルカンナが救うというストーリーで、ロディが深く傷つくことが前提。俺は推しが傷付くのを見たいタイプのオタクではないので、ロディ推しだが実はロディルートが好きではない。
やっぱ…断罪イベントは回避したいよなぁ。
とはいえ、世界平和のためにはアルカンナのステータスを上げる必要がある。そのために、俺ができることはなんだろう…。
2.断罪イベント回避ルート
そこで考えた結果が、これだ。
「どういうことですの?アラン」
「いやあのだから…あの…婚約破棄してほしいんです……」
俺は、パーティが始まるより前に、バレリアナとアルカンナを私室に呼び出した。
ふたりは驚きながらも俺の呼び出しに応じてくれた。
そこで、人目のない所でこっそり、バレリアナに婚約破棄を申し出たのだ。
「婚約破棄って、あなたご自分の言っている意味がおわかりになっていますの?」
「やめてください、バレリアナ様。アランは悪くないんです」
「アルカンナ様…一体あなた、どういうつもりでここにいらっしゃるの?」
「アランは、私のことを思って…!」
ここは俺の応接間。低いテーブルを挟んで、縦ロールの令嬢・バレリアナ。そして俺の隣にはピンク色の髪のアルカンナ。ふたりはバチバチと睨みあっている。
「バレリアナ、きみのしていることは知っている」
瘴気に当てられた影響とはいえ、バレリアナがアルカンナをいじめていたのは事実。だが、それを大勢の前で見せしめのように言うのは違う。
バレリアナも後ろめたいところがあるのだろう、ぐ、と言葉を詰まらせた。
「少し、冷静になろう?」
どうにか、どうにか落ち着いてほしい。ことをできるだけ大事にしたくない。俺は宥めるようにバレリアナに話しかける。
「本当のきみに戻ってほしいんだ。だから、一旦距離を置こう」
「それで、この女と婚約しようというのですか?」
「それは、あの、」
婚約したほうがストーリー的には良いんだろうけど…俺は正直気が進まないというか…。
「ゆ…許せませんわ!」
ガタン、とバレリアナが立ち上がる。あぁこんなに想われるなんて、アランはなんて幸せな男なんだ。非モテだった前世の俺だったら、なんて喜ぶだろうに。
「バレリアナ、落ち着いて、」
「大きな声を出して、どうしたんだい?バレリアナ」
急に新たな声が割って入ってくる。
この声は……!!
俺は立ち上がって、声の方を見た。
そこにいたのは、サラサラのブロンド、切れ長のアイスブルーの瞳、すっと通った鼻筋、少し太めの眉、少し薄めの唇……の。
「ロ、ディ…」
俺の推しである、ローディアン・バミッド、その人だった。