表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

妖怪の仕業

 地域おこしの為に無理やりこの世に、それも唐突に、N市という町に顕現させられた三頭身の妖怪『ぱうろんどんもあし』を巡って、これまた世知辛い世の中で生計を立ててゆく為に仕方なく妖怪退治を生業にしている動画配信者『YOHEI』の回想録がこの度出版の運びとなった。


 N市は全国でも有数の城跡を有してはいるが世にある地方都市の定めとして若者の流出を招くようなエンターテインメントの不足に長年悩まされてきた。そこに都合よく現れた『ヤマザキ』を名乗る謎の人物は役場の人間と駅前の居酒屋で接触し、こう持ちかけた。



「お兄さん、私はね、妖怪を呼び出す力を持っている人間なんだ。この頃、妖怪退治のパフォーマンスが動画で流行ってるけど、あれはねちゃんと仕掛け人がいるんだよ」



 私も同じ役場で働いている人間として事情を知る者ではあるけれど、当然ながら出版された『YOHEI』氏による回想録にはその辺りの事情は伏せられている。見た目も爽やかな好青年の『YOHEI』氏はほとんど正義のヒーローで通っているようなものだけれどヤマザキ氏からの情報によれば、各地に存在する妖怪顕現の能力を有する異能集団の長とYOHEI氏には太いコネクションが存在していて、現在では殆どそのビジネスが確立されていると言うのだ。



「まあ初めはね、どちらも大望があったのさ。片方は妖怪を使役してやりたい様にやりたいっていう側と、もう片方はこの世から妖怪を撲滅させたいという、そんな感じで。異能集団が段々組織化してきて、今の長が選ばれてからは大分ずる賢くなっちゃってね、そこに丁度マスコミがYOHEIさんをヒーロー扱いし始めた頃だったから。あとは想像できるでしょ」




 品評会で金賞も獲得している地酒に酔いしれて真っ赤っかになった顔で同僚を口説くことに成功したヤマザキ氏。どこからどう見てもその辺の気前のいいおっちゃんにしか見えなかったそうだが、その仕事ぶりには目を見張るものがあった。表計算ソフトを用いてきっちり作成された資料には顕現させられる妖怪のの種類とその特性、と『費用』が一覧で示されているどころか、顕現の日取りから退治までの段取りなども別の書類に記載されていて、終いには念書も用意されていた。



「本当に大丈夫なのか。というか妖怪は『ぱうろんどんもあし』でいいのか?」



不安だった私は同僚に何度も詳細を訊ねた。『ぱうろんどんもあし』という妖怪は比較的マイナーな妖怪で、その能力は電化製品に動作不良を頻発させるというものだった。実際に顕現させられた際、派手な騒ぎにならないように選ばれたのがこの妖怪だった。



 その『費用』はいかほどかと思って一覧を瞥見したところ、使途として仮に議会で追及されたとしてもギリギリ隠し通せるくらいの額だった。まあそもそも議員さんにも周知される話になっていたから別段心配する必要はなかったが、肝心なのは『経済効果』である。妖怪退治系動画配信者『YOHEI』氏には話を通してあるからとヤマザキ氏に伝えられているものの、どこまで話題として効力があるのかは正直未知数でもあった。何より退治の舞台が『役場』であることがどういう影響を及ぼすのかも分かっていなかった。



☆☆☆☆☆☆



 7月某日ヤマザキ氏との『契約』通り、市役所内の電化製品が突如として誤作動し始める事態が発生した。業務に支障が出ないよう事前に対策が取られていたため、特に重大な問題は生じなかったが運悪くエレベーターが使えなくなって職員が皆階段を上り下りする羽目になったのは誤算の一つだった。予め示し合わせていた地元の新聞社にその日中に取材に来てもらい、『怪奇現象が発生した』と少しばかり物々しい見出しで記事を書いてもらい即時ネットニュースの方に掲載される。SNSの様子もチェックし、既に妖怪退治界隈で恒例となっている『YOHEI』氏にユーザーが伺いを立てる展開になったのを確認。



