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やや高めのアンブレラ  作者: 東楽
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6話(教諭3)

「例えば、の話ですけれど」

「うん?」

 

 例えばと前置きして比良少年が気になることを言い始める。


「例えば、彼が悪事を働いていたとして」

「悪事って? いじめとか」

「いじめとか」


 それは今回の被害者くんが誰かをいじめていたということだろうか? 確かに彼が少々やんちゃな振る舞いをしているらしいことはよく耳にした。

 今回の暴力沙汰も、被害者と加害者が逆だと思っていた先生が何人かいて、状況を話すと驚いていた。その先生たちも比良少年についてはあまり話していなかった。


「彼が誰かをいじめていたということ?」

「例えば、ですけれど」


 被害者君のふるまいに憤って殴りつけたのかと思ったが、例えばという言葉を強調された。体裁を整えているだけかもしれないので、一応どちらの場合も考慮して話を聞こうと思う。


「つまり、彼がいじめっ子だったと仮定して?」

「そうです。例えば、彼がいじめっ子だったと仮定して」


 比良少年が念を押すように繰り返す。


「そのいじめっ子はいじめられっ子をいじめているわけです」


 いじめている側をいじめっ子、いじめられている側をいじめられっ子と呼ぶのだからその通りではあるが。なんともまどろっこしいことを言う子だ。


「いじめっ子を助けるために彼を痛めつけたとすれば、見方は変わるんじゃないでしょうか。情状酌量というやつで」

「でも、例えば、の話よね」


 確かにそういう場合には正当性を見出す人もいるけれど、もし本当にそうであるならそうであると断言してほしい。


「まあ、例えば、ですけれど……。でも、もしかしたら、彼が今痛めつけられたことによって、まわりまわって将来誰かが救わることになるかもしれない」

「誰かって?」

「そんなことは知りませんが」 


 話始めたのは比良少年のくせに、質問すると素気無くされる。


「例えばそれが本当だったら、今回の僕の行動は正義の行為になるんじゃないかと」


 例え話なのか本当なのかはっきりしてほしい。まあ例え話なんだけれど。

それならと、わたしなりに解釈してみる。


「風が吹けば桶屋が儲かる、みたいな話かな?」

「風が吹くと桶屋が儲かるんですか?」


 そう素直に返されても困る。ひねくれものなのかと思ったが、驚愕の事実を知ったかのように目を丸くしているので、先ほどまで抱いていた印象よりは純粋みたいだ。


「例え話だけれど」とこちらも一応念を押してから、有名なことわざをかいつまんで説明する。


「えっと確か、風が吹くと砂が舞って、砂が舞うと目に入って失明する人が増えて、目が見えない人は当時三味線を生業とするしかなくて、三味線の皮は猫の皮を使っていたので猫の数が減って、すると猫を天敵としていたネズミが増えて、ネズミは桶をかじって使い物にならなくするから桶屋が儲かる、という話ね」

「シュレディンガーみたいですね」


それは猫が不幸だというくだりだけでしょうに。あくまで過程の話で言わんとするところはそこではない。


「というか、実際問題ネズミが増えて一番困るのは桶屋だと思います」


 まあ確かにあの話なら、桶屋の桶もネズミの被害に遭うはずだ。だがそうなるとみんな被害者になって単なる風が災害となり果ててしまう。


「それならあっちのほうが近いですね」

「あっち?」


 他にそんな状況を表現する例え話があっただろうか。


「ほら最近数学で習った」


 最近習ったといわれても比良少年が何を習っているのかわたしは知らない。


「そうそう、数学的帰納法です」


 どうやら自力で思い出した様子で比良少年が語る。

 数学的帰納法……、なんだっけそれ。高校で習うらしいけど、十うん年前のことなのでよく覚えていない。


「それって、なんだっけ?」

「とりあえず何かしら仮定して、最終的にうまくいってるからいいやというやつです」


はっきりとは覚えていないのだけれど、その説明は真に受けちゃダメな気がする。


「終わり良ければ全て良し、ということですね」

「残念だけれどね。誰かが傷ついている以上すべて良し、とはならないのよ」

「未来のためだとしても?」

「残念なら現在の問題の話、だからね」


 比良少年との話から、悪ふざけやカッとなって被害者くんを殴った、という感じではないことは分かった。

 その意図は結局理解できなかったし、もしかすると意図などなかったのかもしれないけれど、明確に殴るという意思をもって殴りつけたということらしい。

 死んでしまうことまで考えていたかは定かではないが、少なくとも後遺症のことまで考えたうえで殴ったという話だった。それが本心なのかはもう少し見定めたい。


 あとは被害者くんが本当にいじめに加担していたのかも少し調べてみたい。だからと言って比良少年の行為が許されるわけではないが、周囲の当りが少しは和らぐかもしれない。

 私がそこまでする必要があるかは疑問だけれど、担任があの有様なのでこのまま報告しても碌なことにならないことは明白だ。

 最初の面談はこんな感じで終わりとなった。


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