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やや高めのアンブレラ  作者: 東楽
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4話(教諭1)

 職員室のパーティションに仕切られた一角。普段は来客用に使われるスペースで私は二人の教師と対面している。

 既に冷えているだろう粗茶をズズズと飲んでいる初老の男性が当校の校長、そしてその隣で落ち着きなくニヤニヤしているのが問題の渦中となっている2年3組の担任だ。


 授業中のため教師のほとんどが職員室から席を外している。残っているのは今の時間帯に授業がない先生が2、3人。次の授業の準備や小テストの採点を行っている。

 閑散とした職員室内をきゅぽきゅぽと小気味のいいテンポで赤ペンが音を鳴らす。

 

 高校に勤めているとはいえ、いつもは保健室にばかりいるので、存外に職員室というのは新鮮に感じる。

 養護教諭として配属されている私が、こうして校長たちと顔を突き合わせているのは、今日の昼休みに起きた暴力事件についての話し合いのためだ。


 本日の昼休み、とある生徒が同級生を殴りつけたという連絡を受け、保健室に駆け込んできた女子生徒に連れられて現場へと向かった。

 男子生徒同士のよくある喧嘩かなにかだと軽い心づもりで到着した現場には、廊下を埋め尽くさんばかりの生徒が群がっていた。


 生徒に道を開けるように指示を出しつつ人だかりの中心部へと入ると、頭部から血を流して倒れる男子生徒と、その姿を見下ろしながら片手に学級椅子をぶら下げている加害者と思わしき男子生徒、という不良ドラマかくやという惨状を目の当たりにした。


 頭部に怪我を負った男子生徒は、応急手当の後すぐに病院へと送られた。

 加害者とされる生徒は、現在空き教室で待機してもらっている。親御さんにもすぐに連絡が入れられたのだが、すぐには来られないと素気無く電話を切られたという。


「まあね、男子の面談ということなら女性のほうが何かとスムーズに進むでしょう」


 粗茶をすすりながら校長がそんな勝手なことを言う。


「なにより梨口先生は養護教諭ですしね」


 いや、確かに養護教諭の仕事には生徒の悩み事や相談を受けたりと、精神的なサポートも含まれるかもしれないが。

 しかしながら、暴力事件を起こした生徒との最初の面談に、普段接していない私が当たるのもどうかと思う。そういうのは校長の隣でソワソワしている担任の仕事でしょうに。


「比良も乱暴な奴ではないですからね、女性でも大丈夫でしょう」


 比良とは件の加害者とされている生徒だ。

 しかし、この男もよくまあこう適当なことを言うものだ。乱暴な奴ではない? 今回彼の面談をすることになったのは、彼が同級生を病院送りにしたからでしょうに。

 そもそもこの男のクラスの問題なのだ。本来ならこの男が真っ先に当事者二人や周りにいた生徒から状況を確認して報告すべきことじゃないのか?

 この男……、えっと、名前なんだっけ?


「えっと、すいませんが。それはさすがに、担任の先生がまず話を聞いた方が良いのではないですか?」


 事情や経緯も碌に説明もせず、何をのうのうと人任せにしようとしているのだ。むしろこの男が率先して面談に当たるべきではないのか?

 言外にそんなことを含めつつ言うが、当の男は煮え切らない態度で返す。


「いや、それは……、今は彼も気が立っているだろうし」

「気が立っている男子生徒を私に任せると?」

「それは、ほら、女性が相手なら彼だって……」


 またそれか。女性相手なら乱暴な生徒も暴力を振るわない? 気が立っていて冷静な判断ができないからこそ暴力を振るったんでしょうに。そんな相手に性別など関係あるかどうか。

 そういえばこういうやんちゃした生徒の教育は生徒指導の先生が担当するのでは? と疑問をぶつけたが、どうやら副担任でもあったその先生は、怪我を負った生徒の付き添いとして病院にいるらしい。


「大体、私はその生徒の普段の様子も知らないですし」

「それは、僕も知らないので大丈夫です」


 はい? 何で担任が知らないの? それに、その事実は全く持って大丈夫じゃないんだけど。


「いやいや知らないって、あなた教師ですよね、その子の担任ですよね」

「そ、それは。あまり目立つ生徒じゃなかったし……」

「目立つ生徒じゃないって、そういう問題じゃないでしょ」

「いや、それは……」


 それはそれはと、この男は接頭語に「それは」とつけないとしゃべれないのだろうか。


「まあまあ、先生もさすがにクラス全員のことまでは把握しきれませんから」


 はい、そうですね。つまり教師失格ってことですよね、それ。

 校長も自分が今なにを口走ったのかわかっているのだろうか?


「そんな体たらくでよく教師が務まりますね」


 おっと、うっかり本音が漏れてしまった。


「いやあ、それは……お恥ずかしい限りで」

「はっはっは、梨口先生は手厳しいですな」


 いや、あんたらが手ぬるすぎるのだ。とはさすがに言うまい。

 恥ずかしがっていないで奮起しろ。笑いごとではない。こんな大人に教育されている生徒が不憫でたまらない。


「それでは、そういうことでお願いしますね。梨口先生」


 そういうことで? いったいなにをお願いしているのか、その一文には驚くほどなんの情報も含まれていないんですけど? 


「は、はあ。わかりました……」


 何がわかったのかは私にもわからない。

 ただひとつ。その言葉を言わないとこの不毛な話し合いが終わらないことだけは分かった。



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