1.悪役令嬢断罪イベント前夜
アラン・ギィズリードは自分の前世が日本の男子高生・新妻亜嵐だったこと、この世界が乙女ゲーム『おとせか』こと『聖女は世界樹の花を咲かせる』の世界であったことを思い出した。
明日は悪役令嬢との婚約を破棄し、聖女との婚約を発表する断罪イベント。
だがアランの推しは悪役令嬢の兄なのだ。
アランは推しを幸せにするため、そして自分も幸せになるために奮闘する!
「どういうことですの?アラン」
「いやあのだから…あの…婚約破棄してほしいんです……」
俺こと、新妻亜嵐こと、アラン・M・ギィズリードは、豪奢な金髪縦ロールの女性にガン詰めされていた。
こんなみじめな婚約破棄ってある?
「婚約破棄って、あなたご自分の言っている意味がおわかりになっていますの?」
「やめてください、バレリアナ様。アランは悪くないんです」
「アルカンナ様…一体あなた、どういうつもりでここにいらっしゃるの?」
「アランは、私のことを思って…!」
ここは俺の応接間。低いテーブルを挟んで、縦ロールの令嬢・バレリアナ。そして俺の隣にはピンク色の髪のアルカンナ。ふたりはバチバチと睨みあっている。
どうしてこんなことになってしまったかというと…話は、1日前にさかのぼる。
1.悪役令嬢断罪イベント前夜
「明日のパーティ楽しみね、アラン」
「あぁ、そうだなアルカ…ンナ…」
昨晩、俺の私室。応接間よりも私的な部屋のソファで、リラックスして俺に体をゆだねるアルカンナの体温を感じながら…俺は唐突に思い出した。
俺の前世が新妻亜嵐という名前の日本の男子高生だったこと。そして今生きるこの世界が、俺が前世でハマっていた乙女ゲーム『聖女は世界樹の花を咲かせる』通称『おとせか』の世界であること。
「うぅ…っ」
突如流れ込む記憶の洪水に、俺は頭を抑えてうなった。
「アラン!大丈夫?」
アルカンナは心配そうに俺を見ている。あぁそうだ、このまんまるい水色の目、ちょっと子供っぽい、かわいらしい容姿…間違いなく『おとせか』のヒロイン、アルカンナ・ビーだ。
そして俺は…アラン。アラン・M・ギィズリード。ギィズリード伯爵家の三男で、『おとせか』の序盤でアルカンナをサポートする重要人物。だが、最終的にアランがアルカンナと結ばれることは絶対にない…。
『聖女は世界樹の花を咲かせる』は大ヒットした乙女ゲームだ。
もとは妹が好きだったのだが、リビングのテレビでプレイしているのを見ていていつの間にか俺のほうがハマってしまった。
ストーリーは、庶民として暮らしていたアルカンナがある日聖女としての力を覚醒させ、さまざまな苦労を乗り越えながらも最終的には魔王を倒し、世界を平和にする…と、ざっくり言うとそんな感じ。
『おとせか』のおもしろいところは乙女ゲームでありながら、作りこまれたRPGでもあること。ヒロインのステータスを上げなければ決してトゥルーエンドにはたどりつけず、恋愛にうつつを抜かしすぎると世界が滅んでしまうバッドエンドになるというゲームシステムが受け、大ヒットゲームになった。
アランはアルカンナが聖女として認められて入学する貴族学校の同級生で、序盤のステータス上げには欠かせないキャラクター。アルカンナの攻略対象のひとりで、アランルートを選択すると一番ステータスが上昇する。だがアランルートには落とし穴があって…アランは、ゲームの後半には登場しないキャラクターなのだ。魔王討伐のパーティメンバーに、アランは選ばれない。そのため、前半アランルートを選んでもアランとはゲームの中盤で必ず別れなければならない。その別れを乗り越え、ヒロインはもっと強くなるのだ……。
(おいおい、婚約破棄までしておいてそんなのありかよぉ)
と思ったのを覚えている。アランとは名前が同じこともあって、けっこう思い入れのあるキャラクターだったのにガッカリしたのだ。
まさかそんなキャラクターに転生してしまうとは…。しかも、アルカンナは今なんと言った?『明日のパーティ』?…それは、まさか。
「アルカンナ…明日の、パーティって…」
「アラン、どうしたの?もしかして、明日のパーティに出られそうにない?」
「明日のパーティって、あれだよな。あの…」
「明日のパーティでは、アランは私との婚約発表をしてくれるって言ってたけど…でも、体調が悪いなら無理しないで」
やっぱりそうだ。俺の婚約者、バレリアナは貴族学校でアルカンナをいじめていた悪役令嬢。俺、アランはバレリアナとの婚約を破棄し、アルカンナと婚約するとパーティの場で大々的に宣言する。このイベントで、アルカンナはアランとの絆を深める。ヒロインとの絆を深めるステータス上げには欠かせないものだ。
その婚約破棄イベントが、明日…。
キラキラと俺を見上げてくる水色の瞳は、心から俺を心配しているようだ。本当に優しい、いい子のアルカンナ。
「あ、あぁ…」
なぜ、こんな時に前世の記憶が戻るんだ!もうわけがわからない。
「ごめん、明日に備えて今日は早く休むよ…。予定通り、明日迎えをやるから…」
「うん、わかった。ゆっくり休んで。…これ、クッキー焼いてきたの。良かったら食べて」
ヒロインの焼いたクッキーは、大切な回復アイテムだ。
「ありがとう…」
アルカンナを見送って、俺は深いため息をついた。