17.旅立つ前に
アラン・ギィズリードは自分の前世が日本の男子高生・新妻亜嵐だったこと、この世界が乙女ゲーム『おとせか』こと『聖女は世界樹の花を咲かせる』の世界であったことを思い出した。
明日は悪役令嬢との婚約を破棄し、聖女との婚約を発表する断罪イベント。
だがアランの推しは悪役令嬢の兄なのだ。
アランは推しを幸せにするため、そして自分も幸せになるために奮闘する!
「それで、アランのお話とは?」
「あぁ…、その。ロディ様のことなんだけど…」
俺はバレリアナに、会っていなかった半月のロディについて話した。
最初はかなり過保護に心配されたこと。剣術の授業を見に来たこと。それなのに、急にまったく顔を見せなくなったこと。
俺が話している間、バレリアナとアルカンナは、なんだかずっとニヤニヤしていた。俺はさすがに少しイラッとしてしまう。
「俺、真剣に話してるんだけど」
「あぁ!申し訳ございません!真剣なお話ですわね」
「ロディ様にもう5日も会えていないっていう、真剣な悩みね!」
きゃっきゃっとふたりは喜んでいる。やっぱりからかわれてないか?
*旅立つ前に
「真剣なお話ですけれど、お仕事が溜まっているのではないかしら」
バレリアナが首を傾げて言った。
「おっしゃる通り、毎日のようにアランに会いに行っていましたから、おそらく…」
「え?…仕事に影響が出るほどだったってこと?」
「あくまでも、わたくしの憶測ですが」
確かにバレリアナの言う通りだ。
ロディは俺が意識を取り戻すまでつきっきりだったという。俺が学園に復帰した後も、早い時間に俺に会いに来ていた。その間、思うように仕事ができなかったのかもしれない。しかもこの間は、わざわざ休みまで取って学園に来た。
ロディの仕事がどんなものかはわからないけれど、働きはじめてまだ2年目だし、無理を言ったのかも。
「……申し訳なかったな…」
それなのに、邪険にしてしまった。
ロディは、100%善意だったに違いないのに。
「そんな顔をなさるくらいなら、手紙でもお書きになったら?」
「…手紙?」
「そうですわ。それで、看病のお礼とか言って、お誘いになったらよろしいのよ」
「わ!きっとロディ様喜ぶよ、アラン!」
アルカンナは手を叩いて賛成する。無邪気なようすに癒されるけど…。
「…でも、忙しいんじゃ…」
「忙しいとは言っても、休みはありますわよ」
「……そうかなぁ」
う~ん…。
せっかく看病も終わったのに、またわざわざ会いに来てもらうなんて、申し訳ない気もするんだよなぁ。
うんうんうなりながらサラダをつついている俺に、バレリアナが溜息をついた。
「これはまだ内密にしてほしいのですけど」
「……?」
「近々、カンナが王都を出ることが決定していますの」
「え……!」
アルカンナが王都を出る。
それはストーリーの後半、魔王の討伐に近付いているということじゃないか?
「北の魔の森がさわがしいと…聖女の力が必要だそうですわ」
俺がアルカンナを見ると、深刻な顔でこくり、と頷いた。
やっぱり、そうなんだ…。
これから先のルートは、どうなるかわからない。『おとせか』にはバッドエンドもある。アルカンナが魔王を退治できなければ…。
「それに、わたくしも同行することになりましたの」
「えっ!?」
俺は驚いた。
バレリアナがアルカンナの魔王討伐に付いていくなんて、そんなルートはない。
ストーリーが大きく変わったとは思っていたが…ここまでとは。
「ですから、わたくしがいない間お兄様のことをお願いしたいのですわ。アランとお兄様が気まずいままだと、心配なのです」
バレリアナがアルカンナに同行し、ロディは同行しない。ロディが同行しないルートはあるけど…もはや、これから先の未来を予測することは難しそうだ。
「わたくしがいない間…お兄様を支えてくださいませんか?アラン」
バレリアナのまっすぐな瞳に、抗えるはずはなかった。