第110話 定期連絡
湯冷めする前にコメットの体を拭き、浴衣を着せて部屋の布団で休ませる。幸い、古い旅館ではあるけどエアコンは最新型で、涼むにはちょうどいい塩梅だった。
本当は夕食の時間だけど、女将さんに言って少し遅らせてもらっている。コメットも、今はそれどころじゃないからな。
「キュ~……」
まだ目を回しているコメット。女将さんに用意してもらった濡れた手ぬぐいで頭を冷やし、部屋から広縁に出てソファに体を沈める。
……少しだけ、変身を解除してもいいかな。ここからならコメットが起きたらわかるし、直ぐに変身すればいい。
維持していた変身を解除すると、体にずしっとした重みが加わった。元の体重に加えて、魔法少女の馬鹿力が無くなったから、余計重く感じる。
「はぁ……疲れた……」
窓から外の庭に目を向ける。蛍まで飛んでいるらしく、まばらな明かりが光っては消え、消えては光っていた。
それだけじゃない。魔法によって自然まで徹底管理されているのか、夏前なのに鈴虫やコオロギの鳴き声まで聞こえてくる。
空を見上げると、そこには綺麗な三日月と満天の星空があった。魔法少女の村も、同じ星空だったな……外界と一切を遮断された空間ならではの光景だ。絶景かな。
緑茶を啜って――こういう時、酒が飲めたら最高なんだろう――ゆったりした気分に浸っていると、不意にこの環境に似合わない電子音が鳴った。俺のスマホだ。もう少し、このチルい雰囲気に浸らせてくれよ。
仕方なくスマホを手に取ると、リリーカさんからの着信だった。このまま出ない訳にもいかないし……。
「……もしもし?」
『ひゃわっ!?』
俺の声を聞いた第一声がそれかよ。
『お、驚いた……男の姿に戻っているのか……?』
「はい。ちょっとライス……コメットが湯あたりして、寝ているので」
『あまり任務中に変身を解くなよ。いつどこで、誰が見ているかわからないのだからな』
「わかってます」
あぁ……リリーカさんの声、安心する。なんだかんだ、コメットといる時は気を張ってるからな。
と、通話の向こうから、何やら賑やかな声が聞こえた。
ずっと魔法少女に変身しているからか、鋭敏になった聴覚が声の主を特定する。
「リーファとキルリさん……あとミケにゃん、ゆ~ゆ~さんも一緒にいるんですか?」
『うむ。一緒に食事をすることになってな。今は協会で、タコパの準備中だ』
「うわ、羨ましい」
俺がコメットとの情報戦や駆け引きで手を焼いているのに、タコパなんてずるい。俺もタコパしたい。
『早く任務を終わらせて帰ってこい、待っているから』
「ありがとうございます」
リリーカさんの優しさが身に染みる。まあ、あと一週間はコメットと一緒にいなきゃいけないんだけど。
それまでに、なんとしても有益な情報を得ないとな。
「ところで、リリーカさんから俺に電話を掛けてくるのって珍しいですよね。俺に何か用事でも?」
『えっ? あ、いや、その……』
いきなりしどろもどろになった。何かを言いづらそうにしているというか……なんだ?
リリーカさんの息遣いに耳を傾けて待つ。その間、ずっとむにゃむにゃした声が聞こえて来た。
『そ、そのだな……隠しカメラとマイクの電源が切れて、しばらく経っただろう? こ、コメットと不純な関係になっていないか、確認の為に電話したのだ』
「……なるわけないでしょう」
ごめんなさい。心の底から否定はできない。俺、生まれて初めてハニートラップしちゃったから、不純と言えば不純だ。未遂に終わったけど。
『そ、そうか、ならいい。……あまりハメを外しすぎたり、コメットに傾倒しすぎるなよ。まだ奴の正体も、なぜ日本に来たのかもわかっていないんだからな』
「了解しました」
ではな、と言い、通話を切られた。
丁度その時、コメットがもぞもぞと動き出し、起き上がる。一瞬でツグミの姿に変わり、彼女に近付いた。
「ライス、大丈夫ですか?」
「YES…sorry, お水を……」
「はい、どうぞ」
冷たい水を差しだすと、コメットは勢いよく飲み干し、体の中の熱を出し切るように思い切り息を吐いた。
「ぷっは~! 生き返ったデースっ」
「ごめんなさい、ライス。私、ちょっと調子に乗りすぎちゃったみたいで」
「のっ、NO!! ワタシも……大変、ご馳走様でした……♡」
まだ体が火照っているのか、朱色に染まった頬を手で覆い、熱を帯びた視線を俺に向けてくる。ある意味身の危険を感じるのは気のせいだろうか。
「あ……それより、誰かと電話していマシタ?」
「え? あ、あぁ、はい。協会の上司の人と、少しだけ」
「Oh, 定期連絡、大事デスネ。ワタシも……あ」
今度は一気に青ざめた。このリアクションは……。
「定期連絡……忘れてるとか?」
「…………」
ダラダラ汗をかき、何度も頷くコメット。あぁ、やっぱり。
「私はこっちの部屋にいるので、どうぞ隣の部屋で連絡してきてください。その間に、ご飯の用意もしてもらいますから」
「さ、Thank you!! 助かるデス!」
いそいそ、あわあわとスマホを取り出し、隣の部屋に引っ込んでいった。
今日わかった、コメット情報メモ。
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