3話(会社員3)
さて、私が何をやっているか――、なんと答えようか。
「えっと……、警察役をやっている、かな」
絞りだした答えだが、我ながらなんとも間が抜けている。
「けいさつ……やく? くくく、何ですかそれ。役って、役者さんなんですか?」
「ま、まあ。そんな感じかな」
「テレビとかで見たことないけど、売れない役者さんですか?」
役を演じている者という意味では役者ともいえるかもしれないが、役者という職業かどうかという意味で言うと役者ではない。あくまで私は警察役というだけだ。
ある意味テレビには出ているし、有名と言えば有名と言えるかもしれないが、私個人として世間を騒がせたことはまだない。
まだというのは、その可能性もあるというわけだが、まったくもって良い意味ではない。
私の職業は、いわゆる詐欺だ。
詐欺を職業といってよいものかという問題はあるが、有名どころで言えばオレオレ詐欺か。オレオレというフレーズは廃れたというかメジャーになりすぎて、我が社では使わなくなって久しいが、その方法論はほとんど変わらない。
金を振り込ませるための動機は、商品が市場に合わせて変わりゆくように変化していく。
その中でも還付金に補助金と、金銭に困った人への施策がそのまま詐欺に転嫁されていく様ははっきり言って滑稽だ。
滑稽だと感じるのも私が詐欺をする側で、被害そのものは他人のことだったからだろう。
もし身内が被害にあえば怒り心頭となったかもしれないし、親が健在なら注意喚起は怠らなかったかもしれない。
だが身内と呼べる間柄がいない私にとっては、詐欺とはただ自分が生きていくための手段でしかない。スポーツ選手が対戦相手を負かしたり、企業が競合他社を出し抜いていくのと同じようなものだ。
詐欺で狙うのは、子供や孫と同居しておらず連絡もめったに取っていない老人だ。私たちはそういった相手に手当たり次第に電話をかけていく。
当然、そんな便利なリストはネットで検索したくらいで出てくるものではない。
しかしながら、いちいち家々を確認して回るなんて手間を取らずとも、そういうのを仕事にしている職業がある。
行政や学校、それに保険会社などの訪問販売を生業にする連中だ。彼らが調査やらセールスで足しげく通って、その上簡単な身の上までまとめてくれている。
私たちはそういった連中の中から脅しや交渉に乗りそうな人間を探すだけで良い。
大概の者は常識やら正義感やらでうまくいかないが、会社やその地域の住人に不満を抱いているやつはいるものだ。
あくまで情報を漏らすだけ、そのあとリストの人が詐欺にひっかかるかどうかは本人次第。そんな身勝手な言い訳を用意してやれば迷いながらも折れてくれる。
そうやって得たリストを使って電話をかけていくわけだ。
昨今はニュースなんかで取り沙汰されているためか人々の警戒心も高くなっている。
そこで私の役どころの出番だ。役どころというのは、そう、警察役だ。
まず誰かが振り込め詐欺の電話をかける。もちろんそれで引っ掛かれば手間はないが、そうそう信じる人もいないだろう。そこで続けざまに警察役の私が電話をするのだ。
内容は近頃振り込め詐欺が多発しているので注意するようにという啓蒙だ。
そうすると今さっきそれらしい電話があったとわざわざ相談してきてくれる。そこでその内容を事細かく聴取し(無論、電話でのやり取りはすべて知っているのだが)、その電話なら大丈夫だ、詐欺ではないと伝える。
私からしてみればタイミングが良すぎて怪しいことこの上ないと思うのだが、不安に駆られている者からしたら、警察というネームバリューに相談に乗ってもらえるというのは相当な安心感があるらしい。さらに警察のお墨付きというのは何にも勝る信用のようだ。
もちろん、そんなことまではこの少年には話せないが。
「そうですか、警察役をやってるんですか。くくく、いいですねそれ。面白いです」
なにが気に入ったのか、くつくつと少年は笑う。
オンボロなエレベーターに閉じ込められているこんなときだ、下手に悲観的になったりパニックになられるよりはだいぶマシだが。いささか危機感が足りないようにも思う。
「それで、君は何をしているんだ?」
言ってすぐ、こんなところで何をしているんだという説教に聞こえたらどうしようかと思ったが、少年は気にした様子もなく飄々と答えた。
「ボク達は悪いことをしているんですよ」
少年の返答にどう反応すべきか悩む。
警察役だと言ったことに対する軽口なのか、それともこんな廃墟同然のビルに忍び込んでいたことを言っているのか。
ボク達、というのは他にも仲間がいるということだろうか。そういえば、最近この辺でやんちゃな若者がたむろしていると聞いたことがある。
「君、それはどういう――、」
言いかけたところでエレベーターが再び大きく揺れた。
とうとうワイヤーの限界が訪れこの薄汚い鉄の箱が落っこちるのかとヒヤリとしたが、どうやらそうはならなかったらしい。
時々ガタガタと不安定に触れながらも、ゆっくりと降下していくのを感じる。
最後にがたんと足元から響く振動を鳴らしてエレベーターが止まった。
外の野次馬だろうか、喧騒とともに扉がゆっくりと開いていく。
平日の昼前なのでそれほど人通りは多くないが、駆け付けている警察や消防がそれなりに注目を集めているようだ。
警察からの簡単な事情聴取に答えてからそそくさとその喧騒から離れる。生業上あまり顔を知られていたくないのだ。
振り返ると事情聴取していた警官がきょろきょろとあたりを探している。あの少年が姿を消しでもしたのだろうか。そもそもあんな所にいたことを咎められるとでも思ったのかもしれない。
エレベーターに閉じ込められた時も平然としていたし、警察の事情聴取からのらりと逃げ出すとは、なかなか図太い少年だ。
「そういえば警察が来てるが、事務所の方は大丈夫か?」
我が社のやっていることを他人事のように思い出しつつ、事務所のある4階へと視線を移す。
姿を消した少年のことをもっと気にかけておくべきだったとは、この時は思ってもみなかった。