第90話 命令
◆???◆
暗い部屋の中、巨大モニターのぼんやりとした青白い光りが部屋を照らす。
モニターを前にして、軍服を着た少女は緊張の面持ちで何かを待っていた。少女が息を吐くと、ウェーブの掛かったライト・スカイブルーのボブカットがふわりと揺れる。同時に、星の煌めきのようなものが少女から飛び散り、消えた。
その時、モニターの映像が揺らぎ、画面が切り替わった。
画面の向こうに現れたのは、同じく軍服を着た人間。だが歯を剥き出しにした仮面を着けていて、男か女か判別できない。少女の直属の上司だが、彼女自身も仮面の下を見たことがなかった。背後には星条旗が飾られ、祖国そのものと相対しているような錯覚を受ける。
少女が仮面の人間に敬礼をする。仮面の人間も答礼をし、手を下げた。
『楽にしてくれ、コメット』
ボイスチェンジャーを使っているのか、声も男か女か判別できない。徹底した機密遵守の精神だ。
コメットと呼ばれた少女は、手を後ろに組んで微動だにしない。とても楽な姿勢ではないが、この人を前に粗相はできない。
『コメット。まずはこれを見てくれ』
再び、映像が切り替わる。映し出されたのは、とある魔法少女の戦闘シーンだった。
魔法少女然とした黒いワンピースに、ヴァイオレットの混じった黒髪。同じく深いヴァイオレットカラーの瞳。同性だとしても惚れ惚れするほど美しい容姿。コメットは思わず見惚れてしまったが、直ぐに気持ちを切り替えた。
『彼女を知っているかな?』
「はっ。ジャパンの魔法少女・ツグミであります」
『さすが、よく知っているな』
「ファンであ……ごほん」
思わず本音が出てしまった。とりあえず咳払いをして誤魔化す。
「そ、それで、私が呼ばれた理由はなんでしょうか、長官」
『……彼女の力を見て、どう思う?』
今度はとある一つの映像で一時停止した。
ピンク色のオーラを一点に集中して、対象に向けて殴りかかっている瞬間。コメット自身も日本のMTuber配信をリアルタイムで見ていたが、膨大なエネルギーの収束と解放は映像越しでもわかるほど、異質なものだった。
「素晴らしい力だと思います。この力を持つ魔法少女がいるならば、友好国ジャパンの未来は明るいかと」
『本当にそう思うかね?』
長官の圧のある言葉に、コメットは萎縮しながらも身を正す。何か良からぬ地雷を踏んでしまったのか……見当もつかなかった。
『確かに我々アメリカとジャパンは友好国だ。が、それは国と国に該当する。個人の思想はわからない』
「おっしゃる通りです」
一先ず、同意しておく。この人に逆らえば死を意味する。今までの経験から、咄嗟に出た言葉だった。
『お前も知っている通り、魔法少女協会に登録された魔法少女は素の姿をも登録する。が……ツグミはそれを登録していない。しかも登録されたのが、つい数ヶ月前のことだ』
「それは……その時に、魔法少女の力に目覚めたからでは?」
『そうだ。だがお前も知っている通り、魔法少女の見た目年齢は、素の時と大きく変わらない。成長と共に姿は変わるものだ。そこで調査部に依頼し確認したんだが……恐らくツグミは、16歳から18歳頃の年齢と思われる』
馬鹿な……!? という言葉をぐっと飲み込んだ。
本来魔法少女は、13歳の誕生日を迎えた日にモモチと契約し、力を得る。それから数年過ぎてから魔法少女として覚醒するのは、とても考えられなかった。
『彼女が何者なのか。どうしてこれ程までの力を有しているのか。……この力は、我が国にとって脅威なのか、知りたい。そこで命令だ、コメット。ただちに日本に出立し、魔法少女・ツグミの調査及び接触せよ』
「はっ! ……長官、お聞きしてもよろしいでしょうか」
『なんだ?』
「彼女が我が国の脅威と判断した場合は……どうすればよいでしょうか?」
コメットの言葉に、長官は無言の圧を放つ。
喉に絡まった何かを飲み込み、コメットは立位の姿勢から、敬礼をする。
映像が消え、彼女はそっと息を吐いて力を抜いた。長官の命令は絶対だ。逆らうことはできない。
ただちにと言われたからには、コメットには一刻の猶予もなかった──。
続きが気になる方、【評価】と【ブクマ】と【いいね】をどうかお願いします!
下部の星マークで評価出来ますので!
☆☆☆☆☆→★★★★★
こうして頂くと泣いて喜びます!