15.笑顔の壁
アラン・ギィズリードは自分の前世が日本の男子高生・新妻亜嵐だったこと、この世界が乙女ゲーム『おとせか』こと『聖女は世界樹の花を咲かせる』の世界であったことを思い出した。
明日は悪役令嬢との婚約を破棄し、聖女との婚約を発表する断罪イベント。
だがアランの推しは悪役令嬢の兄なのだ。
アランは推しを幸せにするため、そして自分も幸せになるために奮闘する!
「本当にどこも悪くない?痛いところや、違和感は?」
「まったくありません、ロディ様」
「授業の途中でも、何かおかしいと思ったらすぐに中断するんだよ」
「分かっています。そこに座って、見ていてください」
ロディが俺を無暗に心配するのをやめる条件として提示してきたのは、授業参観だった。
俺が剣術の授業に復帰する日をわざわざ非番にしてもらい、学園にやってきたのだ。ロディは俺の3歳年上で、卒業したのは2年前のこと。在学中はその美しい見た目と優秀な成績で目立つ存在だった。学園内にはいまだにロディのファンがいる。
俺にべったりとくっついて登校してきたロディを見て、学園中が驚いた。誇張表現でなく、本当に学園中が。
剣術の授業を行う校庭は、コの字の校舎に囲まれている。窓際の生徒の熱烈な視線が痛い。
「アラン、無理はしないで!」
亜嵐だった頃に、思春期に母親が来た授業参観よりも厳しい。なにせ注目度が半端ない。
まるで過保護な母親のような声援に、かすかな微笑みが広がる。決して悪いものではなく、「ロディ様お優しい」という好意的なものだったが。
一応俺、剣術の成績は良いほうなんですがね…。
*笑顔の壁
案の定剣術の授業はなんの問題もなく終わった。
気分が悪くなったり、傷が開いたりすることもなく、怪我をする前とまったく変わらずに先生に褒められたのだった。
剣術の授業を終えて、放課後。
俺は一日の授業が終わるのを図書室で待っていたロディと落ち合った。先に帰っていていいと言ったのに、せっかくだから一緒に帰ろうと言われて、嬉しい気持ちもあって同意した。やっぱり、推しには弱い。
帰りの馬車の中で、アランはニコニコと俺に話しかけた。
「アランの剣を見たのは久しぶりだったけど、変わらず良い太刀筋だったね」
ロディとは、学園に入学する前に手合わせをしたことがある。入学してからは学年も違うし、自然と一緒に稽古をすることはなくなったが。
どこか誇らしそうににこにこと笑うロディに、少し呆れる。あんなに心配していたのに。
まぁ上機嫌そうだからいいか。
「アランは、卒業後はどうするつもりなの?」
「卒業後…ですか」
アランは、もともと剣術の腕を活かして騎士団に入団する予定だった。俺もそれが良いと思う。今後の人生はゲーム中では描かれていないから、自分で決めるしかない。
長兄は父親について家を継ぐための勉強をしているが、次兄は騎士として王宮に仕えている。俺もそれに倣おうと思ってはいるが…。
「騎士団の入団試験を受けるつもりです」
「そう。…あれだけの剣術の腕前だもんね」
「はい。兄に続ければいいのですが」
「……」
ロディが急に黙り込んだ。
…え?なに?
今の今まで上機嫌だったのに、なんで急に黙り込む?何か悪いことを言ってしまったか?
何を言っていいかわからずにいると、ロディがばっ、と顔を上げた。
「もし、もしも…僕が…」
「…?」
「僕が…」
僕が、と言うロディの呼吸は、なんだか浅かった。
ロディがこんなふうに言い淀むのは珍しい。いつも明瞭で、自分の意志を持っている人だから。こんな迷うような表情…スチルでもあったかな…。
俺は思わず、ロディの顔を凝視した。
「…っ、いや、なんでもない」
「…ロディ様?」
「なんでもないよ、アラン」
にっこりと、ロディは笑った。
いつも通りの笑顔だったけど…絶対に今、なにか言おうとしてやめたじゃん。
完璧な推しの笑顔は、そりゃ美しかったけど…俺はモヤモヤした感情をぐっと飲み込んだ。美しい笑顔は、俺を拒絶しているように見えたから。




