第105話 For justice
竹藪と灯篭に囲まれた石畳の通路を抜け、本館の玄関で靴を脱ぐ。
和紙と木組みで作られた間接照明に照らされた廊下は、高級そうな雰囲気と共に歴史と物々しさを感じる。確かに龍安家もこんな感じだったな。
生けられた花、飾られた掛け軸、陶器……なんと、鎧兜まである。旅館じゃなくて、美術館や展覧会って言われても信じちゃうくらい、数々の美術品が並んでいた。
何回か角を曲がると、いきなり陽光に照らされた中庭が現れた。小川が流れ、木々と草花が生い茂っている。大自然のようで、下品じゃない。まさに京の都然とした中庭だ。
「Wow…おうちの中とは思えマセン……」
「わかる……」
ここだけを切り抜いたら、森の中に迷い込んだと勘違いしそうだ。
中庭を横目に、また少し薄暗い廊下を進む。入り口から結構奥まで進み、ようやく女将さんが立ち止まった。襖の上には、達筆な文字で『陽天の間』と書かれている。
「こちらが、ご用意させていただいたお部屋でございます」
女将さんが襖を開けて、俺たちを中へ誘う。
後ろからついて来ていたコメットが、少し俺の服を握った。こういう所、初めてで不安なんだろうな。俺も初めてで、どうしたらいいかわからないけど。
「お夕食は18時です。それまで、どうぞごゆるりと」
「あ、ありがとうございます」
「さ……Thanks」
去っていく女将さんを見送り、なんとなくコメットと顔を見合わせる。
「あー……とりあえず、入ろうか」
「そ、そうデスネ」
スリッパを脱いで板の間に上がり、客間へ入る。
広い……広すぎる。客間だけで14畳くらいある。それだけじゃなくもう一部屋付いていて、そっちも同じくらい広い。
広縁も各部屋に一つずつ。そこから見える景色は、さっきの中庭とは別の大自然だ。トイレも二つあり、室内温泉まで付いている。
2人で泊まるには、余りにも広すぎる。しかもここ以外の部屋にも、お客さんは誰もいない。俺たちの貸し切り状態だ。
嬉しいとか楽しもうとかの前に、申し訳なさが勝つな。
「Wow…すっっっっっっっごく広いデス!」
コメットはそんなことを微塵も考えていないのか、荷物を置いて直ぐ畳に寝転んだ。さっきまで不安そうでしたよね、あなた。意外と豪胆なんだな。
俺も荷物を置いて、広縁と中庭を繋ぐ窓を開ける。
ここでも小川のせせらぎが聞こえる。陽光が照らす中庭は美しく輝き、木々に小鳥が止まっているのが見えた。
広縁の椅子に座り、その様子をぼーっと見つめる。いいなぁ、自然は……癒される。
「ティナ、何をしてマスカ?」
「何もしてないよ、ただぼーっとしてるだけ」
「ぼーっと……?」
「ライスもそこに座って、中庭を見てたらわかりますよ」
訝しげな顔をしているコメットも椅子に座り、中庭を見つめる。
柔らかい陽光がじんわりと体を温める。女将さんが淹れてくれたお茶の香りを楽しみ、何も考えず外を見つめる。
「私たち、いつも忙しいですからね。こうして何もしない、ぼーっとする時間が……好きなんですよ」
「I see…なんとなく、わかる気がシマス。のんびりする時間、とてもいいデス」
コメットの表情が段々ととろけて、のへ~っとした顔になる。心の底からとろけているみたいだ。
いいなぁ……実にいい。もうこのまま一週間、何もしたくない。ここで好きなだけゴロゴロして、温泉に入って、お腹いっぱいご飯食べたい――
『緊急――京都市北部に魔物の出現を感知』
……なーんて思うと、魔物が現れるの止めてもらえません? 平和破壊ジンクスというかフラグというか……さっき着いたばかりなんだから、もっとゆっくりさせてくれよ。
コメットもモモチの声を感じたのか、がばっと立ち上がり一瞬で軍服姿に変わった。
「ティナ、魔物デス! 行きマスヨっ、|正義のために《For justice》!!」
「あっ、ライス!」
止めるも、一瞬で中庭に出て飛び立ってしまった。
あーもうっ、せっかちなんだから……!
部屋に書置きを残し、俺も中庭から外に飛び出る。あんなせっかちに飛んで行ったけど、あの子どっちが北とかわかるのか……?
5分後。俺、現着。
案の定、コメットはいなかった。
「…………」
あいつ、迷子になりやがった……!!
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