『YOHEIさん、これってやっぱり妖怪の仕業じゃないですか?』



『どうやらそのようですね。出動の準備をします!!』



 リプを送ってくれたユーザーについては我々の仕込みではない。うまい具合に『YOHEI』氏が返信してくれて翌日にはYOHEI氏が役場に駆けつけてくれた。近年では科学ではどうにも解明できない現象が急増しているからN市として公式的ではないにせよ『怪異』として、その処置は自治体の判断に委ねられることになっている。実際、問題がなくなれば過程については問わない昨今の論調だと多分にYOHEI氏のような存在に任せ易い事情があるのは確かだ。昔だったらそうはゆかなかっただろう。




 YOHEI氏はいつも通り『取材』という名目で動画配信者として撮影を行う。まずは誤作動の生じたエレベーターの扉に素手で触れて、目を瞑り何かを確かめているような表情になった。同僚と共に現場に立ち会った私も彼と直接やりとりをするのが初めてだったので、


「どうですか?」


と違和感の無いように『演技』しながら訊ねてみた。もしかしたら本当は彼とヤマザキ氏は通じていないんじゃないだろうかという微かな疑惑はあったものの、YOHEI氏が静かに「これは妖怪の仕業のようです」と言ってくれたのでその後は非常にスムースだった。



 同じく誤作動を起こしていたパソコン、トイレの照明、プリンターなどをチェックしてもらい、特にメチャクチャな内容が印字されたプリンターの用紙に『妖怪が関与している兆候が見られる』と診断してもらったところが信憑性を増す働きをしたに違いない。


「これから退治します!」



 そしていつも通り呪文の書かれてある札を取り出して動画的にはクライマックスに差し掛かった時、我々も予期していなかった問題が生じる。



「あ…カメラ誤作動してる!!!」



『動画配信』には必須のカメラも確かに電化製品だったのだ。退治の場面だけは『生配信』するのが恒例になっていたが、妖怪の能力によって誤作動したままのカメラでは撮影は不能。完全な誤算というか事前に思い至れなかった我々の不手際というか、ヤマザキ氏の不手際というか…。機転を利かせて、ちゃんと起動していたスマホのカメラで一部始終を撮影して、それを事後にアップロードするという手段に切り替えた。非常に残念そうな表情のYOHEI氏ではあったが、ちゃんと『仕事』をやり遂げ、退治される直前の一瞬だけ我々の前に三頭身その姿を現した『ぱうろんどんもあし』もはっきり目撃することができた。



 退治後、回復したカメラでの撮影が再開され、起動し始めたエレベータ内で同僚と共にYOHEI氏に感謝を伝える。



「お仕事頑張って下さいね」



彼の一言には何か色んな意味が込められているようにも感じた。後日配信された動画はかなり上手に編集されていて、懸念されていたスマホ撮影による妖怪退治のシーンはむしろ妖怪の存在を視聴者に実感させる特殊な効果を生じさせていた。


 

 発売された回想録ではN市の章で『動画配信者としてある意味一番厄介な妖怪でした』という言葉で締め括られている。地域おこしとしてどれだけの効果があったのかは今後の展開にもよるけれど、少なくとも県内では結構な話題になっていると聞く。



 ところで私は密かに顕現させられあえなく退治されてしまった哀れな三頭身の妖怪『ぱうろんどんもあし』に同情を禁じ得ない心境になっていた。見た目はおじいさんのような顔であまり可愛いものではなかったが、妖怪にだって意思はあるのだろうと思う。そんな折、役場にヤマザキ氏から事後報告として電話が掛かってきた。同僚不在の為、私が代わりに出て対応したのでせっかくなのであの妖怪がその後どうなるのかについても訊ねてみた。



「ああ、あの妖怪でしたら一仕事終えて温泉に行ったらしいですよ。『退治』とは言いますけど、実際は『退去』してもらうだけですからね。ははは」



一瞬でも同情した私の気持ちは…まあ酒でも飲んで忘れることにしよう。

ナンセンス物語として書き始めたので、ちょっと「ばからしさ」の雰囲気が漂う作品ですが、「YOHEI」さんがどんな人物なのかは想像に委ねられています。そちらの方の見方で読んでいただければ、味わいはちょっと違うかも知れません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして。Xで情報をみてやってきました。 確かに、撮影カメラにまで影響があったなんて、とちょっとひんやりしました。そしてこの現象はどうなるんだろうと。 退去してもらうだけとは(*^_^…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