第97話 嫉妬と怒り
落ち着いたリリーカさんは、まだ顔を赤くしながらもオレンジジュースを飲む。
俺も自分のジュースを口にして一呼吸置くが……さて、どう切り出すべきか。直球勝負……単刀直入に聞くべきなんだろうけど。
チラリとリリーカさんに目を向ける。
……相変わらず、めちゃめちゃ綺麗だ。魔法少女はみんな可愛くて綺麗なんだけど、リリーカさんは頭一つ抜きん出ている。
こんな人にキスをされた……うぅ、また体が火照ってきたぞ。
家ではなく、人目のない密室……しかも公共の場で、美女と二人きり。
カラオケ店の薄暗い感じと、遠くから聞こえてくる雑多な音楽に加え、熱に浮かされたような感覚のせいで夢の中にいるような気がしてきた。
「あ、あの時の……キスのことなんだが、な」
「っ。は、はいっ」
ぼーっとしてきた意識が、リリーカさんの声で引き戻された。
まだ顔が赤いリリーカさんが、ぷっくりとした唇を指先で撫でる。
劣情。この言葉の意味を、身をもって理解した。
「わ……私にも、正直わからないんだ」
「……え?」
わ、わからない? それは……え?
まさかの言葉に呆然としていると、リリーカさんは首を思い切り横に振った。その勢いで金色の髪が、弧を描く。
「い、今のは違くて……! いや、違くはないんだが……!」
「落ち着いてください。しっかり聞きますから」
「う、うむ……」
指をもじもじ。髪をいじいじ。少し時間を置き、もう一度話し始めた。
「あの時……私たちは、リーファの力を目の当たりにした。強力無比で、鉄壁の守り。仲間は次々と倒され……あの戦いを機に、魔法少女を引退した子もいる。あんなもの、私たちの力ではどうすることもできないと……そう思っていた」
ぽつり、ぽつりと話し始めるリリーカさん。
この人の言いたいことはわかる。確かにあの時の戦いは、凄惨を極めていた。
リリーカさんはゆっくり天井を見上げ、自嘲するような笑みをこぼす。
「私は、リーファとキルリを殺すことを考えていた。あれをあのまま、この世界に置いておくことはできないと……それなのに君は、自分の命を投げ打ってまであの二人を救おうとした。いや、実際救った。その時に浮かんだ感情は……怒りだ」
「怒り……?」
「ああ。仲間を傷つけたリーファへの怒り。あの程度の敵や困難を乗り越えられなかった私自身への怒り。そして何より、自分のことを顧みずリーファを救おうとした……君への怒りだ」
リリーカさんが俺の手を取り、真っ直ぐ目を見つめて来た。
美しく、吸い込まれそうな瞳を前に……体が、動かなくなる。
「どうしてあんな無茶をしたのか。どうして自分が傷つくのを恐れず、相手を救えるのか。リーファの時だけじゃない。龍安家のことと、ビリュウさんの時もそうだ。……嫉妬したんだ。あの二人に」
「し、嫉妬……ですか?」
無言で頷き、少しだけ顔を伏せる。
「なんで嫉妬したのかはわからない。けど、その感情が怒りになって、私のことも見てほしくて……あんなことをしてしまった。はは……私は、私が嫌になるよ」
話は終わり、というように黙りこくるリリーカさん。
嫉妬と怒りで、キスをしたってこと……だよな。
わからない。それはいいことなのか、悪いことなのか。だけど、前向きな感情じゃないことは確かだ。
そんな感情でキスをされた俺のことを考えてみろ。……すごく、もやっとする。
「……リリーカさんは、俺のことが好きなんですか?」
「す、好きっ……!?」
予想外の質問だったのか、リリーカさんは目を見開いて口をあわあわさせた。
「だってそうでしょう。他の女の子に優しくしたら嫉妬するとか、怒りが湧くとか……俺かツグミのどっちかに、好意があるんじゃないですか?」
「そっ……んな、ことは……」
歯切れが悪く、言葉が尻すぼみになっていく。
「……すまない、わからないんだ。私は、君を好きなのか?」
「いや俺が聞きたいんですけど」
「あ。そ、そうだよな。……けど、本当にわからないんだ。私はもちろん、凜々夏の時でさえ、誰かを好きになったことはない。君も知っている通り、あんな性格だからな」
あぁ……確かに凜々夏は、男女関係なく他人に怯えているような子だ。誰かを好きになるって、想像できない。
「そうですか……すみません、変なことを聞いてしまって」
「う、うむ。いや大丈夫だ。元はと言えば、私の責任だからな」
苦笑いを浮かべるリリーカさんを見て、俺もつい笑ってしまった。
人の感情は、本人にしかわからない。好きか嫌いかは、その人次第だ。
けど、もしこの人が俺のことを好きだったら……ビリュウさんからも好意を向けられている俺は、どっちを選ぶべきなんだ……?
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