5話(教諭2)
件の生徒は進路指導室に待たせているとのことだった。
職務上はじめて入ったが、6畳ほどの狭く区切られた室内には、大学の資料が詰め込まれた戸棚と中央にテーブルが備えてある。ほかの教室と同じくらいの広さの部屋を2分にしているらしく、分けられたもう片方には過去問題集が所狭しと保管されている。
「あれ、保健室の先生?」
比良少年がパイプ椅子に背中を預けながら飄々とした感じで話しかけてきた。
暴力沙汰を起こした後だというのに、気が立っていたり落ち込んでいる様子もない。開き直っているというよりは、そのことにさして興味がないという雰囲気だ。
ことの重大性をわかっていないだけかもしれないが、冷静であるならそれに越したことはないだろう。
「あの担任、自分が嫌だからって人に丸投げしたんですね」
「丸投げというか……」
担任のフォローをしようとしたが続くことばが出てこない。フォローする筋合いもないし別にいいか。
「どうしてあの担任が教師になれたんでしょうね?」
ああそれ、わたしも知りたい。
「そういえば、あの担任の名前何でしたっけ?」
ああそれ、わたしも知りたい。
もちろんその共感を口に出すわけにはいかないけれど。
「先生のことはともかくとして、少し話をしましょうか」
比良少年の向かいの席に座る。比良少年は姿勢を正すわけでもなく、流れる雲を追うような感慨のない視線だけをこちらに向けている。
「えっと、君が椅子で同級生を殴りつけた。ということでいいのよね」
まずは事実確認をしておく。一応事後とはいえ、椅子を片手にぶら下げた比良少年と血まみれで倒れこむ被害者くんを目撃してはいるのだけれど。昨日見た探偵マンガのせいか、誰かに嵌められているんじゃないかと、無駄に邪推してしまう。
無理やり押し付けられた役割でもあるし、その上間違いでお説教してしまいました、なんて間抜けを踏みたくはない。
「まあ、力いっぱい殴りつけましたね」
特に言い訳や理由を付け足すこともなく、比良少年は淡々と答える。
「彼は今、病院で治療しているけれど。彼に申し訳ないとは思ってる?」
反省しているかを伺うために聞いてみたが、比良少年はなにか考え事をするかのように中空を眺める。
「のうに……」
「のうに?」
「脳に、重大な障害が残ればいいな、と思います」
「君ねえ……」
どうやら反省はしていないらしい。
この少年は事の重大性をわかっているのだろうか。いや、わかっていて言っているのだろう。別段奇をてらったとか、思春期の男子に多い精神疾患で言っているわけではないだろう。
確証はないけれど。それでも比良少年からはそういう青臭さを感じない。本当に、心の底からそう望んでいるのだと、なぜかそう感じてしまう。